サニー 32

劇場公開日:

解説

「凶悪」の監督・白石和彌と脚本・高橋泉が再タッグを組み、ネット上で神格化された殺人犯の少女「サニー」を信奉する男たちに誘拐・監禁された女性教師の壮絶な運命をオリジナル脚本で描いたサスペンスドラマ。仕事も私生活も今ひとつの中学校教師・藤井赤理は、24歳の誕生日に2人組の男に誘拐されてしまう。誘拐犯の柏原と小田は、「犯罪史上、もっとも可愛い殺人犯」と呼ばれ世間を騒がせた少女サニーの狂信的な信者で、赤理を「サニー」と呼んで監禁するのだが……。「NGT48」の北原里英が映画初主演を果たし、ピエール瀧&リリー・フランキーの「凶悪」コンビ扮する誘拐犯にいたぶられるヒロイン役を体当たりで演じる。共演に「愛の渦」の門脇麦、「関ヶ原」の音尾琢真、「湯を沸かすほどの熱い愛」の駿河太郎。

2018年製作/110分/PG12/日本
配給:日活

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(C)2018「サニー 32」製作委員会

映画レビュー

3.5白石和彌監督作、「凶悪」との共通点もあるが

2018年2月27日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

笑える

怖い

佐世保小6女児同級生殺害事件という実際にあった少女の犯罪に着想を得たという本作。死刑囚に取材したノンフィクションを映画化した「凶悪」の白石監督と脚本家・高橋泉のコンビが、同じような路線を目指して企画を進めたのだろうか。同級生を殺した女子小学生をモチーフに、その彼女サニーを神格化したネットユーザーが結託し、成人したサニーを監禁しようとしたら――という創作を大胆に展開する。

監禁現場における殴る蹴るの暴力描写は、確かに「凶悪」を彷彿とさせる。だが、「凶悪」でリリー・フランキーが演じた「先生」のような、底なしの闇を感じさせる圧倒的なキャラクターが不在で、両方に出演しているピエール瀧の迫力も今回はいまひとつ。

ネットの隠語やSNSの文化が盛り込まれているが、知らない人は果たして楽しめるかどうか。人が死ぬたびにデカデカと表示される「享年○○才」の実録風テロップには笑ったが。

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高森 郁哉

2.5思い込み勘違い深読み

2022年5月25日
iPhoneアプリから投稿

が行き過ぎ崩壊した先に生まれた
狂気の暴走はいとも簡単に人の命を奪う。
それを実写化したような映画
門脇麦演じるサニーの演技は彼女らしい
真に迫る演技。
実は彼女も狂気ギリギリの段階まで
自己を追い込んでいるのかな?と思うほど
但し、出番時間唐考えたら超贅沢な配役かなw

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tomokuni0714

2.0北原里英コレクション・・・キタコレ!

2022年1月22日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

 良い方にとらえれば、殺人という罪の重さを深くえぐりつつも一方では軽々と殺人が犯されていく様子を両極端に描いた作品。なのですが、やはり軽さばかり目立ち、制作途中で本質を見失い、秩序が失われてしまった感じがする。日頃から温めておいたネタ帳をとりあえずストーリーにぶち込んで、力を抜いて作ってしまったんのかな?

 ストーリーをみると、ピエール瀧が誘拐したのも金目当てだという点も残念だし、同時進行するハブられた生徒の心変わりも呆気なかった。まぁ、最も残念なのは警官が到着してからのドタバタ劇だったかな。それでも殺人犯を神格化したりするネットの恐ろしさといった風刺は良かったし、愛に恵まれない人たちをハグする様子も良かった。

 重厚なシリアスドラマとコメディドラマ。白石和彌はどちらも撮れる監督だと思うけど、中途半端な作品だけは勘弁してください。やっぱりバランスが大事ですよね。尚、もっとも印象に残ったのは「ち○ち○を触るな!」です。

