タクシー運転手 約束は海を越えて : 映画評論・批評
2018年4月10日更新
2018年4月21日よりシネマート新宿ほかにてロードショー
韓国現代史上最大の悲劇を題材に、笑いも交え感動作に仕立てた監督の離れ業
光州事件が起きたのは1980年5月。前年の朴正煕大統領暗殺から、非常戒厳令、粛軍クーデターなどが立て続けに起きた韓国の激動期、同国南西部の光州で民主化を求める20万人規模の市民デモに軍が発砲し、多数の死傷者を出した。
さて、韓国現代史上最大の悲劇である光州事件が題材という予備知識を持って本作を見始めると、「JSA」「グエムル 漢江の怪物」などで日本の映画ファンにもお馴染みのソン・ガンホが扮する個人タクシーの運転手、マンソプの“軽さ”に面食らう。ハンドルを握りながら流行歌を熱唱し、家賃を滞納している大家に厚かましく借金を頼む。幼い娘を男手一つで大切に育てているが、自国の政治状況には無関心。そんな(やや鈍感にも思える)ごく普通の中年男が、「外国人を乗せて光州に行けば大金をもらえる」という同業者の話を聞き、ルンルン気分を絵に描いたようなステップで抜け駆けする。
マンソプが乗せたのは、ドイツ公共放送のアジア特派員ピーター(「戦場のピアニスト」「ヒトラー 最期の12日間」などナチス将校役の多いトーマス・クレッチマン)。検問を抜け、どうにか光州にたどり着いた2人は、兵士がデモの参加者に発砲し、さらに殴る蹴るの暴行を加える異常事態を目の当たりにする。危険を顧みず真実を伝えるため取材を続けるピーター、面倒見のいい光州のタクシー運転手、音楽好きの明るい大学生らとの関わりを通じて、マンソプが変わっていく過程が実にいい。
本作が長編4作目となるチャン・フン監督は、当時の混迷する政治的・軍事的状況にも、民衆によるデモの主義主張にも踏み込まない。ピーターに同行したマンソプが目撃し体験したのと同じように、光州で起きた悲劇、ささやかな心の触れ合い、使命感と勇気のエピソードを連ねて観客に提示するのみだ。そうしたバランス感覚こそが、キム・ギドク原案の「映画は映画だ」でデビューし、「義兄弟 SECRET REUNION」「高地戦」と着実に成功を重ねてきたチャン監督の強みなのだろう。終盤を盛り上げるカーチェイスはさすがに演出過剰という気もするが、それも込みで観客から支持され、韓国で1200万人超を動員する2017年最大のヒット作となった。光州事件という苦い過去を飲み込むのに、ユーモアと感動の“糖衣”が奏功したということか。
(高森郁哉)