空白のレビュー・感想・評価
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人物描写のリアリティ
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万引きで逃げた少女が道に飛び出したところトラックで死亡。それを目の前で見ていたスーパーの店長と娘が万引きしたと絶対に信じない父親とその周辺の人達を描く話。
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この映画とにかく人を描くのがうますぎる。登場人物達の行動は一見理解できないようで、もし自分がその立場だったらその行動をとるだろうなというリアリティ。私はこの映画の中にいくつもの自分を見つけてブスブス刺さった。
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自分がスーパーの店長の立場だったら、とにかく大人しくして謝って事が収まることを静かに待つだろうし、でもそれを傍から見てたら何で黙ってるだけなのって思うだろうし。そして父親の自分が1度こうだと言い切ったことを後から取り消す事が出来ないあの感じも分かる。
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1番共感出来たのは土下座は最大の防御という点。いくつかの作品で土下座をすることはプライドをへし折る最大の屈辱と描かれがちだけど、実際土下座で許してもらえるならいくらでもするよね。現実は土下座なんかしたって何もならないのにね。
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そして他人を変えられる/助けられる力なんて自分が思っている以上にないということ。自分のダメなところなんて自分が1番分かってるし、案外人は誰の助けも借りずに勝手に自分の問題と折り合いをつけて勝手に成長していくもの。
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今作でも、古田新太さん演じる充は自分に向けられたことではない言葉を自分のことだと勘違いするように、心のどこかで自分の行動の欺瞞を理解しているし、緑が娘を思って言った言葉から何かを受け取り娘と向き合っていく。
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松坂桃李さん演じる直人も、そこまで気遣ったわけでもなさそうだけれど暖かいある人の言葉に救われる。案外、その人のことを思って言った言葉ではなく、誰かが何気なく言った言葉に人は影響を受けるものなのよね。
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最後に、もちろんこの映画も登場人物たちの印象がコロコロ変わる『スリービルボード』方式。全然理解出来ないと思っていた人物も、次の場面ではめちゃくちゃ真っ当なことを言っていたりする。そしてその言葉は観客にもブスブス刺さる言葉。
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あんた、花音しかいなかったって言うけど、あの子の何知ってんの?好きな漫画は?好きな音楽は?
これでもかこれでもかと、被害者父・添田(古田)のモンスターぶりが暴走する。添田の元嫁(田畑)が嫌気がさして、「八つ当たりするのはもう止めたら?許せないのは自分自身のくせに。」と怒る。そうなのだろう。本当は、怒りは自分自身に向けているのだ。そこでふと振り返った。"善意の強要"をする草加部(寺島)は、たしかに青柳(松坂)の助けになってあげようと懸命なのだが、もしかしたらその行動も青柳のためなんじゃなくて、自己救済の行為なんじゃないかと。野木(藤原)が添田に懐くのも、そうなんじゃないだろうか。例えば海で死んだ父親に今更手助けをするような気持ちかもしれない。
この映画、怒りと贖罪の洪水に耐える2時間かと覚悟していた。しかし、あふれていたのは、“後悔"と"気付き"ばかりだった。その感情は"愛情"だ。それを最後の最後にも見せつけてくる。吉田監督は、「ヒメアノ~ル」では歪んだ愛、「愛しのアイリーン」では見返りを求めぬ母の偏愛、そしてこの映画でも、後悔したからこそ気付いた愛を表現してくれた。牙を収めてしょげかえった役者古田新太の姿が、哀れで、惨めで、悲しくて、そして、どこか立派だった。
草加部(寺島しのぶ)さんの空白
ちょっと演出オーバーな所もあったけれど、何処の映画もある事なんで
家庭を壊してしまった漁師さんが、事故をきっかけに突っ走るスピードを緩める
店長は「父親が亡くなる間際にパチンコやっていた」と言いながら、緩く生きていた頃から脱け出せない
一人で張りつめているのが寺島さん
真夜中、どさくさ紛れて○○しようとしたシーン、ぶちまけられたカレーを片付けるシーン
闇が深かった
監督は投げっぱなし、決して自分を見つめ直す事は望んでいないと思う
日常生活にいつ起こり得ない出来事
当事者だけでは無く周囲の人達やその他の社会問題を考えさせる物語!
