今泉力哉監督「アイネクライネナハトムジーク」で注意していた“ON・ON”とは?
2019年10月4日 20:00
[映画.com ニュース] “映画を語る”をテーマとしたWEB番組「活弁シネマ倶楽部」の収録が10月1日、東京・浅草九スタで行われ、「アイネクライネナハトムジーク」(公開中)のメガホンをとった今泉力哉監督が出演。映画評論家の森直人氏がMCを務めたトークを、映画.comが取材した。
伊坂幸太郎氏の同名恋愛小説の映画化。ある男女カップルの10年間の軌跡を軸に、周囲に巻き起こる恋愛群像劇を描く。同番組初の公開収録――本番直前には、キャスト・多部未華子の結婚という吉報が届いた。同じく結婚を発表していた矢本悠馬、貫地谷しほりに続く嬉しい知らせに、今泉監督は「すごいですよね、何も知らないです。衝撃ですよ(笑)」と驚きつつも満面の笑顔。収録後には、自らのtwitterで「#アイネ婚」というタグとともに、改めて祝福の言葉を述べている。
トークは伊坂作品への挑戦の経緯から始まり、脚本作りへ移行した。「ひとりで書いてみようという時間はあったんですが、全然書けなくて。小説や漫画の映像化は、全ての話を入れられないので(要素を)捨てていく作業。でも、サブエピソードが好き過ぎて――俺がやるとメインの人が誰も出ない話になっちゃう(笑)」という流れから、「アヒルと鴨のコインロッカー」「ゴールデンスランバー(2010)」を担当した脚本家・鈴木謙一の参加が決定。今泉監督が、各エピソードの要素をシーン内で絡める“伊坂作品らしい仕掛け”を盛り込もうとした際に「そこは無理に繋げなくても」と冷静に判断するなど、物語の再構築に欠かせない存在となった。
映像化に際して注意した点は「伊坂さんのセリフは、小説で読むと魅力的なんですが、そのテイストで登場人物全員に喋らせてしまうと“フィクション度”が上がると思ったんです。だから、そのセリフを誰かに集約させて、他の人には話させない。すると、いつもの“生っぽい”自分の演出と、伊坂さんの言葉を話す人々が両立できると思った。(集約させたのは)織田家。彼らは喋っていい人たち。佐藤(三浦)と紗季(多部)は、特に喋らせないように意識していた」と説明。この言葉の塩梅については、さらにユニークなエピソードがあった。
今泉監督「由美(森絵梨佳)が良い話をする時、寄りできちっと撮るよりも、動かしながら喋らせているんです。そうしないと、決め台詞っぽくなってしまう。最近、これを“ON・ON”と言っていて。良いセリフって、普通に撮っていても(ONが)1個乗るのに、それを寄って撮ると“ON”が2つになって過剰になるんです。良い部分はシンプルに、そして動かしながら言わせる。だけど、現場ではさらっと撮れすぎて心配になってしまった。OK出した後も、3、4日悩んでいましたね(笑)」
森氏は鑑賞者の感想を紹介しつつ「感情表出のメーターが、これ以上いってしまうとあざとくなる――その地点には絶対にいかない。このメーターを上げもせず、下げもしなかったのはポイント」と分析。すると、今泉監督は「『なぜかわからないけど、泣いてしまう』というのは狙ってできることじゃないので、それが一番嬉しい感想なんです。感情的に描いて上手くいっている作品もあると思いますが、俺が怖いのは“作り物”になってしまうこと。自分の“横”にある話、自分にあり得る話との距離を保ちたい」と答えた。さらに「ネットで見かけた感想で『このまま終わらないでほしいと思った』というのがあったんです」と振り返った。
今泉監督「物語を見る時に、ストーリーは大きな要素だと思っているんですが――森さんは前から『終わりはどうでもいい人』って仰ってますよね。今、そっちになっている気がしていて。もちろん、この映画にもそれぞれのシーンが“その後”のためにあるという部分はあるんですが、その瞬間瞬間を“後ろのために描かない”というか。1個1個の(そのシーン自身の)ためとして描いていく。本当はフリの段階も魅力的になるべきだし、その瞬間が何かのために存在しない方がいい」
「終わりというのは、始まりと同様に、作家の考えているものが出るところ。ただ、物語も人生もいつでも終わるんです。ピリオドを打った時点で、作品として受容される。それは重要なんだけど、見ている側からすると、作り手のさじ加減なのではないか」と補足した森氏。そして、感情表出のメーターを上げて構築した群像劇の成功例として「ラブ・アクチュアリー」「ひかりのまち」をあげつつも「“温度感”でいえば『アイネクライネナハトムジーク』と似ている作品は思いつかない」と評した。
「作品内にヒエラルキーがないんですよね。全員が対等に生きている世界。どんと飛び込んでみると、それがじわーっと広がってきてしみていく。だから、ポジティブになれる」(森氏)という言葉に、今泉監督は「原体験が『ホーム・アローン』なんです。群像劇の好きなパターンが『主人公が救われる』『誰かが助けられる』時のきっかけが、一番どうしようもない人の行動や言葉というもの。そういう人がいてもいいという肯定につながる。“肯定する”“認める”“否定しない”ということがやりたいんだと、作っているうちに思ってきました」と語っていた。
収録では「パンとバスと2度目のハツコイ」の“今だから話せる裏話”も。「本当のおおもとになったアイデアは、(撮影中の現場で)ロケバスの運転手と衣装助手さんが付き合っているという話。俳優、女優、スタッフがメインで集まっているなか、その裏側で描かれる2人の恋模様――(題材にするのは)さすがにニッチすぎて(笑)。あとは、バスの洗車という場面は、もともとやりたかった」と述懐する今泉監督。そのほか、石井裕也監督、犬童一心監督、山下敦弘監督との秘話、妻・今泉かおり監督との結婚生活10周年から発覚した“偶然の一致”などが明かされていた。
「活弁シネマ倶楽部」(「アイネクライネナハトムジーク」)は、YouTube(https://youtu.be/m7ruqyWA3qk)で配信中。
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