殺し屋のプロット : 映画評論・批評
2025年12月2日更新
2025年12月5日よりkino cinema新宿ほかにてロードショー
失われていく記憶の中で実行される“完全犯罪の世界”でレジェンド俳優初共演
ティム・バートン監督と組んだ「ビートルジュース」や「バットマン」をはじめ、クエンティン・タランティーノ監督の「ジャッキー・ブラウン」、さらに「カーズ」や「トイ・ストーリー3」ではボイスキャストとして、その独特な存在感でハリウッド映画の第一線で活躍し、「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」では、ゴールデングローブ賞映画部門の主演男優賞(コメディ/ミュージカル)を受賞するなど、俳優として高く評価されてきたマイケル・キートン。本作は彼のキャリアの集大成として、監督・主演・製作を務めた犯罪ノワールである。
ロサンゼルスの街を舞台に、記憶を失いつつある老ヒットマンが完全犯罪に挑む姿を描く。キートン自身が老ヒットマンのジョン・ノックスを演じている。哲学書を愛読し、犯罪にも独自の美学を貫いてきたが、記憶を数週間で急速に失う病に侵されるという運命を突き付けられたノックスの悲哀を、キートン独特の情感の滲み出る眼差しや仕草で観る者の心に深く染み渡らせる。

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しかも本作には、すでに伝説の俳優となっているアル・パチーノがキートンと初共演しているというだけでも、映画ファンにとって必見の作品と言える。除隊したノックスを殺し屋にスカウトし、彼の“最期の仕事”に協力するゼイヴィアを、傑作「ゴッドファーザー」シリーズなどでアカデミー賞に9度ノミネートされ、「セント・オブ・ウーマン 夢の香り」で同賞を受賞したパチーノが演じている。ノックスとの長い関係の歴史と去りゆく友への想いを、その佇まいや息遣い、目の表情だけで表現し、パチーノが画面に登場しただけで、裏の世界で生きてきた2人の関係性に緊張感と説得力を与える。
他にもノックスの元妻に「ポロック 2人だけのアトリエ」でアカデミー賞を受賞したマーシャ・ゲイ・ハーデン、疎遠になっていたノックスの息子に「X-MEN」シリーズのジェームズ・マースデン、ノックスと長年ひと時を過ごしてきた売春婦に「COLD WAR あの歌、2つの心」のヨアンナ・クーリクらがキャスティングされており、俳優監督らしい配役で物語の陰影を深める。
だが本作は、そんな彼らの演技をじっくりと堪能できる作品とともに、実は映像表現にも独特なこだわりを見せている。まるで記憶を失っていくノックスの状況を見る者にも追体験させるかのように、カメラのフレームは瞼を閉じるようにフェードアウトしたり、シーンやカットが飛んだりする。そうしているうちに、今見ているのは劇中の現実なのか、ノックスの記憶や頭の中で曖昧になっていく世界なのかわからなくなってくるという仕掛けだ。記憶を失う直前の、明晰な頭脳と膨大な知識を駆使して計画したノックスの“完全犯罪”は果たして完遂するのか、最後まで目が離せない。
(和田隆)


