キー・ホイ・クァンの起用は何故? ダニエルズ、カオスな映画に込めた真摯な思い【「エブエブ」インタビュー】
2023年2月24日 18:00
「マルチバース×カンフー」という奇想天外なアイデアで「A24」史上最大のヒットを記録。さらに、世界の賞レースを席巻し、第95回アカデミー賞では最多10部門11ノミネートという快進撃――。“最先端のカオス”が凝縮された映画「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」(略称:エブエブ)が、遂に日本公開を迎える。
主人公は、中国系アメリカ人のエブリン。彼女はこんな悩みを抱えていた。「経営するコインランドリーが赤字」「国税局からイチャモンをつけられて、税金の申告をやり直し」「頑固な父の介護がめちゃくちゃ大変」「思春期の娘との関係が複雑化」「夫は優しいけど…優柔不断で頼りない」。そう、エブリンは疲れ果てているのだ。
そんななか、夫のウェイモンドが突然豹変。“別の宇宙のウェイモンド”と名乗り、エブリンに「全宇宙にカオスをもたらす強大な悪を倒せるのは君だけだ」と宣告。エブリンは、異次元の自分とリンクすることができる「バース・ジャンプ」を駆使して壮絶な戦いに身を投じる……。
こんなクレイジーなストーリーを生み出してしまったのが、「スイス・アーミー・マン」の監督コンビ・ダニエルズ(ダニエル・クワン&ダニエル・シャイナート)。このほど“異次元の才能”を発揮したコンビへのインタビューが実現。製作秘話をたっぷりと語ってもらった。(取材・文/映画.com編集部 岡田寛司)
ダニエルズが本作の輪郭を描き始めたのは、2016年のこと。当時、2人のミーティングルームの黒板には、複雑な図が展開されていた。12ものストーリーラインは色分けされ、次々と浮かぶアイデアが殴り書きされている。きっかけとなったのは「僕たちが実際に感じた、現代を生きる不安」だった。
クワン「当時、アメリカでは大統領選が行われていました。それは僕らにとって、大人になってから経験した“最も辛い大統領選”でもありました。インターネット上では、政治的な会話がなされ、会話が終わっていないのに炎上してしまう――そんなことも頻繁にありました。互いの顔をきちんと見ることができていないような……誰もが自分だけのバブルの中で生活しているような感じがしていました。(企画は)その時のフィーリングを表現することはできないかというところから始まったんです。さまざまなストーリーが自分たちにふりかかっている。その圧倒されるような感覚を、メタファーとしてのマルチバースとして表現したんです」
SFでもありファミリードラマ。カンフー映画でもありつつ、哲学的な要素も含み、「愛と理解」というテーマが通底している。まさに「混沌の映画」だ。簡単には説明することができない(なのに抜群に面白い!)作品を創り出したダニエルズ。では「創造」において大切にしているポイントは何なのだろうか。
シャイナート「僕はユーモア。ただし、ダークなユーモアです。そこには色々な要素がミックスされているんですが……例えば、自分は何かのアイデアが浮かんだ時、それを突き詰めていけば、ひとつのジョークへと結びつけることができるタイプなんです。自身がそのジョークにウケて笑うことができれば、結果的に『それは良いもの』だとわかったりもしますよね。それと、例えばお葬式のような不謹慎な場でも笑いに変換することができたり。(自分の中には)それらが同居しているんです」
クワン「長い間、恐怖心というものに突き動かされてモノづくりをしてきました。『自分は何者にもなれない』『誰にも見られずに、どこかへと消えてしまうのではないか』。中学生の頃から、そのような思いをずっと持っていたんです。ダニエル(・シャイナート)と一緒に作品を作るうえでも、自分を一番突き動かしていた感情だと思います。でも、歳を重ね、セラピーを受けるようになったことで、今はかなりポジティブになれたのかもしれません。今は楽しさを追求しています。そして、自分のキャリア、つまりプラットフォームを持つことができたので『そこに対する責任とは何か?』ということを考えながら作っています。親でもありますし、常に義務のような気持ちを持ち続けています」
本作に登場する「バース・ジャンプ」は「異次元の自分とリンク→別の自分が持つ技能にアクセス可能」という設定に加え、「発動には“最強の変な行動”が必要」「バカバカしければバカバカしいほど、それが燃料となり、ジャンプを速く確実に成功させる」という条件が付く。エブリンは「平凡な主婦」だけでなく、「シェフ」「カンフーの達人」「指がソーセージ!?」といった姿も描かれる。こんな奇天烈な発想、どうやって閃いたのだろう……。
