コラム:下から目線のハリウッド - 第52回
2025年5月30日更新

38歳の若さで巨匠監督の仲間入り?いまもっともアツい、ライアン・クーグラー監督の魅力を語ります!
「沈黙 サイレンス」「ゴースト・イン・ザ・シェル」などハリウッド映画の制作に一番下っ端からたずさわった映画プロデューサー・三谷匠衡と、「ライトな映画好き」オトバンク代表取締役の久保田裕也が、ハリウッドを中心とした映画業界の裏側を、「下から目線」で語り尽くすPodcast番組「下から目線のハリウッド ~映画業界の舞台ウラ全部話します~」の内容からピックアップします。
今回は、巨匠監督の仲間入り目前のライアン・クーグラー監督について解説していきます!
三谷:日本の公開はまだですが、ライアン・クーグラー監督のホラー映画「罪人たち」(日本公開は6月20日)が、全米で公開初週1位にランクイン。映画批評サイト、ロッテントマトでも話題になっています。
久保田:僕、ライアン・クーグラー作品はほとんど観ています。
三谷:そうだったんですね!そして「罪人たち」は、ライアン・クーグラーが、クリストファー・ノーランやドゥニ・ビルヌーブといった巨匠監督の仲間入りをする作品になるのではないかと思っています。

Photo by Alberto E. Rodriguez/Getty Images for Disney
久保田:え?そうなの?
三谷:なぜそう言えるのか、長編作品デビューからの変遷を振り返りつつ、説明できればと思います。
久保田:よろしくお願いします。
三谷:彼のデビュー作品である2013年公開「フルートベール駅で」が、サンダンス映画祭で、審査員大賞と観客賞をダブル受賞。ロッテントマトでは、高評価94%というデビュー作にして異例の記録を出しました。さらに制作費90万ドルに対し、世界興行収入が1700万ドルと、儲け的にもすごいスタートを切っているんです。

(C)2013 OG Project, LLC. All Rights Reserved.
久保田:すごいね。
三谷:この衝撃のデビューを受けて、評価されたライアン・クーグラーが次に監督した作品が、2015年公開「ロッキー」シリーズのスピンオフ作品「クリード チャンプを継ぐ男」です。

(C)2015 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. AND WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.
久保田:「クリード チャンプを継ぐ男」もちろん観ました。めちゃくちゃよかったよ。
三谷:この作品も、制作費3500万ドルに対して、世界興行収入は1億7400万ドルを記録。監督した作品が2本連続で成功を収めているので、中規模作品でも映画監督としての才能がハリウッドに認知されていきました。
久保田:なるほど。
三谷:そこにマーベルが目をつけて、ライアン・クーグラーを監督に起用。そこで作られたのが、2018年公開「ブラックパンサー」です。この作品が、まさに場外ホームラン級の大記録を打ち立てます。

(C)Marvel Studios 2017
久保田:「ブラックパンサー」は何がすごいの?
三谷:よくぞ聞いてくださいました。これまでのハリウッド映画業界には「黒人キャストの映画は海外で売れない」という根強い神話が存在し、有色人種が主演を務める機会は限られていたんですね。
久保田:なるほど。
三谷:そういった中で、「ブラックパンサー」は、従来のマーベル作品において少数であった黒人系のスーパーヒーローを、オール黒人キャスト・オールアフリカ系キャストで描いた初の大型映画であり、大成功を収めました。
久保田:そういうインパクトがあったんだ。
三谷:そうなんです。しかも、アカデミー作品賞にノミネートされたスーパーヒーロー映画でもあり、マーベル・シネマティック・ユニバースの作品として、3部門受賞した初めての作品でもありました。そして、その次に監督した2022年公開「ブラックパンサー ワカンダ・フォーエバー」も大ヒットを記録します。
久保田:もう何を監督させても大成功だな。
三谷:大ヒットを連発した監督は、何でも作っていい「権利」を得ました。そこで次に監督したのが、ずっと温めていた「罪人たち」です。

(C)2025 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved. IMAX(R) is a registered trademark of IMAX Corporation. Dolby Cinema(R) is a registered trademark of Dolby Laboratories
久保田:絵にかいたような出世だな。
三谷:その通りです。これはちょうど、「ダークナイト」をはじめとするバットマンシリーズが大ヒットした後に、本当に作りたかった作品「インセプション」を監督して大ヒットした巨匠監督の一人のクリストファー・ノーランと重なります。

