コラム:下から目線のハリウッド - 第39回
2024年1月12日更新
未来のスターはこの人が見つける!「キャスティングディレクター」の世界
「沈黙 サイレンス」「ゴースト・イン・ザ・シェル」などハリウッド映画の制作に一番下っ端からたずさわった映画プロデューサー・三谷匠衡と、「ライトな映画好き」オトバンク代表取締役の久保田裕也が、ハリウッドを中心とした映画業界の裏側を、「下から目線」で語り尽くすPodcast番組「下から目線のハリウッド ~映画業界の舞台ウラ全部話します~」の内容からピックアップします。
今回のテーマは、映画に出演する俳優や、新人俳優の発掘をする「キャスティングディレクター」について語ります!
三谷:今回は、「キャスティングディレクター」という仕事があるんですよ、というお話です。映画やドラマ、CMなどの企画で、その作品に必要な俳優の候補を公募したり、オーディションを行ったりして探し出して見つけてくるのが、キャスティングディレクターの仕事なんですね。
久保田:ざっくりどんな流れで探してくるの?
三谷:具体的には映画とかテレビドラマにおける主要キャストですね。「喋る役柄」を持っているキャストの候補を見つけてきて、それを監督とかプロデューサーとかと一緒に話し合って、役柄のイメージに一番近い人を選んでいくというようなことになります。
久保田:なるほどね。
三谷:ここで大事なのは、キャストの中には「喋らない役柄」というのもあって、これは「エキストラ」という区別になるんですね。エキストラもキャスティングディレクターが決めることになると、大変な労力になってしまうので、「喋る役柄」「喋らない役柄」で分けられています。
久保田:なるほどね。キャスティングディレクターは、エキストラさんではないところのキャスティングを考えるわけだ。
三谷:そうです。キャスティングディレクターは、脚本を読んで作品の世界観を理解できないといけないですし、役者を選ぶために演技を見る目も持っていないといけない。場合によっては、次のスターを発掘してブレイクをもたらすような存在になるので、あまり表には出てきませんが、実はものすごく重要な役割なのです。
久保田:「人気があるみたいだから、この人にしよう!」みたいなノリではできない仕事ですよね。
三谷:「監督の仕事の半分以上はキャスティングにある」って言われたりするんですけど、どの役に誰を置くか次第で、ある意味、映画の出来が左右されてくるので。
久保田:それはそうだろうなぁ。有名な人だったとしても、有名な人なりに誰を選ぶのかっていうのは大変だよね。
三谷:逆に全く無名な人を抜擢するっていうのも大変ですよね。たとえば、最近の例でいえば「ワンダーウーマン」で主人公を演じたガル・ギャドットとか。ドラマ「クイーンズ・ギャンビット」に出てきた、アニヤ・テイラー=ジョイとか。あと、マーゴット・ロビーは「ウルフ・オブ・ウォールストリート」で映画の重要な役に抜てきされたわけですけれど、今ではハリウッドを代表する俳優さんですよね。
三谷:どんな俳優さんでも必ずキャリアのスタート地点があって、スターになった人も当然、最初はスターじゃないわけです。そのチャンスを与え得るという意味では、キャスティングディレクターの役目ってとても大きなものを背負っていますよね。
久保田:映画そのものもそうだし、俳優さんの運命も決めていくってことだ。
三谷:そういうことです。じゃあ、「どういう形で映画に出る俳優は決まっていくんだ?」という話なんですが、基本的にはオーディションを開くのが一般的な進め方になります。
久保田:はいはい。それはイメージにあるね。
三谷:もちろん作品によっては、「この俳優に出てほしい」という、いわゆる「当て書き」という形で脚本を書いたりする人もいます。たとえば、ポール・トーマス・アンダーソンという監督がいて、その人が書いた「マグノリア」という映画があるんですけど、ご存じですか?
久保田:知りません!
三谷:はい(笑)。空からカエルが降ってくる映画なんですけれども。
久保田:嘘でしょ?
三谷:本当にそういうシーンがあるんですよ(笑)。その映画では、「この役はジュリアン・ムーアにやってもらいたい」とか、「トム・クルーズにやってもらいたい」みたいなことがあったみたいです。
久保田:そういう場合は、最初からオファーしちゃうものなの?
三谷:オファーしちゃう、というケースもあります。
久保田:オーディションやらないんだ。
三谷:そうですね。ただ、それはけっこうレアなケースです。当て書きをした人にオファーして、それで全部成立するパターンは、ほぼないと思います。なので、オファーしたい人がある程度決まっている場合は、第一候補から当たっていって、そこで決まらない場合は、第二、第三の候補にオファーしていくという形ですね。
久保田:でも、監督が「どうしてもこの人じゃなきゃやらない!」っていう場合はどうするの?
