コラム:下から目線のハリウッド - 第38回
2023年12月15日更新
巨匠監督に学ぶ!映画監督になる方法
「沈黙 サイレンス」「ゴースト・イン・ザ・シェル」などハリウッド映画の制作に一番下っ端からたずさわった映画プロデューサー・三谷匠衡と、「ライトな映画好き」オトバンク代表取締役の久保田裕也が、ハリウッドを中心とした映画業界の裏側を、「下から目線」で語り尽くすPodcast番組「下から目線のハリウッド ~映画業界の舞台ウラ全部話します~」の内容からピックアップします。
今回のテーマは、「紳士協定」や「波止場」など数々の名作を生みだした監督、故エリア・カザン(Elia Kazan)の講義録「Elia Kazan on What Makes a Director」から、映画監督になるために必要な知識や教養について語ります!
三谷:ときどき、SNSのDMとかで「映画を作りたいんですけど、どうしたらいいですか」みたいな相談をされることがありまして。
久保田:俺のとこには営業のDMしか来ないけど。
三谷:そういうのもありますけど(笑)。やっぱり「映画監督になりたい」という人は多くいらっしゃって、それ自体はすごく嬉しいし、素晴らしいことだと思うんですけれど、「映画監督ってどうやってなるの?」という話ってよくわからないというか、気づいたらそういう風になっているケースが多いんですよね。
久保田: 資格とかとってやる仕事でもないもんね。
三谷:そうなんです。言ってしまえば名乗ることは誰にでもできるわけですけど、やっぱり中身が伴っていないとどうにもならないことは確かなので。
久保田:そうね。
三谷:で、これに関して非常に素晴らしいアドバイスを残している人がいるので、その内容について触れていきたいなと。
久保田:どなたのアドバイスですか?
三谷:エリア・カザン(Elia Kazan)という人で、「紳士協定」や「波止場」という作品でアカデミー賞も獲った監督です。他にも「エデンの東」や「欲望という名の電車」も彼の作品ですね。
久保田:すごい監督だ。
三谷:そのエリア・カザン監督が、ある大学で行った講義録で「Elia Kazan on What Makes a Director」というものがあるので、それをもとに、巨匠から学ぶ映画監督になる方法というテーマでお話したいなと思います。
久保田:さっき紹介した作品ってかなり古いですよね? 監督はもう亡くなってる?
三谷:2003年にお亡くなりになっています。なので、講義録自体もけっこう古くて、1973年ぐらいのものなんですよ。
久保田:50年前だ。
三谷:そうなんです。ただ、50年前のアドバイスなんですけれど今も通じる普遍性があると思うので、知っておいて損はないと思います。
久保田:場合によっては、「自分は向いてないな」って思うことも。
三谷:あると思います。で、この講義で挙げている要素が、ざっと数えると30項目くらいあります。
久保田: 多いな(笑)。
三谷:なので、その中からいくつかをご紹介という形にはなりますが、まずは「文学」。つまり、本を読みましょう、ということですね。
久保田:これはそうだよね。
三谷:これは、「流行りの小説を読みましょう」とかではなくて。たとえば演劇の文学――シェイクスピアとか古代のギリシャの悲劇や喜劇とか、連綿と続く表現の歴史としての文学みたいなところは大事だよね、という話があります。
久保田:いきなり深い。
三谷:文学を読む意味としては、話の組み立てや構成といった技術的な側面もあって、それはたとえば、遡っていくとアリストテレスの「詩学」とかにも触れているんですよね。
久保田:文学って言ってるけど、もっと広い意味で「教養」だね。
三谷:一言で突き詰めてしまえば「教養」になっちゃうんですけど(笑)。
久保田:普通、「文学」って言ってアリストテレスを読むっていう発想にはいかないじゃない。でも、実際、作り手の人と話をしたりすると、そういうところにいくよね。
三谷:ありますよね。
久保田:だから、「この小説家の作品を全部読んでます!」みたいなことではないんだよね。
三谷:もちろんそれもいいんですけど、たとえば、ある作家さんの作品を読んで、「この人はどういう影響を受けているんだろう」という疑問を持ったりして、自分で考えて調べていった先に、古代ギリシャの勉強してみようかなみたいな。
久保田:そうそう。そういうのがたくさん出てきて、いろんな知識や思索が繋がっていくのってあるよね。
三谷:昔、松尾芭蕉は、「古人の跡を求めず 古人の求めたるを求めよ」という言葉を残しているんですけど、まさにそういうことだと思うんですよね。好きな脚本家がいたとして、それを模倣するんじゃなくて、その人がどういう本を読んだのか、どういう影響を受けたのかというところを芋づる式にたどっていくことで、自分自身の表現もより深いところに行けるのかなって。
久保田:まさかのエリア・カザンと松尾芭蕉が繋がったね。
