哭声 コクソンのレビュー・感想・評価
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信じるものは救われる?
ラストがよくわからなかった。
が、とてつもなく辛く、むごい。
誰を信じればいいのか?善と悪がわからない。
敵味方、善悪の区別をしようとしていたのがバカげていたのか。
祈祷師は、
悪魔を苦しめる力があった。
かなりの霊力があるのだろう。
それでも勝てないことを知っていた。
悪魔を利用して民から金を取る。
牧師は、
呪いなどは信じない。
現実的なことを話す。
若い女性は、
急に現れ信じろと。
ラストで家の門を通り、戻ったところで結界が骸骨に変わっていく。
家に戻らなければ助かっていたのだろうか?
信じるべきは、あの女性だったのか。
鳥が3回鳴いた後、
聖書ではペテロがイエスを「知らない」と言いイエスのもとを去り、その後、イエスは十字架についた。
鳥が3回鳴いた後、
女性(イエスを象徴?)から離れなければ、事態は変わり、家族が亡くなることはなかったのか。
そして、悪魔は諭すように、心に問いかけてくる。
これがまた謎。
見方、信じ方によっては結果が変わっていた
ってこと?
悪魔にもイエスにもなりえたの?
観終わったあとに、どっと疲れを感じた。
途中で観るのをやめることもできず、最後までどうなっていくのか惹きつけられていた。
國村さんの崖の下での表情が、ホントに同情心を誘い、混乱に拍車をかけた。
そこか!!!
一般的なサスペンスかと思ったら怨霊要素ありありのホラーサスペンス。
呪いの掛け合いもあり最後まで真相が分からなかったけど、最後は一応答え合わせがちゃんと出来るように描いているので、変なモヤモヤは無いかな。
娘を思うあまり突っ走るお父さんの行動に「落ち着け!」と言いたくなったりもするが、総じて、こぼさず必要情報を描いたのではなかろうか。
ところで呪いをかけられた娘の演技力よ。すごい…
過度な不気味さはないので、ちょっとスリルを味わいたい人にはオススメかな。
----- ココからネタバレあり -----
観賞後の閲覧推奨。↓
白い服の女は「村の守護神」なのだそう。
「悪魔ではない」ことこそ判明するけれど、何だったのかはちょっとわかりにくかったので、参考まで。
國村隼の恐ろしさ
全体的な重苦しい雰囲気はやはり韓国映画ですね。
でも今作はちょっと違って、少し非現実的であるものの、霊だの悪魔だの通り越して、普通にリアルに感じさせてくるところが怖かった。
ジワジワと襲ってくる恐怖で、常に緊迫感のある雰囲気が漂っています。
本当に最後まで真実が分からず、ラストの終わり方もえげつない。
何が本当で何を信じればいいのか、というシンプルだけど深い意味が込められていました。
子供のもがき、暴れる姿を見るのは親はもちろん、観ているこちら側も辛くなります。
そして、MVP國村隼。
こういう役はよくやりそうなのに、あまり見たことがなかったので、むしろ新鮮でした。
無表情さ、狂った様子、祈祷師としての姿、気持ち悪い笑い方。
こんなに多才な方だとは存じ上げませんでした。
素晴らしかったです。
祈祷師をすぐ呼ぶというのは韓国の文化なのでしょうか?
