ブレードランナー 2049のレビュー・感想・評価
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俺は本当に映画を見たのか?
同じ監督の「メッセージ」すごくよかった。
この映画も雰囲気が似ていて、効果音とも、音楽とも言えるような、電子的で、重荘な、圧倒的な重みのあるものが近くに「ある」ような錯覚におちいる音。
それと
静かに、フィックスした画面からゆっくりと動いていく画角に、とてつもない情報量のいろんなモノが混ざり合っている。
パパっとフラッシュしたかと思うと、誰かが銃で撃たれていたりする。すごく緻密な、計算されたアクションを綿密に準備して撮ったんだろうな。
あ、あと「記憶」がテーマになっているのも『メッセージ』と同じ。この監督、そういうお話が好きなんだね。きっと。
で、快適な眠りから目覚めてみると、映画がいつの間にか終わっているのも『メッセージ』と同じ。「はっ!寝てた」「あー、気分良かった」「なんか眠くなるんだよね」「退屈じゃないんだけど。むしろ、好きな部類の映画」
「いや、覚えてるぞ。あんな事。こんな事」詳しくは書けません。ネタバレなので。。。「果たして、俺はこの映画、見たと言えるのか」?
主人公のKは、自分の記憶が植え付けられたものなのか、本当に経験したものなのか、それが揺らぐことによって、大切な記憶が失われていく喪失感にさいなまれる。その恐怖感は、本当に共感できる。だって、今自分が感じている記憶の錯乱も、Kの焦りと同じものに違いないから。
『ブレードランナー』何回も見たはずなのに、実は一回もちゃんと見たことのない映画。今回はドゥニ・ヴィルヌーブという、映像職人によって見事に味付けされた彼の空間を体感できました。
包み込まれるような、映像体験に興味がある方はどうぞ。おすすめです。この映画に関しては、眠くなっても駄作じゃありませんので。
ドゥニ・ビルヌーブ監督の映画らしく、人間、レプリカント、AIの壁を超えた様々なかたちの愛を描いていた
ドゥニ・ビルヌーブ 監督(「メッセージ」等)による2017年製作(163分、PG12)のアメリカ映画。原題:Blade Runner 2049、配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント。
吹き替え版を視聴。
製作総指揮リドリー・スコットの下、前作の世界観を踏襲しながら、新しいAI的な要素(バーチャル彼女、3Dホログラム等)も取り入れて、人工レプリカントの進化や悲哀を突きつけて来て、流石ビルヌーブ 監督の作品という印象。
主人公ライアン・ゴスリングが人間ではなく、私企業によって製造されたレプリカントの警察官Kというのが、前作より一歩進んでいて未来的。恋人は、汎用的市販品らしいAIバーチャル彼女のジョイ。彼氏のお好みに合わせてか衣装も自由自在で、会話だけでなく食事も用意してくれる。演じているのがキューバ出身のアナ・デ・アルマス(007 ノー・タイム・トゥ・ダイ等)で、めちゃ可愛いく一途な感じが何とも魅了的だった。
肉体が無いAIアルマスは、人間の女性(マッケンジー・デイビス)の体を借りて彼女とシンクロする形で、大好きなゴスリングとセックスして思いを遂げる。彼女の気持ちはとてもいじらしいのだが、少し考えてみれば、0と1しかないプログラムから出来てるAIが肉体関係を求めるという何だか恐ろしい話でもある。感情というものが未だ理詰めでは分からないだけに、AIが愛する気持ちを有していてもおかしくないと思ってしまう。
主人公レプリカントのゴスリングは重傷を負っているのに関わらず、父親(ハリソン・フォード)を娘(カーラ・ジュリ)に合わせようと動いた。生身の人間ではなくレプリカントに本物のヒューマニズムを表現させるのが、何とも味わい深く感じられた。
レプリカント製作会社社長ウォレスの代理人レプリカントのラブ(シルビア・フークス:志田有彩)はゴスリングと闘い、ナイフで重傷を負わすのだが、勝利を確信した時にゴスリングにキスをする。湧き上がってきた勝利の歓喜的感情と恋情がconfusion してしまったのか?ココは正直、良く分からなかった。