三谷:そうですね(笑)。そういう「文学」の話がまずありまして、それと隣接することでもあるんですけど、「映画はサブテキストが大事」ということも言っています。
久保田:サブテキストって言うのは「行間」みたいなことだ。
三谷:文字にならない部分で何が表現されているのかをきちんと理解して、自在に操らなきゃいけないよねっていう話ですね。
久保田:映画も脚本があって、当然文字で書かれているわけだけど、そこには文字にならない何かがあったりするわけだ。
三谷:それをどう汲み取って、且つ、映像と音での表現にしていくかが大事だよね、ということですね。
久保田:なるほどなー。
三谷:で、そのひとつの結実した形として「コメディー」を知る必要があると。ストーリーテリングとして、どんな順序で物事を語るかによって最終的な「笑い」という結果に繋がるかどうかが決まるわけですけれど、そこが一番シビアなのがコメディですからね。なので、コメディの歴史や表現技法についても知っておきましょう、といったことも語られています。
久保田:コメディとかお笑いって、組み立てとか間とかを外すと一気に面白くなくなるもんね。
三谷:そういうことです。で、脚本とは違う部分の話としては、「舞台芸術」の話もあります。たとえば、演劇だったり、オペラ、ミュージカル、マジック、絵画彫刻、踊り、音楽、舞台美術って、もう全部学んでいきましょうって言ってます。
久保田:もう映画監督になるのやめよう。多すぎる(笑)。
三谷:それぞれについて、どこまで深くいくかっていうことまでは書いてないですけれど(笑)。
久保田:でも、カザン監督はかなり深くまでいったんだろうね。
三谷:ですね。でも、そうなろうと思って逆算的にやったわけではないとは思いますけれど。
久保田:好きでしょうがないから、結果的にどんどん深くまで知っていったんだろうね。だから、そういう探究心というか興味や関心を持つことが、ひとつの素養というか才能というか。
三谷:そうですね。さらに続けて言っているのが「衣装」。衣装による意図や表現について理解していきましょうとか。あとは、「ライティング」。どういうふうに照明を当てると、美しいのか美しくないのかとか、「色」が与える心理的な効果とか。
久保田:このあたりは映像的な話だ。
三谷:それらを実際に表現する道具である「カメラ」や「音声」について――当時の音声はテープレコーダーでしたけれど、今でいうオーディオレコーダーにも精通していなくちゃ駄目ですよ、と言っています。カメラだったら、レンズ、フィルターもそうだし、どういう機材をつかえば、どういうカメラの動きができるのか。音声に関しては、「テープレコーダーは常に持ち歩きなさい」みたいな(笑)。
久保田:カザン監督はガチですね。
三谷:でも、それで終わらないんですよ。ここまでの話って「表現」というものの範疇にあるから、理解できると思うんですけど、ちょっと超越していくというか。たとえば、「天気とか気候についてもよく知っておきなさい」みたいな。
久保田:諸葛亮孔明みたいな
三谷:そうですね(笑)。他には「都市」についてですね、いろんな街があって、どういう街がどういう性格を帯びていて、その中で自分の好きな街を見つけていきましょう、とか。
久保田:いよいよ話が大きくなってきたね。
三谷:あとは「地理」を理解しましょうとか。あとは「エロティックアーツ」も大事だと仰ってます。
久保田:それは精通してますね。
三谷:精通してますか(笑)。
久保田:健全な男子ですから。
三谷:素晴らしい(笑)。そういったポルノグラフィについても決して軽んじることなく、表現として見るのも一つの在り方だというわけですね。男女の愛の営みがどういうものなのかということは、できれば経験から学ぶのが良いと言っています。
久保田:まあ、人間の根源的な部分の話だったりもするしね。
三谷:結局、人生の全てが糧になるということだと思うんですよね。学びっていうのは学校で授業を受けて終わるわけじゃなくて、もうずっと全部が勉強なんだ、みたいなことを言ってるんですね。
久保田:すごいね。
三谷:最初のほうで久保田さんも、「一言で言うと教養」って仰ってましたけど、その「教養」をかなり具体的に列挙しているという点ではすごく意味があるものだと思います。
久保田:そのカザン監督が言っていることを全部、「映画監督になりたいんですけど」って相談してきた人に話したら「わかりました、やめます」ってなりそうだよね(笑)。
三谷:でも、そこがフィルターになるのかもしれないですね。そこで、「よっしゃ俺もエロティック・アーツを学ぼう」ってだけになられても困りますけど(笑)。
久保田:それはカザン監督に言われなくても学ぶし(笑)。
三谷:そうですね(笑)。ここまではエリア・カザン監督の講義録からのお話だったんですけど、別の人のお話も少しできれば。
久保田:ほうほう。
三谷:2人目はアイラ・グラス(Ira Glass)というわりと有名なアメリカのラジオパーソナリティの方なんですけれど、グラスさんは「ギャップがあるよ」という話をしているんですね。
久保田:何と何のギャップですか?
