劇場公開日 2017年3月11日

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「げに凄まじきものは人…」哭声 コクソン とみいじょんさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5げに凄まじきものは人…

2019年8月28日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

怖い

知的

難しい

韓国ではこの映画、どう受け入れられたのだろう?
 娘を救おうとして頑張った良い父?娘のために狂っていく父?
 他者の意見をきかずに盲信。なのに、自分の感情に振り回されてすぐに疑い、総てをひっくり返す。

現代の話だよねと確認したくなってしまう展開。
 祈祷とかは楽しめるけれど、
 いち村人ではなく、警官なのに、捜査状況駄々洩れ、噂だけで裏付けなし・法的手続きなしの不法侵入、そして…。法より自分の気持ちの方が大切でやりたい放題。
 加えて、あんな天気の中でスマホ見ながらの運転…。事件の初期捜査よりも、姑の指示の方が大事…。繰り返すけれど、一般人じゃなく警官。
 まあ、百歩譲ってリンチは殺人じゃなく悪霊退治と思っているのだろうけれど、でもその割にはしっかり証拠隠しの偽装もする。普通の村人の仲間も協力するから、特定の人の狂行ではないように見えるので、韓国には日本のような司法システムないのか、田舎には田舎の法があるのかと疑ってしまう。集団ヒステリーに取りつかれているようなエピソードがあれば見方も違うのだけれど、噂は独り歩きしているが、集団ヒステリーまで発展していない。
 そして、格上や自分が受け入れられたいと思う人(例えば娘)には低姿勢なのに、格下と思うと自分のやりたいことを押し通そうと無理難題、言う事聞かなければ罵詈雑言・威嚇。ピーナッツ姫のお国柄?
 韓国人とはこういう人と思いたくないが、観ていて不愉快になってくる。
 主人公のダメっぷりを表しているんだろう(と思いたい)。

 普段、まじめに仕事している、人当たりの良い善良なる小市民が主人公なら、徐々に狂気の沙汰に取りつかれるのも、悪霊・悪魔の技?と思いたくなるけれど、
 上記のような惑わされやすい自己中人間が主人公だと、周りの状況をちゃんと見れなくて、自分の中の妄信に振り回されているように見える。それが監督の狙い?悪魔も悪霊も自分の心の中にいるって?

とはいうものの、映像美は必見。
昔のコダックフィルムのような艶・瑞々しさ。
風景等の構図、色使い、光と影。目が離せない。

音楽も騒がしいが、力強い太鼓のリズム。要所要所で盛り上げてくれ、狂信の世界に惑わされていく。

國村氏が圧巻。
 尤も、『愛を乞う人』~『交渉人真下正義』~『パコと魔法の絵本』他にも他にもと、演技の幅の広い方で、國村氏の底力はこんなもんじゃないぞと、ファンとしては思ってしまう。

そして、子役がエクソシストになってからがうまい。ゾンビ役も迫力。

そして、ラスト。
 禅問答のような、ソクラテスの対話のような問答。
 何をもってして、人は相手をそうと信じるのか。
 ぞれまでの、主人公のグダグダさがクローズアップされる。
 そして、今まで観てきたこの映画のエピソード・映像のどれが事実なのか、夢・脳内イメージの具現化なのか、噂を映像化したものなのか。
 どのピース(シーン)を取り上げて繋いでいけばいいのか…。

否、それだけじゃない。実生活でも、私は何を根拠にそう信じているのか。

映画『羅生門』も自分の視点を信じられなくなった。『藪の中』(映画『羅生門』の原作の一つ)を彷徨わさせられるけれども、この映画よりはまだすっきりしている。
 この映画はラビリンスに放り込まれたままで終わる。
(藪の中で出会うのは幽霊か蛇だが、ラビリンスではミノタウロスに出会うかもしれないし)

映画館で観たら、しばらくこの映画に囚われてしまいそうだ。

とみいじょん