三谷:どうしても監督が「そこは譲れない」ということであれば、その俳優のスケジュールが空くところを狙って撮影を合わせていくということになりますね。
久保田:なるほど。
三谷:でも、基本的にはオーディションがあるもので、オーディションの告知をするWebサイトというものがあるんですね。アメリカだと「Breakdown Express」(https://breakdownexpress.com/index.cfm)というサイトがあるんですけれど。
久保田:みんなそれを見てるんだ?
三谷:そうですね。俳優さんならみんな知ってるサイトです。
久保田:俳優業界のindeedとかリクナビみたいな感じだ。
三谷:そうですね(笑)。そのサイトに行くと、「こういう作品をやる予定で、主役はこういう性格で、年齢や見た目はこんな感じで」みたいな情報が書いてあって、それに俳優さんが自分で応募をする、あるいは、エージェントやマネージャーの人が応募するという感じになります。
久保田:サイトに応募したら、次は書類選考的なことがあったりするのかな?
三谷:そうです。その応募からキャスティングディレクターのところに山ほど資料が届くわけです。俳優の資料というのは「ヘッドショット」という顔写真みたいなものが1つ。それと「レジュメ」と呼ばれる出演作の履歴や得意なこと――たとえば、乗馬が得意ですとか、何語が喋れますとか――が書かれたものがあります。まずはそれを見ていって、いいなと思った人をオーディションに呼ぶんですね。
久保田:じつは、審査する側でオーディションを何回か経験したことあるんですけど。
三谷:お。そうなんですね。
久保田:なんていうかゲシュタルト崩壊みたいな感じになっていくんですよね。たとえば、「今の16番の人は良かったな」って思っていても、100番くらいになってくると、「あれ、16番の人はなんで良かったんだっけ?」みたいな。
三谷:そういうときのために、オーディションの様子は録画されていて、もし振り返りたい人がいたらもう一度見るみたいなことをしますね。
久保田:なるほどね。あと、オーディションって100人とか200人になってくると、めちゃくちゃ時間がかかりますよね。
三谷:なので、場合によっては、部屋に入った瞬間に「はいありがとうございました」って終わることもあります。
久保田:それもあるんだ!?
三谷:ありますね。セリフを1行読んだだけで終わるとか。だから、2時間かけてスタジオにオーディションを受けに行って2分で帰ってくるみたいなこともあったりするわけです。
久保田:その現場で俳優さんがキレたりすることはないんですか?「おい、ちょっと待ってくれよ!」みたいな。
三谷:それでキレたら、「この人、キレる人なんだ」と評価されて次に呼ばれなくなるので、そういう形で終わってもみんなプロフェッショナルに振る舞うんですよね。
久保田:なるほどなぁ。
三谷:あと、オーディションはけっこうフィーリングの部分もあると思うんですよね。数秒でも何となく人柄がわかったり、勘みたいなものが働いたり、第一印象が意外に正確だったりして。
久保田:それはそうかもしれないね。
三谷:で、一通りオーディションをやるわけですが、選定のところは、キャスティングディレクター1人の仕事ではなくて、監督やプロデューサーと一緒に、「この役柄だとこういう見た目にしたくて」とか、「こういう演技ができる人が良くて」という感じの検討がされていきます。
久保田:キャスティングディレクターが一任されて、全部を決めるわけじゃないんだね。
三谷:そうですね。ただ、良い候補が出せないと、当然良い検討もできないので、候補をしっかりと洗い出すというところがキャスティングディレクターの仕事としては重要なポイントになるわけです。
久保田:キャスティングディレクターって、オーディションのとき以外は何をしてるの?
三谷:多くの場合は複数の案件が走っているので、他の作品のキャスティングの準備を行ったりするのですが、何も案件がない場合は、情報収集とか、新しい俳優を探している感じですかね。
久保田:でもさ、それって何気にすごくない?
三谷:何がですか?