久保田:このグラスさんの面白いところは、「興味を持って何かしたいって思うということは、その物事に対するセンスはもう既にあるんだ」ということを言ってるんです。でも、最初のうちは自分のセンスに見合うだけのものを作ることは、技術がそれに伴ってないからどうしてもできない。そこに大きなギャップがあって、そのギャップを埋める前に大体の人は辞めてしまうと。
久保田:うんうん。
三谷:それについては、結局、物量をこなすことで、技術的な欠陥や差分を埋めたり縮めたりすることで、初めてその自分のセンスに見合ったものを作ることができるようになる、と。
久保田:よっぽどの天才とかじゃない限り、そこが最初から上手くいく人なんていないからね。
三谷:さっき、カザン監督の話でカメラとか照明についても触れましたけど、それに関して、クエンティン・タランティーノ監督が、テリー・ギリアム監督から言われたアドバイスというのがあって。簡単に言えば「監督はビジョンを持っていれば大丈夫」ってことなんですけど。
久保田:タランティーノ監督は「キル・ビル」とかの人だ。
三谷:そうです。テリー・ギリアム監督は「未来世紀ブラジル」とかの人ですね。で、そのアドバイスというのが、「誰よりも明確にビジョンを持っていて、それを各分野の専門家やスタッフにしっかりと言葉で伝えることが監督の仕事なんだ」と。
久保田:監督が自分で照明を当てたり、カメラ回したりするわけじゃないし。
三谷:そういうことです。そこは各部門のプロに任せるわけですけど、そのときにビジョンを伝えて、あとは「こっちがいい」とか「あっちがいい」とかを判断するだけなんですよっていう。
久保田:なるほどね。
三谷:タランティーノ監督自身が未来の映画作家たちに向けたアドバイスもあって、「あなたが作っていないせいで、まだ世界が見たことのない映画というのが何かを考えて、それを作りなさい」って言っているんですけど、これもすごく刺さりますね。
久保田:難しいことを言うね~。でもちょっと思うのは、突き抜けていく人っていうのは、言われなくてもそういうことをやってる人なんじゃないかなって思うよね。
三谷:言われてでもやれれば、それはそれでいいんじゃないですかね。こういうアドバイスがきっかけで自分がやりたいことに目覚めて、結果的に突き進み始めることもあるでしょうから。
久保田:それはそうか。でも、学ぶ量がヤバイじゃん。
三谷:特にカザン監督が列挙している量はやばいですね。他にも細かいことを言うと鉱物とか動物とか植物とかの話もしてますからね。
久保田:大変だよ、それは…。
三谷:でも、これってけっこう学校の勉強とオーバーラップする気もしませんか?
久保田:あー、それはそうかもね。
三谷:だから、もし学生の方だったら、学校の勉強もしつつ、「これも全部映画監督になるための肥やしなんだ」と思って、日々精進していただければ嬉しいなっていう感じでございます。
この回の音声はPodcastで配信中の『下から目線のハリウッド』(#133 巨匠監督に学ぶ!映画監督になる方法)でお聴きいただけます。
筆者紹介
三谷匠衡(みたに・かねひら)。映画プロデューサー。1988年ウィーン生まれ。東京大学文学部卒業後、ハリウッドに渡り、ジョージ・ルーカスらを輩出した南カリフォルニア大学の大学院映画学部にてMFA(Master of Fine Arts:美術学修士)を取得。遠藤周作の小説をマーティン・スコセッシ監督が映画化した「沈黙 サイレンス」。日本のマンガ「攻殻機動隊」を原作とし、スカーレット・ヨハンソンやビートたけしらが出演した「ゴースト・イン・ザ・シェル」など、ハリウッド映画の製作クルーを経て、現在は日本原作のハリウッド映画化事業に取り組んでいる。また、最新映画や映画業界を“ビジネス視点”で語るPodcast番組「下から目線のハリウッド」を定期配信中。
Twitter:@shitahari