【中国映画コラム】ベルリン国際映画祭で注目したアジア映画を紹介 濱口竜介監督「偶然と想像」中国での評価は?
2021年3月24日 15:00
北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数279万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”を聞いていきます!
2020年、新型コロナウイルス感染拡大によって、世界中の映画祭が深刻な影響を受けました。カンヌ国際映画祭は通常開催を断念(「オフィシャル・セレクション2020」と題したラインナップを発表)、トロント国際映画祭はオンライン開催に切り替え、ベネチア国際映画祭、東京国際映画祭はフィジカルな開催を実現させながらも規模を縮小。華やかな映画祭の風景は、いつ戻ってくるのか――その先行きは、いまだに見えない状況です。
第71回ベルリン国際映画祭は、2回に分けた開催という決断を下しました。3月1日から5日にわたり、プレスやバイヤー向けにオンラインで実施。コロナを巡る状況が落ち着けば、6月に2回目の開催。こちらは一般観客向けのフィジカルな開催となる予定です。
今回は、初めてオンライン開催に踏み切ったベルリン国際映画祭の様子を紹介しつつ、注目した中華圏の映画を紹介させていただきます!
世界3大映画祭初のオンライン開催は、業界内部でかなり話題になっていました。私も5日間の日程で、コンペティション部門13本、特別招待部門4本のほか、短編作品を含めた合計23本を拝見させていただきました。日程の後半はほとんど体力勝負……(笑)。しかし、全体的に話題作が多く、非常に楽しむことができました。
3月5日、受賞結果はオンラインで発表されました。金熊賞に輝いたのは、ルーマニアのラドゥ・ジュード監督作「Bad Luck Banging or Loony Porn」でしたね。賛否両論ありましたが、第70回ベルリン国際映画祭フォーラム部門で上映された「Uppercase Print」の実験的映像に続き、ジュード監督はまたもや“破壊力満載”の映像を見せつけてくれました。冒頭のアダルトビデオに匹敵するシーンを、コロナの時代に流す――この事自体が、歴史に残る試みだったと言えるでしょう。
濱口竜介監督の新作「偶然と想像」は、銀熊賞(審査員グランプリ)を受賞しました。濱口監督初のオムニバス作品は、多くのジャーナリスト、評論家から絶賛されています。
中国では、約100人の映画ジャーナリスト、評論家が、オンラインでベルリン国際映画祭に参加しました。ソーシャルカルチャーサイト「Douban」の点数によると「偶然と想像」は、8.8(10点満点)という超高得点。金熊賞となった「Bad Luck Banging or Loony Porn」は7.8点なので、現時点では、ベルリン国際映画祭で上映された作品のなかで「最も評価された作品」となっています。いくつか感想を取り上げてみましょう。
「本作の脚本はオリジナルの魔法である。特に『扉は開けたままで』の展開は“奇跡”を超えている」
「人と人の間に、たまに魔法が存在しているような感覚……これは偶然なのか? 運命なのか? ハマグチは魔術師に違いない」
「ハマグチはこれから10年、世界の映画界をリードすると思います。我々はハマグチの世界で、映画の偶然性を楽しむことができる!」
「偶然と想像」は、香港国際映画祭などでも上映される予定です。世界中で最も注目される作品のひとつとなるでしょう。
今年のベルリン国際映画祭では、中華圏の映画も非常に健闘していました。「Generation Kplus」では、ハン・シュアイ監督作「漢南夏日」(英題:Summer Blur)が作品賞を受賞。短編映画部門では、チャン・ダーレイ監督作「Day Is Done」が審査員特別賞を獲得しています。
私が真っ先に紹介しておきたいのは、ジュー・ションゾー監督の最新作「A River Runs, Turns, Erases, Replaces」です。ジュー・ションゾー監督と言えば、2017年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で「また一年」(英題:Another Year)がかなり話題になっていました。同作における定点観測のワンシーン、ワンカットは、時間、空間、人、そして記憶などを記録していました。