でもマニュアル的には店を出てから一声かけるのが鉄則だと思うが結局 娘の制服 カバンから盗品は見つかったのか?しかしこのポスター イケメン人気俳優松阪にしては格好の悪すぎると思うが!
救いがなく観るのがただただ辛い映画。 それでも、いつか自分が当事者...
救いがなく観るのがただただ辛い映画。
それでも、いつか自分が当事者になってしまうようなリアリティある怖さが圧巻で引き込まれます。
この作品は終始深く深く考えさせられ見終わった後には精神的に疲れまし...
この作品は終始深く深く考えさせられ見終わった後には精神的に疲れました。
私がこの人の立場だったら、、、こっち側の立場だったら、、、、、、
そんな事をずーっと考えながら、いや、否が応でも考えさせられてしまいます。
それぞれの立場でみんなが苦しくて、なにが良いとか悪いとかそんなことではなくて、正解も無い。だからこそ辛い。
女子高生を交通事故にあわせてしまった運転手の方、まさかの結末でショックでしたが、その時の葬儀での母親の言葉がこの作品の重要な鍵でもあります。胸に刺さります。
圧力を受ける側にとってはひとつも救いはありません
私が一番嫌いなパワハラ系の人の醜悪さと罪深さをとても分かりやすく教えてくれる映画でした。
①大声や威圧的な態度で相手を威嚇(心の奥底では自分の正当性に自信がなく、話し合いで解決するという選択肢を始めから放棄している人の典型)
②自分の手には負えない話だと本能的に察知すると、今はそれどころではないという雰囲気を出して、拒絶する(花音ちゃんの相談をはぐらかしたのはその典型)。会社でいつも忙しそうにして部下からみたら、相談しづらい雰囲気を出している人は大抵そのタイプです。後々トラブルに発展すると、何故俺に相談しなかったんだ、というズルい人、結構いませんか?
③相手が弱りきった時に、それまでどれだけ深い傷を負わせたのか、ということへの真摯な想像力は働かせることなく、〝俺だって好きでこんなことをしてるんじゃない〟みたいな理解者然とした態度を取る。
映画としては、ほんの少しは救いがあるかのように締めていましたが、鬱に追い込まれた元妻、常に萎縮することを強いられていた花音ちゃんのことを思うと、〝実は人間味のある頑固親父〟として受け止めてしまうことは絶対にできません。
寺島しのぶさん演じるクサカベさんの圧力も受けてしまう側の人にとっては明らかにパワハラでした。
死ぬよりも辛い日々を送り続けている子どものいるDV家庭が一体どれほどあって、どれほど水面化で苦しんでいるのか。
オレンジリボンの活動に参加したこともありますが、自分の無力さばかり感じています。
究極の人間心理の映像だ‼️今年のアカデミー賞間違い無し‼️❓
予告編がセンセーショナルなので奇をてらう物語と誤解していました。
万引きを疑われ死んだ娘の親父、スーパーの店長、轢いた車の運転手、それぞれの行動や発言、全てが、心の奥底に響いてくる、私ならどうするか、責めてくる。
周りの人々の行動や発言も、心を揺さぶる。
運命に翻弄される人々に涙し、怒り、悲しみ、悩む。
こんな、映画は久しぶりだ。
社会的に考えることもある。
電車会社が保線や事故の責任を取るのに、なんで、車会社は安全対策が不完全なのにトヨタのように利益を何兆円も貪るのか。
自殺では、何も解決しないのに、なんで、日本は世界一の自殺大国なのか。
この映画は、丁寧に、真摯に、どの映画よりも高品質です。
今年、最高の映画でした、是非。
イルカの雲
全編にわたって、どんよりと重たい空気が支配するスターサンズらしさ全開の作品。