デッカード(ハリソン・フォード)は人間と思って前作では見ていたのだが、本映画では放射能汚染されたラスベガスのホテルに、黒いイヌのレプリカント(寿命とウイスキー好きから考慮すると)と一緒に30年暮らしている訳で、また過去の記憶への拘りも強く、どうやらレプリカント設定なのかなとは思ってしまった。
とすると、レイチェル(ショーン・ヤング、昔の若いままの容姿での再登場させる映像技術には驚かされた)との娘は、レプリカント同士の子供ということになる。2人とも先を見据えて製造された繁殖能力授与型のレプリカントだったということだろうか。レプリカント達が奇跡と言っていた意味も、よく理解できる。また、リアルな世界で、ロボットやAIが自己増殖できる様になったら、人間の立場はとてもヤバイなと恐怖心の様な感情を覚えた。
映画全体を通して、人間、レプリカント、AIの壁を超えた様々なかたちの愛を描いていた印象で、リドリー・スコットではなく、ドゥニ・ビルヌーブ監督の映画らしいと感じた。
監督ドゥニ・ビルヌーブ、製作アンドリュー・A・コソーブ 、ブロデリック・ジョンソン 、バッド・ヨーキン 、シンシア・サイクス・ヨーキン、製作総指揮リドリー・スコット、 ビル・カラッロ 、ティム・ギャンブル 、フランク・ギストラ 、イェール・バディック 、バル・ヒル。原作フィリップ・K・ディック、原案ハンプトン・ファンチャー脚本ハンプトン・ファンチャー 、マイケル・グリーン、撮影ロジャー・ディーキンス、美術デニス・ガスナー、衣装レネー・エイプリル、音楽ベンジャミン・ウォルフィッシュ 、ハンス・ジマー、
音楽監修デバ・アンダーソン、視覚効果監修ジョン・ネルソン。
出演
ライアン・ゴズリングK(加瀬康之)、ハリソン・フォードリック・デッカード(磯部勉)、アナ・デ・アルマスジョイ(小林沙苗)、シルビア・フークスラヴ(志田有彩)、ロビン・ライトジョシ(深見梨加)、マッケンジー・デイビスマリエッティ(行成とあ)、カーラ・ジュリアナ・ステライン(恒松あゆみ)、レニー・ジェームズミスター・コットン、デイブ・バウティスタサッパー・モートン、ジャレッド・レトニアンダー・ウォレス、エドワード・ジェームズ・オルモスガフ、ショーン・ヤングレイチェル、バーカッド・アブディ、ヒアム・アッバス、ウッド・ハリス、デビッド・ダストマルチャン。
コンセプトを反映した意匠
何が凄いって意匠が凄い。
『メッセージ』に引き続きコンセプトからブレイクダウンされたディテールは、前作と地続きな事を示しつつ現代から見ても未来を感じさせてくれる。
画面の情報量が多いが、それを味わえる尺をたっぷりとってくれているので満足度高い。
ウォレス社のインテリアからゴズリン自宅のキッチンまで構成もディテールも腑に落ちる。
要所でシンメトリーと重低音を多用してベタに重厚感を出してて好きです。
実写で現実に虚構がオーバーレイする表現は物哀しい味わい含めて現時点でこれ以上の物はないと思えるくらい。
ゴズリンの顔面力も良過ぎ。
単品の作品として円環構造を持ちつつ前作の解釈にも影響するような要素を入れてるのも好き。
詳細を書くとネタバレになるけど、虚構の意義・ワンノブゼムと自覚した上での実存・第三世界からの搾取など現代的なテーマを物語上の必然として描いていてストーリーテリングもクレバー。
ひいき目満点
キモをネタバレしているので
観る前の方は読まないでほしい。
何かの続編作品としては珍しく満足した。
前作通り、いや、それを超える映像美、世界観。
冒頭からシビレっぱなし。
内容は、回収しきれてない要素もあるものの。
いいんだよ。この作品はお金と宣伝は壮大だけども
基本は哀れなレプリカントKがどう生きたかを描いたものだから。
それでも、これ万人受けはしないだろう。
アクションで盛上げて勧善懲悪でスカッとするような
エンターテイメントでは無いからだ。
SF好きと公言しててもスターウォーズ最高組には
お口に合わなさそう。
まず主人公Kの人生だけどKが暗い。
感情は表では抑制しており、
唯一心を開いてる相手はホログラムの女性プログラム。
ひきこもりがフィギュアを嫁と言うのに似たようなものがある。
それもやっと愛せるかと思いきや途中でフリーズする物悲しさったら(私は思わず笑った)。
魂が無い、名前が無い、生きてる意義も価値も、愛してくれてる人もない。
とにかく無い無いづくしの中で、
唯一、もしかして自分は奇跡の子供で両親がいたんじゃないか?
