コラム:下から目線のハリウッド - 第8回
2021年4月30日更新
アクションでカラダを張るだけじゃない!? 「スタント」の現場から意外なキャリパス!
「沈黙 サイレンス」「ゴースト・イン・ザ・シェル」などハリウッド映画の制作に一番下っ端からたずさわった映画プロデューサー・三谷匠衡と、「ライトな映画好き」オトバンク代表取締役の久保田裕也が、ハリウッドを中心とした映画業界の裏側を、「下から目線」で語り尽くすPodcast番組「下から目線のハリウッド ~映画業界の舞台ウラ全部話します~」の内容からピックアップします。
今回のテーマは、「るろうに剣心 最終章 The Final」でも注目されたアクションシーンの要ともいえる「スタント」の世界と、ハリウッドでトレンドになりつつある意外なキャリアパスについて語ります!
久保田:今回は番組リスナーさんからのリクエストで「スタント」について話そうということで。
三谷:最近は、邦画でも「るろうに剣心」のアクションがすごいって話題だったりしますしね。「スタント」の世界はかなり面白いですよ。
三谷:なかなかスポットが当たらない世界ではあるんですけど、まずは「一般的にイメージされるスタント」を聞きたいんですが。久保田さんはどんなイメージです?
久保田:めちゃめちゃ運動神経いい人。で、現場ではアクションシーンの撮影になると出てくるワンポイントリリーフみたいな。
三谷:アクションシーンだけに登場する感じですね。
久保田:そうそう。本番でバッチリ決めて、それを見ていた俳優さんとかが「すっげぇーっ! スタントやべぇ!」みたいな。で、終わったら「はい、スタントさんオールアップです。お疲れ様でした~」って見送られて、次の現場に行く感じ。
三谷:そうですね。たぶんそれが一般的にイメージする「スタント」ですよね。
久保田:そうじゃないの?
三谷:まず、スタントってけっこう撮影の最初から最後までいるんですよ。
久保田:そんなに意識高いスタントさんいる!? 入り時間早くて、ずっとストレッチしてるのに「あなたの出番は明後日なんですけど…」みたいにならないんですか (笑)?
三谷:ちょっとニュアンスは違うんですが、それがいるんですよ。まず、映画には「スタント部門」というのがあって、「スタントコーディネーター」という、いわゆる映画全般のスタントシーンを司る人がいるんです。そのコーディネーターに付属するようにスタントマンが何人もいて、主要な俳優についている「スタントダブル」と呼ばれる人たちがいます。
久保田:「スタントダブル」っていうのは、俳優さんと顔も身体つきも瓜二つのスタントのことでしたよね。
三谷:そうです。で、そんなスタントの人たちはカメラが回っていないときに何をしているかっていうと、スタントシーンに向けて訓練をするんです。
久保田:訓練?
三谷:トレーニングや振付があったらその練習とかもありますが、メインのキャストを鍛える役割もあったりします。
久保田:全部が全部、スタントが代わりにアクションするわけじゃないんだ?
三谷:アクションの一部を本人がやることはけっこうあります。たとえば、最後に蹴りでとどめをさして決めポーズ、みたいなときは本人がやったりとか。そんなときは、身体の動かし方やアクションの手ほどきを、実際に訓練したりして教えたりします。
久保田:へぇ~。
三谷:その中で、これはさすがにリスクが高いと思われるシーンは、スタントダブルの人がやる感じですね。
三谷:私が製作にかかわった「ゴースト・イン・ザ・シェル」では、スカーレット・ヨハンソンが、一部訓練して本人がアクションをしてました。冒頭にガラス窓を割って、ビルの中に入るシーンがあるんですけど、あの一連のアクションは本人がやっている部分がけっこう多いです。
久保田:へ~! じゃあ、ガラスの破片をバーって浴びて。
三谷:そうです。ハーネスとか着けてやってました。飛び込むところは本人がやって、壁沿いに走って相手を倒すみたいなアクションは、顔は見えないように上から撮る形でスタントダブルが演じて、みたいな。本人とスタントダブル半々みたいな感じで進む撮影もあるので、その訓練にけっこう時間を使ったりしますね。
久保田:芝居はもちろんキャストがするけど、スタントダブルも、ほぼキャストさんって扱いなの?