少しツッコミどころもありましたが、息も付かせぬ先の見えないストーリー展開はとてもよくできていたと思います。
モヤモヤさせる事が主題なら成功している
なんぼ田舎の警官とは言えアホすぎる。
野生のキノコで正気を失い、暴力行為に走るとかホラーっぽいのにそこに着地せず、國村隼をぶちこんで、オカルトの世界に(笑)
科学的な検証など何処吹く風(笑)
ただただ噂話に翻弄され暴走する警官、村人。
まともなのは教会の神父だけと言う(笑)
散々オカルトめいた状況をひっぱり、祈祷師を呼んでお祓いするが、作中でて来た事件現場で何やら儀式くさいお供えが散見し、國村隼がやっている事なのか?地元の祈祷師がやっている事なのか?解らなくなってくる。
白い服の女も見えてる人と見えてない人の区別くらいつけてくれりゃ良いのに。
國村隼についても同様で、大学教授?僧侶?とか噂だけしかない。演出で見せられるシーンも現実にあった事か想像で語られるものか?判断がつきにくい。
ゾンビもどきの扱いもわからない。
幻覚キノコのせい?悪魔が宿った?一切の説明はない。
白い服の女、祈祷師、國村隼、善か悪かなど区別なく主人公から見れば“誰かのせいにする”しか道がない状況は観ている側も混乱させられる。
ただ國村隼の怪演が作品を際立たせたと言える。
冒頭から褌一丁で血まみれだし、疎外感たっぷりの外国でいる日本人らしい姿を見せたかと思えば、偏見や思い込みでイメージが固まってしまうと理解し合うのが容易ではない事を伝えるシーンはちょっと凄かった。
ラストはどうしたら良かったのか?わからないままで終わってしまうので最初から最後までモヤモヤし通しであった。
ジャンルミックスな怖い映画
信じる者は救われません
げに凄まじきものは人…
韓国ではこの映画、どう受け入れられたのだろう?
娘を救おうとして頑張った良い父?娘のために狂っていく父?
他者の意見をきかずに盲信。なのに、自分の感情に振り回されてすぐに疑い、総てをひっくり返す。
現代の話だよねと確認したくなってしまう展開。
祈祷とかは楽しめるけれど、
いち村人ではなく、警官なのに、捜査状況駄々洩れ、噂だけで裏付けなし・法的手続きなしの不法侵入、そして…。法より自分の気持ちの方が大切でやりたい放題。
加えて、あんな天気の中でスマホ見ながらの運転…。事件の初期捜査よりも、姑の指示の方が大事…。繰り返すけれど、一般人じゃなく警官。
まあ、百歩譲ってリンチは殺人じゃなく悪霊退治と思っているのだろうけれど、でもその割にはしっかり証拠隠しの偽装もする。普通の村人の仲間も協力するから、特定の人の狂行ではないように見えるので、韓国には日本のような司法システムないのか、田舎には田舎の法があるのかと疑ってしまう。集団ヒステリーに取りつかれているようなエピソードがあれば見方も違うのだけれど、噂は独り歩きしているが、集団ヒステリーまで発展していない。
そして、格上や自分が受け入れられたいと思う人(例えば娘)には低姿勢なのに、格下と思うと自分のやりたいことを押し通そうと無理難題、言う事聞かなければ罵詈雑言・威嚇。ピーナッツ姫のお国柄?
韓国人とはこういう人と思いたくないが、観ていて不愉快になってくる。
主人公のダメっぷりを表しているんだろう(と思いたい)。
普段、まじめに仕事している、人当たりの良い善良なる小市民が主人公なら、徐々に狂気の沙汰に取りつかれるのも、悪霊・悪魔の技?と思いたくなるけれど、
上記のような惑わされやすい自己中人間が主人公だと、周りの状況をちゃんと見れなくて、自分の中の妄信に振り回されているように見える。それが監督の狙い?悪魔も悪霊も自分の心の中にいるって?