親父、娘、元嫁、スーパー店長、スーパーのパートのおばさん、第1加害者、娘の担任、親父の舟の相棒・・・
登場人物が皆、生き方が不器用というか心に溜まったモヤモヤをどう処すべきか分からず右往左往して鬱々とした日々を過ごす。
それを象徴していたのが、主人公(古田新太)が法事帰りの車内でぽつりと発した「みんなどうやって折り合い付けてるんだろうな?」というセリフ。
そんな中、絵心に目覚めた親父が亡き娘が自分と同じ絵を描いていた事実を知り、遅ればせながらも気持ちが共有出来ていた瞬間があった事に気付けたラストシーンが救いだった。
尺が短く、それぞれの登場人物のバックボーンの描き出しがほとんど無かった割には心理描写が良く、ストーリーにのめり込む事が出来た。
巻き添え
交通事故で娘を亡くし正気を失う父親と彼に追い詰められる男の話。
女子中学生がスーパーで万引きをして逃げる際に車に轢かれて亡くなり、追いかけたスーパー店主を女子中学生の父親が責めるストーリー。
元々周囲に対しても娘に対しても俺様な父親なので、あまりエスカレートした感じはしないし、気持ちは判るけれど執拗行動に起こしてしまう父親は、誰か責めることができる相手をみつけて攻撃をする現代社会の縮図にもみえる。
スーパー店主も切り取られた報道でどこか壊れてしまったのか。冷静に考えて、この店主に非があったとは思わないし、後味の悪い、嫌な思いをしているのに引っかき回されるという…。
もし取材を受けることがあれば、とりあえず証拠となるよう取材の様子を撮影しておきましょうね。
葬式での母親の言葉に何を思ったか、そしてクマをみつけた時の心境は…。
最後はちょっとキレイなことを言っている感じもした父親だけど、自分が間接的にでも人から奪ったものがあることを認識し悔いている様子がなかったのは少し残念だったかな。
とはいえ、嫌な重い空気とやり切れなさはとても良かった。
野木はイケメン過ぎ。
ノミネートされる映画賞は根こそぎ刈り取ると思う
不慮の交通死亡事故
亡くなった女子中学生と関係があった人たち、思わず巻き込まれた関係なかった人たち、みんなの人生がどうしようもなく一変してしまう
勿論どこにも殺意なんかないけど、人が死んだ事実はある
メディアとインターネットの芯のない正義感が、当事者の心と体の境界をズカズカ土足で踏み込えてくる
そこからなんとか援け出そうとする周りの優しさも、それまでのいろんなしがらみの中で、嵌る場合と空回る場合がある
すべての俳優さんの憑依具合がすごい
110分、エネルギーを削り取られながら鑑賞した感覚がある
救いそのものはないけど、救いのきっかけはある
そしてそういう救いのきっかけに、出会えた人と出会えない人がいる
これは強烈、琴線を鷲掴みにして揺さぶってくる作品
鬼気迫る古田新太さんが秀逸
地元の愛知が舞台ということで、気になっていた本作。重い内容とはわかっていながら、どんな展開になるのかと期待して鑑賞してきました。観終わった今も全くスッキリしないものの、間違いなく観てよかったと思える作品でした。
ストーリーは、スーパーで万引きを疑われ、店外へ逃げ出して車に轢かれて死んでしまった女子中学生の父親が、娘の死に納得がいかず、スーパーの店長や周囲の人間に執拗に詰め寄る異常行動を見せ、それが事故関係者を苦しめていくというもの。
主演の古田新太さんは、これを観るためだけに劇場に足を運んでもいいというぐらいの演技で魅せてくれます。普段は娘に無関心だったことを悔やみ、その埋め合わせや贖罪、あるいは自分自身への罰のつもりか、娘の無実を信じて周囲の人を恫喝しながらなりふり構わず暴走する父親の悲痛な思いが、彼の演技からひしひし伝わってきます。
