【「すばらしき世界」評論】初の原作ものであり、西川美和のアウトサイダーものの集大成でもある
2021年2月6日 16:00
西川美和監督は、これまでデビュー作「蛇イチゴ」では香典泥棒を繰り返すセコい男、「ディア・ドクター」では僻村で働く偽医者、「夢売るふたり」では結婚詐欺師と、世間の片隅で、ささやかな悪行に手を染める者ばかりを好んで主人公に選び、いわゆる心温まるヒューマニズムを決然と拒否する、ひと筋縄ではいかない屈曲に富んだドラマを紡いできた。
今回は、初めてオリジナルではない原作ものに挑み、佐木隆三の「身分帳」をベースに現代に置き換えて物語を構築している。
主人公の三上(役所広司)は人生の大半を刑務所で過ごしてきた元殺人犯で、身元引受人の弁護士夫婦(橋爪功、梶芽衣子)の庇護の下、再出発を図ろうとするが、世間の目は冷酷で、さまざまな局面で、三上は疎外感を味わう。正義感がめっぽう強く、一本気で直情型なのに、ひとたび激高すると手の付けられない凶暴さを見せる。この得体のしれない怪物的なキャラクターを役所広司は見事に演じている。
映画は、前科者の社会復帰、生き別れた母との涙の対面という筋書きのヒューマン・ドキュメントに仕立てようと目論むテレビマン津乃田(仲野太賀)の視点を介して、三上の悪戦苦闘ぶりを刻々ととらえてゆく。やがて、津乃田は自らのふがいなさを内省し、三上という男の不思議な魅力に憑りつかれ、ノンフィクションを書く決意をする。そしてその冒頭を書き始めた瞬間に、悲劇は起こるーー。
三上という一見、常軌を逸した人物は、日本映画史においては、「無法松の一生」で阪東妻三郎が演じた富島松五郎から、「男はつらいよ」で渥美清が演じた車寅次郎に至る<聖なる愚者>というアウトサイダーの系譜に属する。さらに、長谷川伸の「瞼の母」の<母恋い>のモチーフが重なることで、古典的なドラマの陰翳がさらに深まった。
西川美和はこれまでヒロインに視点を据えることを避ける傾向があったが、本作では、「お前はもう終わってる!」と津乃田に啖呵を切るTVディレクター長澤まさみ、「見上げてごらん夜の星を」を熱唱して三上を励ます梶芽衣子、大震災で零落した宮城出身のソープ嬢桜木梨奈、三上を娑婆へと送り出すやくざ組長の姐さんキムラ緑子と、女性たちがすべて際立って魅力的で、深く印象に残る。「すばらしき世界」は西川美和のアウトサイダーものの集大成でもあるのだ。
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