三谷:基本的にはそうですね。
久保田:へ~。僕がイメージしたみたいな、無駄に意識高い感じで現場に早入りして、やたらと現場をウロウロして、撮影スタッフに「誰あの人?」みたいに思われる感じじゃないわけだ(笑)。
三谷:そういうのではないですが、そういうタイプの人は別にいます(笑)。
久保田:いるんだ (笑)!
三谷:それは、「ボディダブル」っていう人たちですね。
久保田:なにその「ボディダブル」って!?
三谷:照明やカメラ位置を確認するときに、わざわざキャスト本人を呼び出してカメラの前で立ってもらうのって面倒じゃないですか。なので、そのための要員として、たまたま見た目が似てて、身長とか体格とか髪型が近い人がいるんですが、それが「ボディダブル」という人たちです。つまり、スタント能力のない「そっくりさん」みたいな人たちです。
久保田:ライブとかで、ちょっと見た目が近いスタッフさんが、ステージ上に場ミリ(立ち位置の目印)をつけるために立つみたいなやつだ。
三谷:それです。各主要キャストさんごとにそのボディダブルがいて、似ているというだけで、拘束されて、ちゃんとお給料がもらえます。で、彼らはそれ以外の時間はすべて待機なので、撮影現場を自由にウロウロしたりスタッフとしゃべったりしてるんですね。
久保田:じゃあ、現場に行って不穏な動きしている人は、ボディダブルってことなんですね。
三谷:待機時間が長いという意味では、その可能性は高いですね(笑)。
三谷:スタントシーンやアクションシーンは、すべて「スタントコーディネーター」と呼ばれるアクション監督が、振り付けしたり流れを考えたりするんですけど、その延長でスタントコーディネーターがメインの撮影班ではないサブの撮影班の監督を任されることがあるんです。
久保田:サブの撮影班?
三谷:たとえば、メインのキャストが登場しない実景や風景の撮影とか、あるいは車がどこかの道を走ってます、みたいなショットとか。他にはアクションだけが展開するスタントだけでやるようなショットとか。そういうシーンを撮るチームを「セカンドユニット」「B班」と呼ぶんですね。そして、その撮影を司る能力があるということでスタントコーディネーターが任されることになったりするんですよ。
久保田:じゃあもう監督だ。
三谷:さらにこれは最近のトレンドとして熱いんですけど、そのスタントコーディネーターから、その映画の監督になっちゃうみたいな、そういうキャリアパスもあるんです。
久保田:そこまでできるんだから、せっかくだから本監督もやっちゃってください、みたいな?
三谷:そういうことです。アクション部分ができるっていうのは才能なんですね。
久保田:そうなんだ。
三谷:アクションの振付を考えるときに、スタントチームって自分たちで撮影して、自分たちで編集をして、あらかじめプレビュー的なものを製作したりするんですよ。
久保田:それはあれだ、殺陣の人たちが「こういうパフォーマンスをしています」みたいな映像で持っていたりする、そういうノリですよね。
三谷:そうそう。「今度のシーン54のアクションシーンはこんな感じでやろうと思っているんです」って言って、動画を監督に見せることがあるんですけど、そういうことをしていくうちに自然とフィルムメイキングが身についちゃうことがあるんです。
久保田:これは本監督の地位も危なくなりますね。
三谷:もちろん、その作品では本監督はいるんですが、「このスタンドコーディネーターは演出もできそうだし、次の作品で監督やってもらおうか」っていう流れでキャリアをスタートさせる人がいるんです。
久保田:実際にもうそういう人がいるの?
三谷:います。これから3人のスタント監督を紹介したいんですけれど、みんなカッコイイんですよ。
久保田:カッコイイんだ。
三谷:まず、2010年代に入ってから、すごいアツいスタント出身の映画監督がチャド・スタエルスキですね。「ウルヴァリン:X-MEN ZERO」や「ハンガー・ゲーム」とかでスタントコーディネーターをやっていました。
久保田:え、めちゃめちゃカッコイイじゃん!
