【「そこのみにて光輝く」評論】明けない夜はない 夭折の作家・佐藤泰志を照らす、忘れがたい街の眼差し
2020年5月17日 10:00
[映画.com ニュース] 新型コロナウイルスの影響により、多くの新作映画が公開延期となり、映画ファンの鑑賞機会は減るばかりです。映画.comでは、「映画.comオールタイム・ベスト」(https://eiga.com/alltime-best/)に選ばれた、ネットですぐ見られる作品の評論を毎週お届けいたします。今回は「そこのみにて光輝く」です。
佐藤泰志の第2回三島由紀夫賞候補作を映画化した「そこのみにて光輝く」(呉美保監督)は、2014年を象徴する傑作として現在でも多くの人の記憶に刻まれているが、すべては同じ佐藤原作「海炭市叙景」(10/熊切和嘉監督)から始まり、「オーバー・フェンス」(16/山下敦弘監督)までを括る函館3部作、そして函館新3部作の幕開けともいえる「きみの鳥はうたえる」(18/三宅唱監督)に至るまでが地続きにあるといえる。
現在でこそ佐藤は、芥川賞候補に5度も名を連ねながら受賞に至らず自死を選んだ不遇の作家として知られているが、07年に作品集が刊行されるまでは忘れられた存在だった。佐藤の生誕地、北海道・函館で映画館「シネマアイリス」の館主を務める菅原和博は、この作品集を読んだことを契機に一連の作品群の映画化に心血を注ぐことになる。
本編では、採石場で起きた爆破事故に責任を感じて仕事を辞め、自堕落な生活をおくる達夫(綾野剛)がパチンコ屋で知り合った拓児(菅田将暉)を介し、姉・千夏(池脇千鶴)を紹介されるところから始まる。時代から取り残されたようなバラック小屋で病身の父と看病疲れの母、刑務所から出所し仮釈放中の拓児を支えるため、水産加工場で働きながら夜は売春をして生活費を稼ぐ千夏に、達夫は惹かれていく……。
今作に限ったことではないが、佐藤の著作からは現代の日本を予見していたかのような描写が散見される。佐藤自身が抱えた闇も相まって、疲弊した地方都市のくすぶり、市井の人々の慎ましい暮らしぶりが浮き彫りになっていく。ともすると救いのない表現へと突き進んでしまいがちだが、映画では作り手たちそれぞれが内包する“生命力”が、佐藤が魂を削って作り上げた世界観を癒し、いたわり、絶妙な均衡を保たせている。
また、主要キャスト3人の佇まいにも特筆すべきものがある。自らの役割を完全に理解していたであろう綾野、暗くなりがちな作品のなかで愛嬌と狂気の狭間を繊細に行き来した菅田は街と同化し、佐藤に寄り添った。池脇にいたっては、「体当たりの演技」などという表現が陳腐に思えるほどに千夏という役を愛してみせた。更に、高橋和也と火野正平の円熟味を増した存在感も、地方都市の疲弊をリアルに際立たせている。
だからこそ、クライマックスで用意されている達夫と千夏に降り注ぐ朝焼けは忘れがたいほどに美しい。「海炭市叙景」で竹原ピストルと谷村美月が見つめた初日の出のシーンにもいえることだが、撮影監督・近藤龍人は少々人見知りをする函館という街が時折垣間見せる、素の表情を見事に切り取ることに成功している。「街は生き物」というが、今作を含む函館3部作は、街が佐藤のことを忘れずに見つめていたという決定的な証拠といえるのではないだろうか。
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