久保田:だって、ある俳優さんが有名になったり世の中に出るようになったりしていたら、「この人にはこういう魅力がある」って言えるし、周りも「そうだよね」って思ってくれるじゃないですか。でも、全く無名の人の魅力を見抜くって、どういう目をしてるんだろうね。
三谷:いやー、どうなってるんでしょうね(笑)。でも、そういう先見の明を持って「この人はいける!」と見抜くことが、キャスティングディレクターの資質としてすごく重要な部分なんでしょうね。
久保田:ホントすごいことだよ、それって。
三谷:なので、キャスティングディレクターってという仕事は、そこまで世間に知られていないところもあるんですが、業界内ではもっと評価されるべき存在なんじゃないかと言われています。たとえば、アカデミー賞にはキャスティング賞っていうのはないんですよ。2013年に初めてアカデミー協会で「キャスティングディレクターを集めた部門」というのはできたんですが、それを表彰する賞はまだ設立されていない状況です。
久保田:あっても良さそうな気はするよね。ところで、キャスティングディレクターってどうやってなるものなの?
三谷:既にキャスティングディレクターをやっている人の下につくとか、制作会社のキャスティング部門みたいなところにインターンから入るとか。徒弟制的なステップが多いと思います。
久保田:なるほど。
三谷:最初から天才的に人の魅力を見抜く感性を持っている人もいると思いますが、やっぱり場数を踏んで感性を養っていくことが大事になってきますよね。そんなわけで、一通りキャスティングディレクターについて話してきましたけれど、「じゃあ、どんな人が有名なキャスティングディレクターなのか」ということを話してみたいなと。
久保田:どの業界でもトップランナーの人はいるもんね。
三谷:ただ、おそらく皆さん1回も聞いたことがない名前ばかりだと思います(笑)。
久保田:いってみようか。
三谷:まずは、ニナ・ゴールドさんというキャスティングディレクターの方がいます。この人は、HBOのテレビドラマシリーズ「ゲーム・オブ・スローンズ」や「スター・ウォーズ」続三部作のキャスティングディレクターとして入っています。
久保田:キャスティングディレクターと言えば、まずニナ・ゴールドみたいな感じ?
三谷:業界的には、「ニナ・ゴールドがキャスティングディレクターをやっている」って言ったら、その企画はすごい企画なんだ、と思われるくらいブランドがあったりします。
久保田:それはすごいね。
三谷:あとは、ローラ・ケネディという人がいます。この人は「ワンダーウーマン」のキャスティングディレクターで、それこそ、ガル・ギャドットを発掘した人ですね。他にも「アルゴ」や「クラウドアトラス」といった映画のキャスティングもしています。あとは、チラッとご一緒させていただいたことがあるキャスティングディレクターの方がいまして。
久保田:へー!
三谷:エレン・ルイスという人で、マーティン・スコセッシ監督の作品のキャスティングは、大体、このエレンさんが請け負っていて、監督から全幅の信頼を寄せられている人ですね。この人は、マーゴット・ロビーを発掘したりもしていて、素晴らしい実績を残されています。
久保田:監督ごとに、「キャスティングディレクターはこの人で」みたいなことってあるの?
三谷:それで言うと、たとえばクエンティン・タランティーノ作品だと、ヴィクトリア・トマスという人がいたり、マーベル作品だと、サラ・ハリー・フィンという人がいたりします。
久保田:へえ~。
三谷:というわけで、名前を知っている方はいましたか?
久保田:ごめんなさい、いなかったです。
三谷:そうだと思います(笑)。さっきも言いましたけれど、そこまで世間に知られていないお仕事だったりするので。ただ、実際にすごい仕事なので、ちょっとその世界を覗いてみたいという人は、「キャスティングディレクター ハリウッドの顔を変えた女性」というドキュメンタリー映画があるので、観ていただければいいなと思います。
この回の音声はPodcastで配信中の『下から目線のハリウッド』(#106 未来のスターはこの人が見つける!「キャスティングディレクター」の世界)でお聴きいただけます。
筆者紹介
三谷匠衡(みたに・かねひら)。映画プロデューサー。1988年ウィーン生まれ。東京大学文学部卒業後、ハリウッドに渡り、ジョージ・ルーカスらを輩出した南カリフォルニア大学の大学院映画学部にてMFA(Master of Fine Arts:美術学修士)を取得。遠藤周作の小説をマーティン・スコセッシ監督が映画化した「沈黙 サイレンス」。日本のマンガ「攻殻機動隊」を原作とし、スカーレット・ヨハンソンやビートたけしらが出演した「ゴースト・イン・ザ・シェル」など、ハリウッド映画の製作クルーを経て、現在は日本原作のハリウッド映画化事業に取り組んでいる。また、最新映画や映画業界を“ビジネス視点”で語るPodcast番組「下から目線のハリウッド」を定期配信中。
Twitter:@shitahari