アピチャッポン・ウィーラセタクンが来日 過去作から「MEMORIA」、アート・舞台作品を語る 次回作は宇宙にも触れる物語
2022年4月7日 19:00
現在、最新作「MEMORIA メモリア」が公開中の、アピチャッポン・ウィーラセタクン監督の特集「アピチャッポン・イン・ザ・ウッズ2022」が、4月9日から22日まで渋谷のシアター・イメージフォーラムで開催される。映像作家として、アーティスト活動も行うウィーラセタクン監督は、今年7月開催のあいちトリエンナーレにも参加予定だ。来日した監督が、過去作から「MEMORIA メモリア」、2017年に日本初上演され好評を博した舞台作品「フィーバー・ルーム」、そして映画の次回作などについて語った。
今回の特集では、「世紀の光」(06)が事情により上映中止となったが、長編デビュー作「真昼の不思議な物体」(00)、カンヌ映画祭パルム・ドール受賞作「ブンミおじさんの森」(10)、「光りの墓」(15)、新たなプログラムとして「アピチャッポン本人が選ぶ短編集」(10作品/112分)が上映される。
「MEMORIA メモリア」では、アッバス・キアロスタミ監督が日本で作品を撮ったように、自分の制作プロセスに問いを挟むようなことがしたかったのです。でも、実際にその映画を通じて、そこに表出される自分の欲望はなにも変わっていなかったということに気付きました。
コロンビアで撮り始めた時は、これまでとは違う新しい挑戦であり、様々な問題にも直面すると思っていましたが、実際にやってみるとタイで撮る時の方が難しいことが多いということがわかりました。この作品では、今まで使ったことのない言葉、知らない文化の土地ということはさほど問題ではなく、逆に奇跡的なぐらいにマッチしたと思っています。ラテンアメリカでまた映画を作ってみたいと思いましたし、同時に映画というものが、普遍的なメディアであるということもよくわかりました。
いろんな要素がうまくはまって成功した作品ですが、何より大きかったのがティルダ・スウィントンの存在です。コロンビアの俳優が演じたら全く違うものになったと思いますし、彼女が私の友人であり、同時に彼女がコロンビア人ではなくて、外の人間であるということによって、あの映画もコロンビア映画でもなく、タイ映画でもないものになったと思っています。
タイでの映画では、まず登場人物を作る時点で、俳優たちに合わせたキャラクターを準備していました。しかし、今回の作品に関しては、全くフィクションな人物で、ティルダを想定して生み出した人物ではありません。これまでの作品と比べると、「MEMORIA」は何かを探求していくプロセスに近いもの。これまでのタイでの作品が、自分の感情を述べていくようなものだったとしたら、今回は、映画の制作と物語の中で、時系列的にティルダと一緒に登場人物自身を探して行くようなプロセスになったと思います。
長編でも、短編でも、美術の作品にしても、作る人間からすると、それほど差は無いです。私は常にある種の感情的な実験というものを心がけていますが、その点では長編の方が複雑になります。短編では「瞬間的な出合い」のようなものが強調されるので、パフォーマンス的な要素が増えてきます。その場で私が直接なにかに出合うという側面が非常に強くなっていくので、自分でカメラを持つことが多いです。違いといえば、そういったことくらいですね。
自分にとって映画はある種特別な動物のようなもの。2次元の動物だと思っています。「フィーバー・ルーム」は3次元なんです。その感覚を一緒にするのは難しいと思っています。私にとって、映画は一体の巨大な動物であって、その動物に何か変化を加えたり、攻撃することはできす、その動物を愛し、敬意を払うものなのです。「フィーバー・ルーム」は、舞台用の劇場という空間をつかって、新しく挑戦できたものです。映画はそうではなく、想像上の空間でしかありません。もちろんそれぞれに難しいところがあり、全く違うものだと思っています。
「フィーバー・ルーム」ができたのは、実はアクシデントのようなものだったんです。「光りの墓」の出資元の一つが韓国の劇場で、出資金を映画だけでなく、一部演劇にも使わなければいけないというルールがあったんです。でも、それまで、私は演劇はずっと避けていて。映画は制作の中で選択肢が与えられていますが、演劇は基本的に、生でその場その場で動いていくのが自分にとってはストレスで。そういった理由で避けていましたが、実際にやってみたら夢中になりました。