(C)2017 Warner Bros. All Rights Reserved.
久保田:すごいね。「インセプション」は、20代の頃のもっとも好きな映画でした。
三谷:なので「罪人たち」が、ライアン・クーグラーが巨匠監督の仲間入りになる作品になる可能性があるということなのです。
久保田:初週の「罪人たち」は興行収入的にはどうなの?
三谷:制作予算9000万ドルに対して、北米だけで4800万ドルです。今後、全世界の興行収入を含めて、最終的にはどういう着地をするか見ものですね。マーベル作品やロッキーシリーズでもない、完全オリジナル作品なので、もし全世界で大ヒットを記録すれば巨匠監督の領域に入ります。
久保田:なるほど。実際に、評価はどうなんですか?
三谷:公開2日前の出口調査「シネマスコア」では、ホラー映画としては異例の「A」評価を獲得しています。
久保田:ホラー映画でA評価は初めて?
三谷:初めてですね。
久保田:すごすぎる。ホラー映画ってそこまで大衆に受けるものでもないのにね。
三谷:そうなんですよ。ホラーってジャンルの時点で「私はちょっと…」となる人は結構いるじゃないですか。
久保田:僕もそうです。
三谷:そもそもホラー市場の規模って、結構小さいんです。小さいからこそ、低予算でもある程度成立するのですが、その中で、この作品はホラーというジャンルにも関わらず、9000万ドルも制作費をかけていますからね。いい意味で、狂気の沙汰ですね。本当にすごいです。
久保田:でもこれだけ高い評価を得ているということは、単なるホラー映画ではないってことなんでしょうね。こうなったらさ、成功してもしなくても、メジャー作品のオファーもすごく来るんじゃない?制作費をいくらかけて作ってもいいですよ、みたいな。
三谷:あるかもしれないですね。もう何をしても許される監督の1人になりつつあるっていうことですよね。
久保田:これからに期待ですね。
三谷:そして「罪人たち」の配給権を巡っては、ソニー、ワーナー、ユニバーサルが競合。最終的にワーナーが獲得しましたが、監督に興行収入の一定割合を配分する異例の契約が結ばれたようです。日本の漫画業界でいうところの、売り上げの10%が漫画家への印税として入ってきますよみたいなことです。
久保田:それは、その製作費を抜いた後ってこと?
三谷:抜く前なんだそうです。
久保田:そういう契約ってなかなか今ないですよね。
三谷:さらにすごいのは「映画自体の著作権が25年後にすべてライアン・クーグラーに戻る」という契約をしてるんですよ。
久保田:彼は今38歳なので、権利が返ってくるころは63歳ですね。
三谷:そうですね。その後のライアン・クーグラーがどのように映画を公開しようが何しようが、それに対する売り上げがすべて、彼のものになる。
久保田:なんでそんな契約が実現できちゃったの?それは彼が権利を欲しいと希望したから?
三谷:そういう条件を引き出せるぐらい交渉力が、彼にあるんでしょうね。
久保田:すごいね。もう無敵だな。
三谷:しかも、まだ38歳ですよ?これから50年のキャリアを歩むとすれば、今後どんな作品が生まれるのか本当に楽しみです。
この回の音声はPodcastで配信中の『下から目線のハリウッド』(いまハリウッドで一番アツいライアン・クーグラー監督を紹介します[映画人解説シリーズVol.6][S11-#20])でお聴きいただけます。
筆者紹介

三谷匠衡(みたに・かねひら)。映画プロデューサー。1988年ウィーン生まれ。東京大学文学部卒業後、ハリウッドに渡り、ジョージ・ルーカスらを輩出した南カリフォルニア大学の大学院映画学部にてMFA(Master of Fine Arts:美術学修士)を取得。遠藤周作の小説をマーティン・スコセッシ監督が映画化した「沈黙 サイレンス」。日本のマンガ「攻殻機動隊」を原作とし、スカーレット・ヨハンソンやビートたけしらが出演した「ゴースト・イン・ザ・シェル」など、ハリウッド映画の製作クルーを経て、現在は日本原作のハリウッド映画化事業に取り組んでいる。また、最新映画や映画業界を“ビジネス視点”で語るPodcast番組「下から目線のハリウッド」を定期配信中。
Twitter:@shitahari