とはいうものの、映像美は必見。
昔のコダックフィルムのような艶・瑞々しさ。
風景等の構図、色使い、光と影。目が離せない。
音楽も騒がしいが、力強い太鼓のリズム。要所要所で盛り上げてくれ、狂信の世界に惑わされていく。
國村氏が圧巻。
尤も、『愛を乞う人』~『交渉人真下正義』~『パコと魔法の絵本』他にも他にもと、演技の幅の広い方で、國村氏の底力はこんなもんじゃないぞと、ファンとしては思ってしまう。
そして、子役がエクソシストになってからがうまい。ゾンビ役も迫力。
そして、ラスト。
禅問答のような、ソクラテスの対話のような問答。
何をもってして、人は相手をそうと信じるのか。
ぞれまでの、主人公のグダグダさがクローズアップされる。
そして、今まで観てきたこの映画のエピソード・映像のどれが事実なのか、夢・脳内イメージの具現化なのか、噂を映像化したものなのか。
どのピース(シーン)を取り上げて繋いでいけばいいのか…。
否、それだけじゃない。実生活でも、私は何を根拠にそう信じているのか。
映画『羅生門』も自分の視点を信じられなくなった。『藪の中』(映画『羅生門』の原作の一つ)を彷徨わさせられるけれども、この映画よりはまだすっきりしている。
この映画はラビリンスに放り込まれたままで終わる。
(藪の中で出会うのは幽霊か蛇だが、ラビリンスではミノタウロスに出会うかもしれないし)
映画館で観たら、しばらくこの映画に囚われてしまいそうだ。
ダンサブルな祈祷師「来る!」
とりあえず人んちに押しかけて怒鳴り散らして飼い犬撲殺されたら呪っちゃうな♫
この主人公のオッサン警官に感情移入ができない。自分が日本人だからか日本から来たよそ者を悪魔扱いするのは気分が良いものではないですね。日本の映画だったら、特定の国は避けてただのよそ者描写だっただろうな。
日本語がわかるから國村さんの穏やかな口調に怒鳴り散らす主人公に対して、理性的じゃなくて嫌だなって思いました。救いは唯一理性的そうな甥っ子の通訳。
祈祷師がちょっとチャラめの兄さん。日本だったら配役は江口洋介かな。祈祷シーンはカラフルでダンサブル。この辺の派手な祈祷シーンはこの間見た「来る」の祈祷シーンに被るものがある。「来る」のが後の作品だからこっちが被ってるというべきか。
韓国映画はあまり見てきてないので、先日見た「新感染」の次だったので、韓国人ゾンビすきよねー!というイメージ。あと演出が全部派手ですね!
國村さんの演技や娘さんの演技最高。
日本人がやっぱり怪しいよね→からの、ほんとはいいやつかもよ?→と思わせて、やっぱり悪もんでしたー!おーい!戻るんかい!って思ったわ。実は良い人オチで良かったよ、國村さん。
韓国版エクソシスト
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自宅にて鑑賞。ミステリーの作り乍ら、中盤以降オカルトっぽくなり、オープニング・テロップ(新約聖書、ルカによる福音書24章 37-39節)の引用通り、進行と共に宗教色が濃くなる。K.ドウォンの“チョン・ジョング”とK.ドユンの“オ・ソンボク”もユニークだった言動が徐々にシリアスになり、後半では全く違った役どころとなった。監督の特徴である雨のシーンも多く、犬もしっかり登場した。本作に限っては、食事をするシーンが多い様にも思えた。妙なのを観てしまった想いが強く、万人にはお薦めし難いが、癖になる。85/100点。
・タイトルは物語の舞台である長閑な自然が広がる田舎町“谷城(Gok-Seong)”の当て字であり、韓国全羅南道谷城郡は監督の故郷でもある。どこか懐かしい風景とは裏腹に不気味で凄惨な事件と云う対比に正体不明の人物が跋扈する物語は観る者を惹きつけ、細かな綻びが気にならなくなる。
・'16年における第37回青龍映画祭にて、外国人として助演男優賞を初受賞した國村隼を始め、C.ウヒの“ムミョン”と謎を秘めたキャラクターを複数配置し、相対させた点が本作の大きな挑戦であり、不思議な魅力をもたらしたと云えよう。疑心暗鬼に陥り、二転三転するクライマックスから辿り着く真相は登場人物達同様、観客も惑わされ、善悪の概念が揺らぎかねない──独特な後味と輝きを放つ反面、好みが分かれる所であろう。
・H.ジョンミン演じる祈祷師“イルグァン”が儀式を執り行うシーケンスは約15分間に亘り、ノーカットで収録された。國村隼が行う祈祷シーンは監督曰く、ネパールのシャーマニズムを参考にしたらしい。“ヒョジン”のK.ファニは、もがき苦しむシーンに活かす為、約半年間モダンダンスを習ったと云う。