店長役の松坂桃李くんも、ジリジリと追い込まれ、自分を責め続ける店長を好演しています。本来は万引き被害者であるはずなのに、マスコミの悪意に満ちた報道、世間の誹謗中傷、善意の押し付けなどにより、逃げ場を失い、しだいに壊れていく様が実に切ないです。
脇を固める俳優陣も隙がなく、田畑智子さん、寺島しのぶさんらは、重要な役どころをきっちり演じています。中でも片岡礼子さんは、登場シーンは少ないものの確かな存在感を発揮しています。事故を起こした女性の母親として、気丈に振る舞う圧巻の演技が涙を誘います。
これらの演者により常に緊迫感が漂い、最後まで誰一人救われない展開に本当に胸が苦しくなります。不幸な偶然が重なったといえばそれまでですが、当事者にはそんな理屈は通じません。誰かを悪者にしないとやってられない気持ち、誰も悪者にできずに自分を責める気持ちはよくわかります。でも最悪の結果に至る前に、誰もが少しずつ何かできることがあったのではないかとも感じます。自分の思いを口にできなかった娘、万引きやインタビューに不用意に対応した店長、娘に無関心だった父親、責任の取り方を誤った運転手、面倒な関わりを避けようとする学校、ゴミレベルの報道を垂れ流すマスコミ、それに踊らされ無責任な誹謗中傷を繰り返す世間…。どこかで何かが変われば、悲劇は防げたのではないか、少なくとも悲劇の拡大は止められたのではないかと思います。
終盤で、父親が一度だけ頭を下げるシーンがありますが、ここでやっと本心が聞けた思いがして、自然と涙がこぼれました。時間とともに事故への向き合い方も落ち着いてくるとは思いますが、事故関係者にとって「これで終わり」という日はきっと来ないと思います。タイトルの「空白」は、心にぽっかりと空いた穴を意味するのでしょうか。それとも、自分本位に物事を考え、相手のことを思いやれない空しい心を指すのでしょうか。はたまた、誰かから得た情報を鵜呑みにして、相手と直接関わることのない隔たりを指しているのでしょうか。いろいろと考えさせられることの多い作品でした。
誰にでもあるかもしれない一瞬にして訪れる不幸
今回の吉田恵輔監督作品は、オープニングで一瞬グロ映像があるけど、エロシーンはなかった。(ん?あの一瞬のシーンは、エロなのか?)
この監督の人間の奥底にあるなんとも言えない感情を表す演出には毎度毎度、共鳴するものがある。
本作も自分が事故で娘を無くした父親だったら、そのきっかけを作ってしまったスーパーの店長だったら、タイミング悪く車を運転していたドライバーだったら、そしてその親だったら、又は店長と仲の良い仲間だったら?そしてそして1人孤独な中学生だったら‥‥。
自分は、どうこの展開に向き合って行くのか?いや向き合っていかないといけないのか?
それぞれの人間の複雑な感情が伝わって心を締め付ける。
確かに衝撃的で、心に残る作品だが、なんとも辛い物語だ。
でも意外にこういう事って実際、あるんだろうな。きっと。
良い作品だが、切なすぎので、☆半分減らしておきます。
古田新太さんの「圧」が凄かった!
モンスター級の父親役にストレスが半端無かったけど、ラストで少し救われた感じ。
スーパーでのマニュキュア万引き疑惑で、一体何人の人生が変わってしまったのか?
テーマが重すぎた。
全ての役者さんの演技に圧倒。
誰が加害者か被害者なのか全く解らなくなる展開。
マスコミは相変わらずクソ。
真実を伝える役目があるのに、あれは酷すぎた。
実際にあんな事があるのか?