「A River Runs, Turns, Erases, Replaces」は“コロナ後の武漢”にカメラを向けています。武漢出身のジュー・ションゾー監督は、きっと故郷に特別の感情を持っているのでしょう。本作でも全編にわたり、定点観測のワンシーン、ワンカットが続きます。精密に計算された構図は、中国における武漢の歴史や地理、街全体の状況を体験させ、コロナで亡くなった方々への4通の手紙は、まるで催涙ガスのように、観客の涙を誘いました。この涙は、コロナが引き起こした悲しみによるものだけではありません。近代化によって激しい変化が起こった武漢の悲鳴も感じられるんです。広い景色のなか、川はただ流れています。この川は、武漢のことを誰よりも詳しく知っているのでしょう。こんなにも早く、武漢についての傑作ドキュメンタリーが誕生するとは……日本でも、劇場公開を実現させてほしいです。
特別招待部門では、個性派の香港映画監督ソイ・チェン(「ドッグ・バイト・ドッグ」「ドラゴン×マッハ!」)の最新作「Limbo」のワールドプレミアが行われました。近年は、中国本土で商業映画ばかり撮っていましたが、久々に香港を舞台にした作品となっています。モノクロの映像世界では、世界(=香港)は終焉に向かっていきます。
「シン・シティ」を彷彿とさせる美術設計は最高の雰囲気を醸し出していましたし、汚い街、生き辛い人々、隠すことのできない暴力等々、「ドッグ・バイト・ドッグ」以上に暗い……。痛くて、狂おしい映像体験をすることができました。香港映画の黄金時代に戻ったような感覚もありましたね。ちなみに、中華圏でも活躍している池内博之は、本作で重要なキーパーソンとして登場。難役を見事に務め上げています。
前述した「漢南夏日」(英題:Summer Blur)は、ジャ・ジャンクー監督と彼のチームが運営する平遥国際映画祭でワールドプレミアを行い、「Fei Mu Awards」(中国映画を中心にしたコンペ部門)で審査員賞、第25回釜山国際映画祭では「FIPRESCI Award」を受賞しています。中国国内でかなり話題になった作品で、「はちどり」「THE CROSSING 香港と大陸をまたぐ少女」と同じく、ある少女の成長譚が描かれます。
手持ちカメラによる手法は、ダルデンヌ兄弟、時にはロウ・イエ作品に見えることがありますが、心理サスペンスとしても完成度が高いんです。主演のフゥァン・テンさんの演技が素晴らしく、各国の映画祭で絶賛されました。今、世界中で注目されている中国映画の1本だと言えます。
最後に、チャン・ダーレイ監督作「Day Is Done」を紹介しましょう。2016年「八月」で第53回金馬賞最優秀作品賞を受賞したチャン・ダーレイ監督は、今後の中華圏をけん引する監督のひとりと言われています。「Day Is Done」は「八月」の続編ですね。主人公シャオレイは、「八月」に引き続き、コン・ウェイイーさんが演じています。コン・ウェイイーさんは「八月」の撮影時、まだ子どもでしたが、5年の歳月が経ち、思春期の少年になりました。今回の話は、シャオレイがロシアへ留学に行くため、おじいさんにお別れを伝えに来た“ある夏の日の物語”です。家族、記憶、夏の光……東アジアならではの家族物語が生まれました。本作では、音の使い方が非常に素晴らしい。音が時空を超えて、過去、現在、未来を繋いでいきます。チャン・ダーレイ監督は、現在、2本の長編映画の公開が控えているので、日本国内での上映にも期待を寄せています。
第71回ベルリン国際映画祭の“第1部”は、無事に終わりました。しかし、初のオンライン開催だったためか、いくつかの問題点も。オンライン開催に抵抗感を持っている製作者はまだ大勢いますから、映画祭のセレクションにも影響を与えるでしょう。また、オンライン開催は、結局、映画鑑賞だけで終わった印象。これでは“祭”とは言えないですよね。作品のデータ流出を防ぐため、セキュリティにも力を入れたそうですが、残念ながら「Bad Luck Banging or Loony Porn」の本編映像は既に漏れてしまったようで、多くの人々が違法に鑑賞している状態です。いずれにせよ、オンライン開催という選択は、コロナ禍では避けては通れないもの。世界が通常運転に戻ったら、フィジカル開催の映画祭に参加し、皆さんと一緒に映画を楽しみたいと思っています。
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