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kossy

1.5顔せんしゅけん

2021年6月12日
PCから投稿

ピエール瀧って、プロパー外で演技未経験なのに、とんとん拍子で、起用頻度の高いバイプレイヤーにのし上がったわけだが、それがなぜなのか──考えてみた、ことがある。
たぶん、顔がいいから、だったと思う。世間にはいわゆる「いい顔」という漠然とした定義がある。「いい顔」は、女性ならきれいでなくてもいいし、男性ならハンサムでなくてもいい。
ピエール瀧のばあい、ふてぶてしい面構え──とでもいうべき印象で、野卑あるいは老獪な、海千山千の人物像を演じるのに適した顔であり、さまざまな主題のドラマで適材となり得た──のであろう。モテ過ぎな気はしたが。

かつて岸部一徳がさまざまな映画・ドラマで頻用されたことがあったが、あれは「死んだ目の魅力」とでもいうべきもので、日本には「死んだ目」で売っている俳優の系譜がある。代表は松田優作であり、そのご長男や白竜や新井浩文や染谷将太etcが「死んだ目系」だと思われる。
「死んだ目系」俳優の使途は、バイオレンスもので、死んだ目のまま、暴力的なことをやると、冷然とした迫力がでるので、一時期「死んだ目系」俳優が台頭したわけだった。

がしかし、死んだ目系とはいえ、トッププレイヤーであり、皆、器用な俳優でもあった。きょうび岸部一徳のイメージといえばメロンと請求書を持ってくる所長であって、もはや、かれにその男凶暴につきのイメージを持っている人は少ないのではなかろうか。

現実の世界では、顔に悪を定義しにくい。むろん悪人相はあるし、たいてい悪い相の人が悪い人だが、人それぞれの主観もあるし、よっぽど悪相でもなければ、明明白白とも言えない──のではなかろうか。
ニュースで捕まった人たちの顔を見れば、全員が、それな顔をしている──と感じるのだが、やはり、やった奴だからそう感じる──というのはある。
逆に、チョコプラの悪い顔選手権で、それなりのシチュ映像で、長田さん松尾さんが「ワルっ!」と言えば、そう見えてしまうもの──なわけである。

言うまでもないが、俳優が、現実にはどんな人なのか、庶民であるわたしにとって、どうでもいいことである。だがピエール瀧も新井浩文も個人的に好ましさを感じていた悪役プレイヤーだった。それゆえ、俳優としての「いい顔」なのか、じっさいに悪い人なのかの判定がつかなかったことが、もどかしかった。

なぜなら、人の顔に、善悪を見出したり、なんとなく察知することは、けっこう鑑賞眼=リテラシーにかかわってくる、と思えるからだ。観相に長けていれば、人相を読めるならば、映画を読み解く助けになる、と思えるからだ。

ただし悪役は、人相がわるいひとがやる──という方程式のものでもない。たとえば岡田将生は卑劣なかんじの悪役(悪人や星の子など)がとても巧い。ハンサムであっても、なんとなく不安定・ゆがみ・ひずみを感じさせる顔というものがあり、悪役顔も一概ではない。わけである。

にんげんをやっていると、顔をみて「この顔は、だいたいこういうひとだ」という予測がつく。しかも、それはけっこうな確立で当たる。ことがある。映画のばあい、その見識はリテラシーのようなものになる。(ような気がする──わけである。)

前置きが長くなったが、おそらく凶悪の高評価を経て、柳の下の泥鰌を狙っての同キャスト──(リリーとピエール)だと思われる。
それが、かえって映画の「悪」を削いでいる。この映画のふたりは、まるで長田さん松尾さんが「ワルっ!」と言っているみたいな感じ。凶悪を観た人なら、尚更そのあざとさを感じるに違いない。

また、日本映画のバイオレンス描写は園某タイプで、残酷な様態を見せつけたら、バイオレンス描写になる──という短絡があり、結局「それがどうした感」をぬぐい去ることができない。人の異常って、想定できるもんなら、つまんなくないですか?本作も、変人っぷりや異様さを、見せつけよう──とはしているけれど、上滑りしていた。

それから本作の主人公の女性。アイドル出身とのことだが、ご当人もアイドルグループも知らない。きれいな人ではなく、演技も下手だった。いい顔──ってわけでもない。個人的に魅力を感じることが出来ず、抜擢の不思議を感じさせる映画だった。
人は、人の顔を見て、それが好きだったり、好きでなかったりする。罪なことだが、主観は正直──という話。

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津次郎