気になるところ。
寺島しのぶさん演じるスーパーの店員。どさくさに紛れて店長にキスするなよ( ´∀`)
理由を探す錯乱、罪の意識、融和
冷静に考えれば、交通事故なんです。路駐の車の影から急に出てきたひとはとても危ないし、反対路線から飛び出てきたひとを避けるのは難しい。だから、路駐の車のそばを通るときは必ずスピード落としてる。
とはいえ、娘を失った父親は整理がつかず、モンスター化する。娘の死に対して理由を求める。それを誘発したスーパーの男性店長、娘をはねたドライバーの女性、娘の担任女性教師、元妻(現夫の子供を妊娠中)、漁業船に雇いいれた若い男性、が取り巻く。一方で、スーパーの店長の弁護的な役割で、スーパーの店員の年配女性の健気な様子も描かれる。
父親は、なぜ娘を失うことになってしまったのか、やるせないものをぶつけていく。失ったものへのどうすることもできないやるせなさ。
理不尽さはすぐには解決せずに時間が必要ということにはなるが、いっときの錯乱のようなものを切り取っている。だれもがその場にたてばどうするだろう、どうやって感情をコントロールしていけばいいのか、ということを突き詰められる。怒り、謝罪、融和、癒し。こころの変遷がつまっている。
ここに登場する人物たちは誰も悪くない。責められることもない。けれど、罪を感じてしまうのも人間の性である。全体的に重たい内容。ドライバーの女性まで亡くなってしまうストーリーはやややり過ぎの感を感じた。
俳優では、吉田新太は突っ張ってる漁師になりきっているし、最後につれて和らいできて、謝るシーンはぐっと来る。寺島しのぶ、松坂桃李は、スーパーの普通の人を演じ切っていて、芸幅の広さを感じた。目つきにいい意味でオーラを消し去っているし、キムタクではできないことだ。
寺島しのぶ演じる年配女性の店員が、若い男性店長になりふり構わずキスをするシーン、若くてきれいな女の子だったら違うってことでしょう?っていうセリフは、年配女性のこころの叫びを言っているようだ。おっさんだって若い女の子が好きなように、おばさんだって若い男の子が好きだ。このような純な心の叫びを観ることができるのも映画のいいところ。
年配女性は若い女の子にない癒しになるときがある。若い女性にはない安心感(若い女性相手だと自分が守らなきゃってプレッシャーあるけど、年配女性だと逆に母性に守られてる安心感)を感じたいときだってあるんです。
人間誰しも抜け落ちている部分あり
メインの登場者3人(になると思いますが)それぞれが抜け落ちているというか完全ではないため「空白」が心の中にあり、その歪つさがが浮かび上がり歯車が狂っていく、でもそもそもを辿れば原因は自分でしょ?に辿り着いてしまうような、誰でもに起こり得る話なのでは、と考えさせられました。
冒頭のシーンで娘の花音の指先が大写しになり、そこにはささくれが見えていて、父親はだからこそ娘がマニキュアを万引きするわけない、と思うのか、娘本人はそんな指をキレイにしたいとマニキュアが欲しかったのか、もう一度見返してみたい作品です。
本作品は古田さんに宛て書きされたようですが、背中で怒りを感じさせる古田新太さんは、それが頷けるような圧巻の演技でしたが、それを受けて立つ松坂桃李さんの演技も流石でした。
とても良い作品で最後まで力が入りっぱなしであっという間のエンディングでした!
個人的には花音さんを轢いてしまった彼女とそのお母様の姿勢に涙させられました。
何処にでもある普通の日常は危ういバランスの上に成り立っている
物語の切っ掛けの描写はかなりの衝撃を受ける。
ハリウッド映画に慣らされている人ならばそこに衝撃を受けるだろう。
登場する人物達は皆、どこかに問題を抱えているが過ぎゆく日常の中でそれを直視せずにやり過ごす。それが、ある事が切欠となって明るみに晒され絡み合う。時がそれらを解決することは出来るのか。
かなり重い内容だか手練れの出演者が演じきる。劇場でじっくりと鑑賞いただきたい傑作。
楽しい作品ではないが、心に刺さるものがあった
本作品を観て思い出したのが、川崎市の万引き中学生の死亡事故である。簡単に説明すると、店主は防犯カメラで万引きを確認、名前を聞いたが何も言わないので警察に通報、警官が連行しようとしたところ、逃げて踏切をくぐり、電車に跳ねられて死亡した。世間はネットや電話、貼り紙等で店主と中学生の双方を非難、中にはチンピラ風の男たちが店を訪れて店主を面罵したという。店主は店を閉めた。
この事件は法律的な側面と倫理的な側面を区別して別々に考察する必要がある。それに加えて、関わった人々がどのような選択(アンガジュマン)をしたかということが問題になる。