仲間達に祝福されて生まれた子なのではないか?
と抱いた微かな希望。救い。
それさえも残酷に奪われてしまう。
デッカードに「おまえは俺にとってなんだ?」と
問われた時の悲しい目に、私も落涙しました。
誰に何を問われても自分はこうだ、と答えられないし、
それを考えて言語化する訓練もレプリカントは受けてないのです。
でも。
大義も使命も正直よくわからないけど、
一度は父かもと思ったデッカードを
娘に自分は会わせてあげられるのだと。
自分だけが、それを出来るんだと。
それが命をかけてでもやり遂げたいことでした。
小さな望みだけど他人のためにそんな生き方するって
人間より人間らしいのではないでしょうか。
前作のテイストを残す必要はあるんだろう。
前作の雰囲気を壊さないようにものすごく努力した、ということは評価する。
前作と比べないで独立した映画として鑑賞すると、まあ普通のできかな。
前作があまりに傑作だから前作を超えた、はあり得ないなあ。
前作が驚くべき(あるいは嘆くべき)未来図をビジュアライズしてくれて、それに喝采していたのではないか。本作にはその驚きが全然ない(カバーだから当たり前だがこれだけをとっても前作を上回れないことは明白)。
レプリカントって奴隷を工業的に生産できるってことが、ある意味産業的で革命的な意義なんじゃないのか。そりゃ妊娠できるように創るのはサイエンティストの研究材料としては面白いだろうし、聖書の話をこじつけて神を持ち出したり(ラケルの話は傑作だった! 前作からこのためにRachelと名づけていたのか?)、哲学的な話にしたり、人類と対決する続編を作る(!)のには便利と思うけど、分娩まで10ヶ月もかかったり出産で親が死んだりじゃ全然生産的じゃないと思うんだけど。なんか私、勘違いしてます?
デッカードが人間だとしたら娘は異種間のハイブリッド? 荒唐無稽すぎないか?
Kの秘密のようなものが早くわかりすぎたのも残念。オチじゃないってわかっちゃうよね。レプリカントはみな同じ記憶を持ってるという話なのか。
巨大な看板ジョイがジョー...って言ってるのは広告、つまり不特定多数に向かって言ってるのですよね? きっとどこのお宅のジョイもご主人様に「あなたは特別」って言うように設計されているのでしょう。持ち主に名前が無かったら「ジョーって呼ぶわ」っていうんですね。
Kってそれなりに強いけど殴られたりすれば傷つく程度の強さじゃない? それがとってつけたように(思い出したように)壁をバーンって突き抜けるのもちょっとおかしいよな。笑うところなんだろうか?
続編はレプリカントの地下組織が善玉で人類が悪役になるんだよね?
ターミネーターやマッドマックスシリーズのようにならないことを祈るのみ(笑)
この、時間をずいぶん空けた続編って、マッドマックスが当たったから作ったんだよね?
あとね。音がうるさいんだよ!!
