自閉症の妹に売春させる…論争必至の衝撃作「岬の兄妹」に込められたポン・ジュノ&山下敦弘の英知
2019年2月27日 12:00
[映画.com ニュース] がら空きのボディに、拳を叩きこまれたかのようだ。貧困、障がい、性、犯罪、暴力を封じ込めた「岬の兄妹」は、上映が終わった後も、その鈍い“痛み”を引きずったまま、日常を過ごさなければならなくなる。ポン・ジュノ監督、山下敦弘監督が率いる現場で研鑽を積み、論争を巻き起こすのに相応しい初長編作を放ったのは、片山慎三監督。ポン監督に「君はなんてイカれた映画監督だ!」と言わしめた日本映画界のホープが、「岬の兄妹」完成までの道のりを明かした。
SKIPシティ国際Dシネマ映画祭の国内コンペティション長編部門の優秀作品賞と観客賞に輝いた「岬の兄妹」。足に障がいを持つ兄・良夫(松浦祐也)が貧困から脱するため、自閉症の妹・真理子(和田光沙)の売春で生計を立てようとするというセンセーショナルな物語に、映画業界が大いにざわついている。香川照之は「処女作としては百点満点を付与する」、池松壮亮は「人間を好き過ぎる人間が到達する境地なのか、一作目にして凄まじい」と手放しで絶賛し、国立映画アーカイブの上映企画「Rising Filmmakers Project 次世代を拓く日本映画の才能を探して」の場では、白石和彌監督の口から「ほぼノーミス映画」というワードが飛び出した。
物語のベースとなったのは、約10年前に片山監督が執筆した脚本だ。作家・花村萬月氏の短編集「守宮薄緑」の1編「崩漏」にインスパイアされて紡いだのは、ある男性が知的障がい者の女性に売春させるという内容だったが、キム・ギドク監督作「悪い男」との類似性から「あまり気にいっていなかった」ようだ。リスタートの起爆剤となったのは、撮影の池田直矢氏とともに抱えていた葛藤、主演・松浦との出会いだった。
片山監督「(助監督を続けながら)『映画を撮りたい』と悶々としていたんです。同い年の池田さんも同様の気持ち。ずっと助手のままではいけないと感じていました。松浦さんと出会ったのは『マイ・バック・ページ』の現場。彼とも同い年だったので、結構話をしていたんですよ。本作を撮るにあたり、主演をどうするか悩んでいた時、池田さんが『松浦さん、面白いよね』と。彼に声をかけたのが、本作の始まりでした」
松浦との話し合いを経て、男女の設定を“出会いを描く必要性のない”兄妹へと変更。良夫のキャラクター像は、松浦の持つ資質を念頭にあて書きされ「悪いことをしているが、悪いことをしているようには見えない」という一面が印象づいた。オーディションで抜てきされた和田は、ドキュメンタリー映画「ちづる」を参考にしつつ、片山監督自らボランティアに参加して気づかされた“手の動き”“息の仕方”“目線の外し方”を見事に体現してみせている。2人の起用理由には、ある共通点があった。
片山監督「“笑い”の要素を入れようと思っていました。松浦さん、和田さんをキャスティングしたのは、その姿を見ていても、悲しすぎず、笑えるからだったんです。“笑い”のバランスが非常に難しく、極端にしてしまうと『ふざけている』ととらえられてしまいます。2人はいたって真剣なのに、やり取りが面白い。慎ましくて笑ってしまう。そういう風に見えないといけなかったんですが、2人なら必ずできると信じていました」
確かに劇中には、思わず笑ってしまう描写が数多く存在する。糞を駆使して横暴な中学生軍団と対決する“ウンコバトル”を筆頭に、演出方法を一歩間違えれば悲痛に見えてしまう売春シーンにも“笑い”は見え隠れする。当初、良夫は足の障がいと併せて、吃音症を持っていたが、松浦の表現に対して「見る人に“しんどさ”を感じさせてしまう可能性」「過剰な芝居によって、伝えたいことも伝えられなくなる」と危惧し、撮影初日にすぐさま設定をカット。この片山監督の確かなバランス感覚に加えて、“情けなさ”を醸し出す松浦の立ち居振る舞い、和田のイノセントな表情とたおやかな身体表現がアクセントとなり、シリアスな題材ながらも“笑い”が引き出されている。
特筆すべき場面として挙げられるのが、真理子が体勢を変えるごとに相手の男が次々と入れ替わり、昼夜も逆転していくワンカットのシーン。撮影時間は、約8時間。着想を得たのは、オムニバス映画「TOKYO!」の一編「シェイキング東京」(ポン監督)だ。10年間引きこもりを続ける男(香川)が玄関先で宅配物を受け取る光景――ポン監督は、男の横顔とデリバリーされてくる様々な物を交互に映し、ワンカットで時間経過を示してみせている。
片山監督「ポン監督は絵コンテをきちんと書きますし、1シーンにかける時間がとても長いんです。多い時は40、50テイクをする方。全て同じ演出にするわけではなく、アドリブを入れたりしながら変化をつけていく。全体を把握して計算している部分は勉強になりましたね」
「TOKYO!」の現場に参加したのは、20代後半の頃。「日本の映画はつまらないなと感じていた頃。自分がもし監督になったとしても、撮りたい作品は撮れない……もう辞めようかと考えていました。わりと作家性が認められていると思っていたアニメ業界に興味があったので、シフトチェンジを考えていたんです」と打ち明ける片山監督。「(ポン監督とは)そんな時に出会い、映画業界に引き戻されたんです。映画はやはり面白い。ちゃんと映画を作らなければといけないなと」と今でも感謝の念は絶えない。
一方、山下監督の現場で学んだのは、映画監督として目指すべき方向性だ。
片山監督「山下監督は本人の人柄が素晴らしいんですが……監督って、役者さんとディスカッションするじゃないですか? 衝撃的だったのは『マイ・バック・ページ』の時。シーンに込めた意図を俳優が聞くと『ちょっとわかんないんだよね』と答えたんですよ。そうしたら、問い掛けた側が自分で考え始めたんです。『わからない』って言える人はすごいと思いましたね。そういう人は初めてでした。『わからない』って言える監督になろうと思いましたよ」
「次に撮る映画は重要ですよね」と語る片山監督。コンペティション部門へ正式出品されたヨーテボリ国際映画祭に参加するべく、スウェーデンを訪れた際に、次作のヒントを得ていた。「ある種“日本”を映しとっているような作品に興味があります。映画祭に参加し、色々な国の作品を見たんですが、やはりその国の事自体がわかるものが多かった。“国”が見えるような作品を作り続けていかないといけないんだと強く意識しました」
障がいを持つ兄が、自閉症の妹を売る――その事実が暴露された時に突きつけられるのは「それでも人間か」という言葉だ。だが、良夫が真理子との生活に望んだのは、大多数の人々が手にしている“人間らしく生きること”。この乖離(かいり)が胸を焦す。多くの議論が巻き起こる作品ではあることは間違いない。いや、むしろ“巻き起こるべき”作品なのだ。
「岬の兄妹」は、3月1日から全国順次公開。
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