この経験で、演劇の空間でいろんなことが実験できるとわかりましたが、やはり演劇は個人的には難しいと思っています。映画はフレームの中だけで完結するけれども、演劇は空間全部を使わなければなりません。そういった理由で、ちょっと時間が空きましたが、今準備しているのがあいちトリエンナーレ向け作品で、光や空間を用いる「フィーバー・ルーム」的な感覚を持ち込もうと思っています。
「真昼の不思議な物体」から始まり、初めて一緒に作った劇映画が「ブリスフリー・ユアーズ」です。彼がロシア留学から帰ってきてすぐのことです。当時のタイ映画界は、映画の制作や映像哲学の中に、広告の影響が見える時代で、私はそういう流れに逆らいたかったのです。そこに共感してくれたのがサヨムプーでした。最初はさまざまな映画からの引用が多かったのですが、2作目以降は、私の興味や好きなスタイルが分かってきて、そこをくみ取る形でやってくれています。
今、過去作のDCP化を進めており、音を再ミックスしているところで、来年頭には完成する状態になると思います。古い作品はSD画質のDVDしかないので、「トロピカル・マラディ」なども含め、全てDCP化する予定です。
映画の中の「音」も本当は幻想です。映画の中の音は全て合成されたものであって、手品師の技のようなもの。映像的な部分は、特殊効果を使って、それが作り物であることを見せることはあると思いますが、多くの映画は、音に関しては見せることは少ないですよね。ですから、それを見せるために、以前から私はスタジオを場面にした映画を作りたいと考えていました。
今回、映画の中の爆発音を技術者が作るプロセスの中で、実際に起きたことを物語に盛り込んでいます。音の図書館のようなところにアクセスし、いろんな素材を持ってくる場面のほか、車のタイヤの爆発など、コロンビアで滞在中に実際に起きたエピソードを使っています。技術的なことに関しては、実は私もよくわかってないことも多くて、ほとんどプロに頼っています。今回の技術者も私の好きな音やその周波数といったものをよく理解してくれています。
なんとなく脚本に書いています。実際撮影するロケーションに行って、その場所に座ってみたり、観察したり音を聞くので、そこで感じたものを書きとめる感じです。
かつて私は建築を学んでおり、日本の建築に夢中になり、特に日本の建築と自然との近さ、自然から学ぶ姿勢にすごく興味を持っています。また、集団で一つの同じ大きな船に乗っているような同一性の高いところで、非常に創造的なアイディアが突発的にたくさん湧き出ているという状況も興味深いです。そして宇宙開発のイノベーションもありますよね。今、取り組んでいる新作映画では、宇宙に行く人について触れようとも思っています。その中で、日本が宇宙開発においてどのようなことをしたのかを探求したいと思っています。
私はジャンルというものがない映画を作ろうとしています。その時持っている感情を語ることはできますが、何かのジャンルの枠組みに合わせて、その人生を語ることは不可能ですね。そもそも人生はそういったものではなくて、「あの人の人生はSFのようだ」とかいうことはできません。そういった意味で、私の映画は人生を語ることと同一であり、自分の人生の可能性のようなものを探っていきたいのです。
実際の経験はありませんが、想像や夢の中で見たことはあります。確かジャ・ジャンクーと私は同じ年齢です。私たちが育った時代は、SFや科学的な空想が発達した時代でした。子ども時代にそういったものにたくさん触れ、UFOやSF的なものをすごく想像するようになりましたし、そういった未来の可能性を感じていた時代に育ったことが、今でもずっと自分の中に残っている気がします。子どもの頃、日本で行われた「つくば科学博」の記事を見て、すごく行きたいと思っていましたね(笑)。
私は科学的なものと、そして精霊信仰のようなアニミズム的なものへの二つの興味があり、自分が育ってきた80年代は、その両方が自分を満たしてくれた時代でした。それぞれ正反対のものですが、その二つが一緒になって、そこに何かのエネルギーが生まれていることが、とても不思議だと思っていて。ずっと疑問を抱いており、それがある種、私の人生を動かすエネルギーになっている気がします。
それがタイであろうが、世界のほかの場所であろうが、そういった何かのエネルギーによって動いてるんだと感じています。それは、科学でも、アニミズム的なものでも、やはり人間の可能性についての信頼感や信仰のようなものだと思うのです。そういったものが世界を動かしていることに私は興味を持っているのです。
執筆者紹介
松村果奈 (まつむらかな)
映画.com編集部員。2011年入社。
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