史上最高の続編の一本‼️
まさかあのSF映画の金字塔「ブレードランナー」の続編が35年ぶりに製作されるなんて‼️しかもこんな名作になるなんて‼️ 2049年のロサンジェルスの街並みやゴーストタウンと化したラスベガスを描く美術、スピナーやブラスターをはじめとするガジェットの数々、前作の酸性雨から雪が降るロサンゼルスという差別化された世界観‼️出演者ではK役ライアン・ゴズリング、デッカード役ハリソン・フォードはもちろん、Kに献身的な愛を捧げるホログラムの恋人ジョイ役アナ・デ・アルマス、圧倒的な強さを見せるエリートレプリカント・ラブ役シルヴィア・フークスの女優二人が特に素晴らしいですね‼️CG技術で登場するショーン・ヤングのレイチェルも感慨深い‼️前作では記憶と過去、そして寿命がテーマだったと思いますが、今作ではKとジョイを通して人とは何か、レプリカントとは何か、実態と模造の違いを問いかける前作以上に奥深い物語になっていると思います‼️それだけにKとジョイの情交するシーンの切なさは特筆モノです‼️Kの安否は分かりませんが、デッカードと娘にはどんな物語が待っているのでしょう❓2049年まであと約四半世紀です‼️
やはり難解だがそこが本シリーズの良いところ
予想通り、やはりわかりにくい。前作もリドリー・スコット監督に魅せられた鑑賞したものの「これってどうなの…」が正直な感想だったが、今回も同様。前回の難解さは若さゆえの歳のせいだけではなかったのね…。でもこれで良いと思う。放映時間が長い割には何だかんだ最後まで飽きずに観られるし、ビジュアルも見逃せない。ハリソン・フォードの老年とは思えぬ頑張りも、当然見逃してはいけないでしょ。
何度も観ると本作をもっと楽しめるのだろうが、様々な観点から今回もこの1回にのみにしておこう。
映画内容想像より下回る
前作内容が完結していた物の続編映画
今作は35年後(2049年)の話で
タイレル社が潰れたあとのウォレル社が台頭している世界の話です
前作のレプリカントのレイチェルの妊娠した子供(人間?レプリカント?)を
捜査していく映画で主人公K(レプリカント)植えこまれ記憶を自分の物だと思い
デッカードを探し聞き込みをします今回のレプリカント寿命がありません
レプリカントと人間の話なので結末としてはかなしいものがたりになっています
電気羊はどこへ
劇場で鑑賞した時は、その比類なき映像美に圧倒されました。前作はDVDでファイナルカット版まで鑑賞して、世界観と哲学的なテーマに感銘を受けましたが、本作は果たして。
良かった点としては前述の通りロジャー・ディーキンスによる撮影。揮発性に富んだと言うか、浮遊感のあると言うか、微妙に現実離れしたフューチャー感溢れる映像。これはホントすごかった。
あと、主演のライアン・ゴズリング。感情の起伏のない、どこか退廃的なレプリカントを絶妙に演じていました。前作のブレードランナーは捜査力はともかく戦闘力という点では凄腕感が感じられなかったのに対して、今回は一定の強さは保持しており、ちゃんと伝わりました。この辺も好感度高かった。
個人的にイマイチだった点。まずテンポ。やはり冗長感は否めなかった。各シーンあと2〜3秒くらい早く切り上げられたんじゃないだろうか。。
次にジャレッド・レトのキャラ。盲目の必要あるか?とか、性格設定もよく分からなかったので明確な倒すべき敵感が無くて残念。端的に言って浮いてる。
そしてストーリー。これが1番大きかった。前作が自己の探究というテーマだった(少なくとも僕はそう思いました。)のに対し、今回はミステリー要素が強かったので複数の鑑賞に耐えうるか。そもそも謎解きの過程も一部強引だった気もしないでもない。特にデッカードとの邂逅の件とか。。。デッカードとレイチェルの間に子供ができてたとか、それを守るべく秘密組織ができてたとか、前作の世界感から外れすぎてた印象も受けました。
素晴らしい世界観
ストーリーは、儚い近未来の世界を描いた平均的なものであるが、トーンをおさえた映像表現による世界観をつくりだす街や人工物の造形が素晴らしい。それを楽しむだけでも観る価値があると思う。
少しだけ気になったのは・・・ハリソン・フォードの大ファンであるけれど、登場する必要は無かったかも。ここは新しいブレードランナーとして、過去の偉業に頼る必要はないと感じた。
サイバーパンク斯くあるべし
近未来的だけど退廃感も漂う街並み、巨大企業の陰謀、救われない登場人物等サイバーパンクのお手本のような作品でした。サイバーパンクな世界設定を元にそれを楽しめるように作られたストーリーといった感じで感動したりや考えさせられるような事はないですが、この雰囲気はハマる人にはとことんハマると思います。
映像に関していえば、退廃的な雰囲気は伝わって来つつも悪天候や夜の場面が多く街の全貌がいまいち掴めなくて(意図的にそうしたのだと思いますが)どこか窮屈な感じがしました。
音楽について、街中で流れるBGMが最高でした。あまり詳しくないのですがPCゲームの「サイバーパンク2077」でも似たようなBGMがあったので、もしかしたらサイバーパンク作品のお作法的なものなのかもしれません。何はともあれ最高です。
サイバーパンク好きにはもちろんのこと、SFやアクション好きな方にもおススメな映画です。
前作の人間らしさ、人間性とは何か?に種の保存的なテーマが足されてい...