クワン「まずは2人ともSFファンなんです。『銀河ヒッチハイク・ガイド』のダグラス・アダムス、カート・ボネガットの著作……そういったものを読みながら育ちました。あとは単純な話ですが、大人になってから『マトリックス』を久々に見返した時、自分たちなりの『マトリックス』を作れないだろうかと思ったんです。2014~15年の頃、ちょうどマルチバースに関する本をたくさん読んでいました。『マトリックス』のように情報を脳にダウンロードする。そこにマルチバースのアイデアを掛け合わせる。そうすると“ジャンプ”もできるし、能力を発揮することもできる。そこから『同時に違う場所にいることができる』という風に広げていく。そこで抱く感情というのは『何かを求める気持ち』と『後悔する気持ち』を同時に持つこともできる。そんな諸刃の剣のような側面も面白いなと。そんな風に設定を考えるのは、めちゃくちゃ楽しかったですね」
シャイナート「自分たちの大好きな作品をそのまま真似したいという“わがままな衝動”におそわれたりもしましたね(笑)。科学、哲学、政治、あるいはポッドキャスト。私たちはそれらを通じて、途方もない大きなコンセプトに普段から触れています。それらと何かを掛け合わせてみる。例えばそれがカンフーだったり……。そんなことを普段からやっているんです」
企画の初期段階では、主人公は父親、ジャッキー・チェンをキャスティングするという構想があったそうだ。しかし、その思いは実らず、ダニエルズは「主人公を母親にする」という結論に至った。シャイナートは“母親の物語”になった瞬間「脚本に命が宿ったような気がして、主役はミシェル・ヨーだと確信した」という。
シャイナート「でも、それと同時に、彼女に断られたらどうしようと、すごく怖くなった。他の人は考えられなかったから。ミシェルになったとしても、彼女がいやな人だったらダメだったね。そうなったら、この映画は終わっていたよ」
ハリウッドでも活躍してきたレジェンド女優ミシェル・ヨーは、ダニエルズのオファーを快諾し、ありとあらゆる異次元の自分を演じきってみせた。「もっと前にこの映画に出演していたら、私のキャリアはどう変わっていたかしら」(ミシェル・ヨー)。ダニエルズにそう語っていたほどの“運命的な役どころ”で、第80回ゴールデングローブ賞の最優秀主演女優賞(ミュージカル/コメディ)に輝いている。
そして、忘れてならないのが、ウェイモンドを演じたキー・ホイ・クァンだ。「インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説」(ショート・ラウンド役)、「グーニーズ」(データ役)で一世を風びした後、俳優業を休止し、南カリフォルニア大学に進学。卒業後は「X-メン」(ブライアン・シンガー監督)の武術指導アシスタント、「2046」(ウォン・カーウァイ監督)の助監督を務めていた。やがて、再び“原点”に戻ることを決意し、本作のオーディションを受けている。
クワン「ウェイモンド役のキャスティングは、本当に難しかったんです。まずは広東語、北京語、英語を喋ることができないといけません。そして、ユーモアも演じ、シリアスも演じることができなければいけませんでした。“父親”という側面では、柔らかくユーモラスなところがあります。その一方で(別次元の)裕福になっている姿、戦闘に長けたシリアスなキャラも演じなければなりません。そのなかでも“優しい人柄”という部分を表すのは、とても難しいんです。スウィートさというものを信憑性をもって演じるというのは、かなり微妙なニュアンスを含むものです。『そんな人はいないな……』と候補を調べていたら、ある日、『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』のショート・ラウンドの画像を見つけたんです。『彼は、今何をしているのだろう』と思って調べてみると、スタントチームで活躍していることがわかりました。そこから連絡をとってみると、ちょうど彼が役者として復帰するタイミングだったんです」
「オーディションは、本当に素晴らしかった。人柄も柔和な方なんです。僕らは彼に惚れこんでしまったんです」というシャイナート。結果としてもたらされたのは、第80回ゴールデングローブ賞最優秀助演男優賞の受賞。授賞式の壇上、涙ながらに感謝の言葉を述べるキー・ホイ・クァンの姿が印象的だった。
シャイナート「今回のキャスティングに関しては、ハリウッドに対して『ほら、見たことか!』というような気持ちがあったりするんですよね。例えば、キー・ホイについては『こんなにも素晴らしい才能を持った人を、あなたたちは何十年も放っておいたんだ』と言いたい。彼だけではありません。その他にもさまざまな恩恵をもたらしてくれる才能がある人々を『あなたたち(=ハリウッド)は使ってない』と。そのようなことを、この映画を通じて伝えられていると自負しています。彼らが世界の皆さんに愛されている光景を目の当たりにするのは、とても爽快な気分ですね」
「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」は、3月3日からTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開。
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