法的に言えば、加害者は万引きをした中学生だけである。被害者は店主と鉄道会社、事故のおかげで予定を狂わされた乗客である。被害者の数の方が圧倒的に多い。万引きとは即ち窃盗であり、簡単に言うと泥棒だ。泥棒が責められるのは当然だが、被害者が責められることは普通はない。泥棒を見つけて居直り強盗になったところをバットで殴り殺したところで、正当防衛が認められるはずだ。
倫理的なことを言えば、加害者が中学生であったということで、将来のことを考慮して説諭で済ませられたのではないかという見方がある。それはその場で自分の違法行為を反省して謝罪した場合に限られると思う。店主もそのために説諭の場面を用意した。しかし名前を言うのを拒否された。つまり反省はしない、謝罪もしないという態度である。ならば説諭の機会は断たれたものと店主が判断し、警察に通報したのは実に理にかなった行動である。非難される謂れはひとつもない。しかし店主は世間や中学生の親に謝罪し、閉店してしまった。
中学生にはいくつも選択肢があった。万引きをするかしないか、発覚したときに逃げるか、素直に謝って許してもらおうとするか、警察が来たら逃げるか、踏切が降りたところで諦めるか、下をくぐって逃げるか。中学生にも事情があったのだろう。考えられる最悪の選択をしてしまった。
実際に逃げた中学生を追いかけたのは警察官だ。しかし警察官は非難されない。警察官にとって犯人が逃げたら追いかける選択しかないからだろう。
中学生の親は自分の子供が万引きをした証拠を確認したら、店主に謝罪するという選択はあった。親の動向は報道されていないから不明である。ただ父親は、店が閉店したことを受けて、閉店してくれてよかった、前を通るたびにつらい思いをするからと言ったそうだ。
被害者意識と加害者意識がある。万引事件では被害者意識を持つはずの店主が加害者意識に悩まされ、万引する子供を育てたという加害者意識を持たねばならないはずの中学生の親が被害者意識を持ってしまった訳である。
加害者意識とは即ち罪悪感である。本作品では急に車の前に飛び出された女性運転手が加害者意識を持ってしまい、最終的に轢き殺したトラック運転手は、不可抗力であるとして加害者意識を持たなかった。
被害者意識を持った人間ほど厄介なものはない。怒りに直結するからであり、その怒りは簡単には収まらない。モンスタークレーマー、モンスターペアレントなどは、被害者意識に怒りを燃え上がらせた存在であり、加害者に大打撃を与えるか、莫大な補償をされるかしなければ胸のつかえがおりない。
本作品は事故や事件に関わった人たちの被害者意識と加害者意識を上手に描いてみせた。加えてネット社会の本質も暴く。人間が日頃は巧く隠している悪意が、インターネットではストレートに出現する。現実では常識人で温厚な人と思われている人が、ネットでは冷酷で悪質な書き込みをしたりするのだ。世の中から寛容な精神性が失われていっている証左である。
楽しい作品ではないが、心に刺さるものがあった。古田新太も松坂桃李も名演だったと思う。田畑智子が演じた別れた妻は、常識的で公平で寛容な精神性を代表していて、言いたいことを代弁してくれた気がした。こちらも好演だったと思う。
性格が問題を大きくしていく
古田新太はいつもは強面だけどそれを逆手に取ったユーモラスな役が多いと思うのですが、今回は顔の印象通りの性格の役で、結果周りを萎縮させていき、どんどん問題がこじれていきます。多分ああいった性格でなければそもそもの事件が起きなかったのでしょうし。
この映画は心が弱っている時、特に自分ではどうしようもなかったけど責められているような状況にある人は心が持っていかれてしまうかもしれません。松坂桃李の最後のシーンは泣いてしまいました。
1時間45分と、最近の邦画では短い方ですが、嫌な気持ちになるには十分な時間でした。それで終わらないのがもっと良かった。
マスコミの情報操作というのはほんとにあるのでしょうか。もしあれば大問題なので、隠しカメラを仕掛けておいて真実を暴いてすっきりする展開を見てみたいです。なかったらこの映画が情報操作していることになりますけどね。
オリジナル脚本なんだ…
原作ありきかと思いきや吉田監督のオリジナル脚本なんだ。この監督、たんたんと狂気の人間性みせるよね。ただ今回はモンスター古田がちょっと見せる人間性が救いか。いろいろな人達が出てくるけどそれぞれとことん突き進むと人間だれでも行き着く姿ではないかと。改めて、人は助け合わないと生きていけない…。
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