前作の人間らしさ、人間性とは何か?に種の保存的なテーマが足されている
前作からやっぱり難解すぎ
救いの一つは記憶ってこと?それを作ってるのがレイチェルの娘が希望ってことなのかな
やっぱりよくわからない
世界観は抜群によく、前作を見ていないと話しの繋がりがわからず面白さ半減
CG、VFXで描き切り過ぎてる気がしないでもない。技術凄すぎる...
ジョイを失た後、街中で量産型だと知っていたはずなのにKがみせた表情が忘れられない
アナデアルマス最高過ぎ
これブレードランナーじゃないっす
ブレードランナー続編との事で意気揚々と観始めたが・・残念です。
この映画のタイトルに「ブレードランナー」をつける事に反対。改名してほしい。
ブレードランナーの検索で毎回毎回こいつがちゃっかり出てくる為、若干迷惑かけられている。
視聴中の早い段階で駄作と感じたが良い部分を見つけるつもりで観続けた。普段の私なら視聴中止するほどの映画だがブレードランナー続編だから最後まで観たのだ。が結局、最後まで良いところを見つける事が出来なかった。
批判だらけのレビューを書く気力がない為、特にこれ以上何も書く事はない(若干苛立ち)。当作品は全くどこにも惹かれるようなシーンも魅力も見事に皆無、という本家ブレードランナーとは見事に真逆の映画だった。
というか、例えばブレードランナー続編ではないとしても、SF映画としても駄作という感想になってしまう。
ただ、この映画のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督というのは私的にイマイチな監督である。過去に「プリズナーズ」「複製された男」しか観てないがどちらもイマイチだったので、この監督の作品が単に私の好みじゃないだけかも知れないです。
私の好きな俳優ジャレッド・レトが出演しておりそこだけは嬉しい。
最後に、タイトルは本当に変えたほうが良い。「ブレードランナー 2049」→「2049」に変えるだけで、タイトルが引き締まった感じになるし全然悪くないと思います。すっきりしたタイトルのほうが絶対いい。
2019/09 CS
曲者だが不思議な魅力を持つSF
本作は35年前の名作SF作品の続編である。退廃的で終末観さえ漂う乾ききった近未来(2049年)で、ブレードランナーである主人公・K(ライアン・コズリング)が自らのルーツを求めて流離う哀切感溢れる物語である。圧倒的な映像美、独特の世界観など、見どころは多い。しかし、本作は、単独作ではなく前作と融合した作品であり、繊細で哲学的なストーリーなので、前作を観たか否かで評価が分れる作品である。
前作を観た人は、前作を基準、ベンチマークにして本作を観ることができる。その間に登場した数多のSF作品に惑わされることはない。一方、前作を観なかった人は、スターウォーズ・フォースの覚醒、パッセンジャー、メッセージ、ゴースト・インザシェルなどの最近のSF作品を基準、ベンチマークにして本作を観ることになる。本作は、最近のSF作品との類似点が多く、どうしても既視感が付きまとう。作品のアイデンティティを見つけ出すのは難しい。前作を基に作られたSF作品が、逆に、本作を鑑賞し難くするという自己矛盾。35年という歳月の長さを痛感させられる。
私は、前作未見なので、繊細で哲学的なストーリーを完全に理解することはできなかった。本作は、前作と本作の2作品が生み出す多くのピースで構成されるジグソーパズルのようである。前作未見ということは、本作のピースだけのジグソーパズルを観ている感覚である。欠けた前作ピースは想像で補うしかないが全てのシーンを完全に補うことはできない。完全に補えることができるシーンもあるので、理解可能なシーンと意味不明のシーンの連鎖で、モヤモヤとしたスッキリしない感覚に襲われる。同時に、作品世界に漂っているような不思議な浮遊感がある。本作が只者ではないという片鱗には触れることはできる。
本作は、凄く面白いわけではない、大感動するわけでもない、難解な作品である。しかし、何故か惹かれるものがある、不思議な魅力を持った作品である。
まさしく芸術!
