ヘレディタリー 継承 : 映画評論・批評
2018年11月13日更新
2018年11月30日よりTOHOシネマズ日比谷ほかにてロードショー
この世ならぬ魔力に操られ、抗えない運命に翻弄される人間たちのなれの果て
「RAW 少女のめざめ」「クワイエット・プレイス」「テルマ」などの独創的なホラー映画が話題を呼んだ2018年。その“クライマックス”を担うのが、海外で絶賛評が相次いでいる本作だ。耳慣れない題名の「Hereditary」は、“遺伝性の~”や“先祖代々の~”という意味の形容詞。はたして主人公のグラハム家の親子4人は、「すべて言わなかったことを許して。私を憎まないでね」という不可解なメッセージを遺して他界した祖母エレンから何を受け継ぐことになるのだろうか?
母親アニーはミニチュア制作のアーティストなのだが、まず本作のファースト・シーンを注意深く観てほしい。美しい森に囲まれた木造住宅の内部に据えられたカメラは、部屋に置かれた精巧なミニチュアにズームアップしていき、その模型の空間が切れ目なく現実のショットに切り替わる。実はこの視覚効果を駆使した手品のようなショットが、グラハム家のその後を暗示している。やがて想像を絶する惨劇をもたらす邪悪な力、すなわち悪魔にとって、一家はミニチュアの人形のようにちっぽけな存在であり、絶対的な支配から逃れられないのだと。
そう、これは“悪魔”を題材にしたオカルト映画である。その意味では「ローズマリーの赤ちゃん」「エクソシスト」「オーメン」といったキリスト教圏の名作の流れをくむ恐怖映画と言えるが、ここには悪魔祓い師のようなヒーローは登場しない。それゆえにどこにも救いがなく、観る者はひたすら破滅への道を転がり落ちていく家族の運命をいたたまれない気分で鑑賞することになる。
いずれもハイレベルな撮影、美術、編集、音楽を束ね、芸術的なセンスさえ感じさせるこの映画は、前述した“先祖から継承すべきものとは何か?”をミステリーの縦軸にした伏線や謎めいたシンボルをちりばめながら、異常な恐怖描写を容赦なくエスカレートさせていく。自宅や学校の中を浮遊する青白い光、暗闇に出没する不気味な人影。現実と悪夢の境目はどんどん曖昧になり、ついにはトラウマ級のスプラッタ・シーンが猛威をふるう。まさに恐怖の狂い咲きだ。
さらに恐ろしいのは、この世ならぬ魔力に操られて理性も生きる気力も失っていく人間たちのなれの果てだ。母親役トニ・コレットの凄まじい顔面変形演技、息子役アレックス・ウルフがまきちらす憂鬱なネガティブ・オーラ、そしてキャスティング・ディレクターのお手柄を讃えたい新人子役、ミリー・シャピロ扮する娘のどうしようもなく哀れな末路。さっぱり信心深くないニッポン人の筆者も、鑑賞後にはくたくたになってこう呟くほかはない。悪魔なんて、もうこりごりだ、と。
(高橋諭治)