・クライマックスで登場するカメラは、'78年製ミノルタハイマチックS(Minolta Hi-Matic S)である。冒頭の引用──イエス・キリストの科白を繰り返し、写真を撮る國村隼の掌には聖痕も見られる。もし仮にK.ドウォンの“チョン・ジョング”が云い付け通り、三番目の鶏の鳴き声を待っていたらとも思うが、これらは個々のアイデンティティーが露呈する場面なので、結果は変わらなかったのではと思われる。
・鑑賞後に矛盾してる、辻褄が合わない、破綻している等と云った事を感じたのなら、それは先入観や固定概念がきっと邪魔をしている。亦、面倒臭さから思考停止に陥ったり、自分なりの解釈や熟考を止めると、消化不良、観客に丸投げ等の残念な感想を持ってしまう。思い込みや僻見等を捨て、フラットな状態で観れば、違った解釈が産まれてくるのではないだろうか。何より監督自身が生粋のクリスチャンである事を鑑みれば、自ずと答えが浮かび上がってくる。
・鑑賞日:2017年9月11日(月)
面白いのにもったいない
最初の半分までは最高に面白く高評価だった。謎な事件にリアルな演技と迫力にドキドキが止まらず見入りました。
後半のゾンビ登場から萎えました。何故ゾンビなのか意味わからなかったし誰?って感じ(笑)ラストの方は一気に展開がぐちゃぐちゃになり面白くなったのに、主人公の父親が無能すぎるのと感情任せすぎて何の役にもなってないし、本当にイライラが止まらない。
あほすぎて見るのを辞めようかと思ったくらい判断能力がない。
みんな死んだのも父親の無能な選択のせい。
終わりはスッキリしなかったので面白かったけど評価は3.5
哭声 コクソン 感想
Netflixにて鑑賞しました。
最初から最後まで、何が本当で何が偽りなのか
真実を見つけながらの視聴でした。
祈祷のシーン等は普段日本映画での除霊等は違う雰囲気があり
良かったです。
國村さんの演技がやはり良い意味でこの映画の良さを出しているんではと感じました。
コメディーとホラーは似ている
結論までぶちまける
コクソン=哭声=谷城
ダジャレです。
シークレットサンシャインの密陽を思い出した。
そーゆーの好きなんですかね、韓国人て。
そんなダジャレ言ってる場合じゃない、薄ら暗い場面の連続の作品で、いつかこの暗い場面が明るくスッキリするのか?、とは行く訳もなく、
話の展開は、各事件現場や謎の日本人の家みたいにいろんなものをぶちまけて、唐突に終わる。
いつも韓国映画には、期待しない事を期待してる、スカッとした結論にはならないだろうと思って観てたけど、ベクトルが色んな方向に向き過ぎで訳が分からなくなる。
冒頭でキリスト教的な何かを暗示させたり、謎の日本人國村隼はすごく淡々としてるだけなのかと思いきや、後半急に人間っぽさ露わにし出すし、で祈祷合戦の時は数珠持ってたから仏教的な人なのかとか、
でもゾンビ発生させたのは彼だし、
時折鬼のような形相になるし、
途中から登場するカリスマ祈祷師、まさかのファンジョンミンでしたが、彼の祈祷のベースは何に起因してるかよく分からず、
ちょっとしか出てこない白い女、ラストのカラスの件とかからすると西洋的な、キリスト教的なニュアンスを醸し出しているが、如何せん絡みが少なすぎて意外性に乏しい。
観客に問いかけてる雰囲気の結末だが、問いかけてるのかすらよく分からない。
これから観る方には、セリフとか話の筋よりも、視覚的効果が多い内容なので、出来るだけ大きい画面で観て欲しい。
真実が一つじゃない
この映画には真実は存在しないかもしれない。
前半はコミカルな演出で惹きつけつつ、徐々にホラー感が増して行く過程が面白い。
ラストは本当に分からなくなってくる。
見る人それぞれがそれぞれ信じたいことが、真実になるのではないか。明確にこれ、という解答があるのかもしれないが、見た後はそういう印象。
皆が嘘をついているかもしれないし、全く嘘をついていないかもしれない。
個人的には全員嘘はついていないけど、互いに互いを誤解している、というくらいか。
國村隼が悪魔に見えるのは悪魔だと思うからかもね。
映画的には國村隼はイエスキリストとしても描かれてる。ただ、人によっては悪魔にも見えるということか?
最後に手の甲に十字架にかけられたような穴が開いていたし。
どこかの考察で、人はどれだけ人を信じられるか、ということを描いた、と書いていましたが、これが一番しっくりきました。
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