三谷:そうなんですよ。この人「ジョン・ウィック」で監督としてデビュー(共同監督)しまして。で、そのシリーズが大ヒットして、シリーズ4作目が2022年頃に公開される予定です。やっぱりアクション映画をつくるとなったら、アクション出身の監督が全部を演出するのは意味を成すわけですよね。実際にアクションを見ると、他の映画よりひときわ輝いてますよね。
久保田:アクションの難易度が高いってこと?
三谷:難易度が高いし、高度な技術で撮っているし、かつとてもリアルな感じの、ちゃんと地に足がついたアクションなんですよね。で、次に同じタイミングで活躍していたのがデビッド・リーチです。
三谷:この人も、超イケメンなんですけれども、「アトミック・ブロンド」や「デッドプール2」、「ワイルド・スピード スーパーコンボ」とかの監督ですね。
久保田:おー、ワイルド系なイケメンだ…。
三谷:デビッド・リーチは、今、監督としても超ノリノリで、伊坂幸太郎の小説「マリアビートル」の映画版を監督したんですよ。この人もアクション出身でブラッド・ピットのスタンドダブルをやっていました。
久保田:ブラピのダブルでもあるんだ。すごいねMrリーチ(笑)。
三谷:で、3人目も超イケメンなんですけど。サム・ハーグレイブです。この人は、2019年にNetflixでもっとも視聴された映画「タイラーレイク 命の奪還」(9900万再生)の監督です。これもアクションシーンが特筆すべきくらい体張っていて素晴らしいものなので、ぜひぜひ観てほしいなって思いますね。
三谷:今はアクション映画って大きなテントポール映画(巨費を投じた看板作品)になったりしますが、その担い手がスタント出身の監督だという流れができているので、要チェックなんですね。
久保田:3人ともカッコイイけど、僕はサム・ハーグレイブだな。
三谷:やっぱりサムはカッコイイですよね。
久保田:「I am Sam アイ・アム・サム」だね。
三谷:どういう映画のレファレンスですか (笑)。
久保田:やっぱり、「下から目線のハリウッド」だから、映画偏差値の低いコメントを投げ込んでいかないと(笑)。
三谷:今、話題の「るろ剣」は、やっぱり佐藤健さんがすごいですよね。スタントも自分でやっているようなタイプの方なので。
久保田:実際見たことがありますけど、カッコよかったですよ。
三谷:へー! どんな感じでしたか。(モノマネっぽく)「…おぬし」みたいな感じでした?
久保田:普段から「おぬし」なんて言わないでしょ(笑)。ただ、変に気取ったりもしないし、すごく目がキレイで。しかも、うちの会社のことも知ってくれていて、「オトバンクさんの話、聴いてみたかったんです」みたいなこと言っていただいて。
三谷:うわー! そんなこと言われたらもう。
久保田:で、なおかつ芝居もちゃんと上手で。
三谷:プロ意識も高いと聞きますからね。
久保田:すごいよね。
三谷:なんか最後は、「佐藤健さんカッコイイ」みたいな話になっちゃいましたけど、アクション映画、スタント世界に、ぜひぜひ注目してもらえたらいいなって思います。
この回の音声はPodcastで配信中の『下から目線のハリウッド』(#41 アクションで体を張るだけが仕事じゃない!「スタント」の現場からキャリパスまでを解説!)でお聴きいただけます。
筆者紹介
三谷匠衡(みたに・かねひら)。映画プロデューサー。1988年ウィーン生まれ。東京大学文学部卒業後、ハリウッドに渡り、ジョージ・ルーカスらを輩出した南カリフォルニア大学の大学院映画学部にてMFA(Master of Fine Arts:美術学修士)を取得。遠藤周作の小説をマーティン・スコセッシ監督が映画化した「沈黙 サイレンス」。日本のマンガ「攻殻機動隊」を原作とし、スカーレット・ヨハンソンやビートたけしらが出演した「ゴースト・イン・ザ・シェル」など、ハリウッド映画の製作クルーを経て、現在は日本原作のハリウッド映画化事業に取り組んでいる。また、最新映画や映画業界を“ビジネス視点”で語るPodcast番組「下から目線のハリウッド」を定期配信中。
Twitter:@shitahari