前作の「ブレードランナー」を観ず、かつ、「ブレードランナー2049」に関する前情報を一切仕入れない中での鑑賞。
激しいアクションシーンの多いSF映画なのだろうなとポスターから想像していたのですが、
良い意味で激しく裏切られた。
芸術性が非常に高くテーマが難解なのに、3時間弱という比較的長い時間ですが飽きることなく鑑賞することができました。
まず度肝を抜いたのが、映像表現の美しさ。
「インターステラー」を鑑賞した際にもCGを駆使した映像表現にとても驚きましたが、
「ブレードランナー2049」はそれ以上です。
「インターステラー」は自然を対象としたCG表現が巧みでしたが、
「ブレードランナー2049」は建物やネオンなどの人工物を対象としたCG表現が美しすぎる。
CGを用い、核戦争後の街の退廃的な雰囲気を醸成することが非常に上手い。上手いというより、芸術に近い。
加えて、テーマが「人造人間のアイデンティティ」という難解なもの。
「大義のために死ぬということは、もっとも人間らしい」という印象的な言葉が映画内で発せられましたが、そもそもの「人間らしさとはなにか」と考えさせられました。
レプリカントは人間の都合のいいように作られた「人造人間」ですが、主人公のKをはじめ、人間でない登場人物は人間特有のあらゆる感情を持ち合わせている。
両者を隔てるものは、「身体」という物体であり、さらに言えば、本作の核となる「繁殖機能の有無」だと思います。
なぜレプリカントが子どもを産むことができたのか、というもっとも大きな謎は明かされなかったので、続編「ブレードランナー2099」を楽しみにしておきます!
35年後に作られた、30年後の世界
カルト人気から世界的作品となったブレードランナーの正統なる続編。
監督はドゥニ・ヴィルヌーヴ。
ロサンゼルス市警所属のブレードランナー・Kは、郊外の農場で働いていた強力なレプリカント、ネクサス8型を処分する。
ドローン撮影での解析で、朽ちた農場の木の下に30年前に埋葬されたレプリカント・ネクサス6型の骨が埋まっていた。
骨にはなんと出産の痕跡があり、Kは大きな犯罪の臭いをかぎ取り、タイレル社を買い取りネクサス型の開発を引き継いだ資産家のウォレスを訪ねる。
前作から引き継いだ、前作以上の退廃的未来世界。
黙示録後のような滅びたラスベガスも、年老いたリック・デッカードも、そして彼がしがみつくレイチェルの記憶も全てが古くて新しい。
もしかして、自分も偽の記憶を植え付けられたレプリカントではないのかと疑い、悩み苦しむKと、彼を支える、美しき恋人ソフトのジョイ。
彼らが迫る、デッカードとレイチェルの子の真実とは?
巨額の制作費をかけたものの、またもや低空飛行となった本作ですが、やっぱりカルト人気と批評家の評判は高いという現状。
万人におすすめはしません。
前作を見た人ならわかると思いますが、アクション少なめ作品です。
ですがSFファンを公言する人なら、一度は見ても損はないし、自分のように波長の合う人もいるでしょう。
だってこの映画で主人公が空を駆けるスピナー、めっちゃかっこいい。
そしてデッカード役ハリソン・フォードの持つブラスター、なんと日本の留之助商店が作った超高精度なレプリカなのだ。
欲しいよね、留之助ブラスター。
デッカードの持つ、今風のレール付きのブラスターもまた佳きですよ。
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