コラム:下から目線のハリウッド - 第35回
2022年7月8日更新
「いい脚本」ってどんなホン? ハリウッドスタイルの脚本を解説!
「沈黙 サイレンス」「ゴースト・イン・ザ・シェル」などハリウッド映画の制作に一番下っ端からたずさわった映画プロデューサー・三谷匠衡と、「ライトな映画好き」オトバンク代表取締役の久保田裕也が、ハリウッドを中心とした映画業界の裏側を、「下から目線」で語り尽くすPodcast番組「下から目線のハリウッド ~映画業界の舞台ウラ全部話します~」の内容からピックアップします。
今回のテーマは、ハリウッド流の脚本について。フィルムスクールでの脚本の授業から、ハリウッドならではの脚本制作スタイル、さらに「上手な脚本とはどんな脚本なのか」を語ります!
三谷:今回は、ハリウッド流の脚本について、というテーマでいきたいと思います。
久保田:おー、脚本。三谷氏は脚本を書けるんですか?
三谷:フィルムスクール時代に、一応、脚本の書き方は教わりましたし、書いたこともあります。なので、書くことはできますけど、それが素晴らしい作品かどうかはまた別の話ですね(笑)。
久保田:スクールでそういう授業があるんだ。どういう内容なんですか?
三谷:だいたい一学期に一つくらい脚本の授業がありまして。1年目の最初の授業は「脚本分析」でした。
久保田:ほー、分析。
三谷:これは、脚本を書くというより、たくさんの脚本を読んで、アメリカ流の物語の作り方はどのような形式で、さらに、「この脚本をより効果的にするにはどうしたらいいでしょう?」といった話がされたりします。そこで、テキストとして使われるのが「スター・ウォーズ」の初稿なんですね。
久保田:え、「スター・ウォーズ」の初稿が読めるの!?
三谷:そうなんです。でも、じつは初稿ってけっこうハチャメチャなんですよ。「スター・ウォーズ」エピソード4のキレイにまとまった感じでは全然なくて、キャラクターも必要以上に多いし、ページ数もめちゃくちゃあるし、話の展開も複雑だったりして。
久保田:へ~!僕たちが知っている、あの「スター・ウォーズ」になる前の話だ。でも、初稿が手に入るんですね。
三谷:そこはやっぱりあれですね。ジョージ・ルーカス先輩は、USC(南カリフォルニア大学)の出身なので、教育目的で使ってね、みたいな。
久保田:そうなんだ!すごい!
三谷:ちなみに、USCでは「ジョージ・ルーカス・ビルディング」という建物で授業を受けるんですよ。で、その向かいにあるのが、「スティーブン・スピルバーグ・ビルディング」なんですけれど、スピルバーグは別に卒業生ではないんです(笑)。
久保田:なんでスピルバーグさんのビルがあるの?
三谷:スピルバーグは、カリフォルニア州立大学ロングビーチ校っていうところに行っていたのでUSCの卒業生ではないんですけれど、寄付をしてくれたおかげでその名前がついたんです。もっと言えば、スピルバーグもUSCを受けたんですが、落ちちゃったらしいんです。
久保田:へえー。
三谷:ちょっと横道に逸れましたけど、そんな感じで、ジョージ・ルーカス棟で、ジョージ・ルーカスが書いた「スター・ウォーズ」の脚本初稿を読む授業があるんです。その授業は、結局、「この元の状態の脚本を、ああいう映画にしていくのがあなたたちの仕事なんですよ」ということを教わるわけなんですね。実際、私もそれを聞いて「ハッ!」っとさせられました。
久保田:なるほど。初稿の「スター・ウォーズ」は、たとえばどんなところが違うの?
三谷:もう10年以上前のことなので記憶がちょっとおぼろげですけれど、ダースベイダーは特にすごく違ったのは覚えてます。もっと複雑な感じで書かれていて。
久保田:じゃあ、映画になる段階でわかりやすくなったんだ。
三谷:だいぶわかりやすくなりましたね。あと他の授業では、いわゆる名作映画を観て、その脚本も読んで、脚本から映画になったときの「どこがどう変わったのか」を見つけ出して、どうしてそうなったのかを考えるとか。そういったことをやりましたね。
久保田:間違い探しみたいだ(笑)。どんな映画が授業の題材になるの?
三谷:「エレファント・マン」とか「ゴッドファーザー」とか「トイ・ストーリー2」とか。それで「本当に王道のハリウッドのストーリーテリングはこういうものなんですよ」というのを一学期目に学んで、次は「脚本開発」という授業に入っていきます。
久保田:作る!
三谷:そう、作る!(笑)。この授業では、完成には至っていない段階の脚本が渡されて、それを読んで、「どういう風にこの脚本を改稿させますか?」ということを、実際に業界で行われるような形式でコメントを書いて訓練するみたいなことをします。
久保田:おー、実践的だ。これは三谷氏の感じた印象でいいんだけど、ハリウッドの脚本ってどんな特徴があるものなの?
三谷:アメリカの脚本スタイルというのは割と一定で決まっているんですよね。「JPOPだとこういうコード進行がよくあるよね」みたいな感じのやつで、良く知られているのが「三幕構成」というストーリーテリングの手法とか。あとは、ちょっと特徴的なのが、わりとキャラクターを重視して捉える部分ですかね。
久保田:キャラクター重視っていうのは、人物像ってこと?
三谷:そうですね。映画の中の登場人物が、物語の中のA地点からB地点に行く過程でどういう心の動きをするのか、ということが重視される感じです。
久保田:なるほどね。行動の理由というか、どう感じて、その結果どういうふうに物語の中で動いていくのかってことだ。
三谷:あと、日本とハリウッドの脚本で大きく違うところもあったりしますね。
久保田:なに?
三谷:日本だとだいたい一人の脚本家が脚本を書き上げるというケースがあると思うんですけれども、ハリウッドだと、リレーで脚本をつくることがあるんですね。最初の一人が初稿を書いて、一回くらい改稿まで書いたら、「ありがとうございました」って言って、次は別の脚本家を呼ぶんです。たとえば、「前の脚本だとアクションがちょっと弱かったから、アクションを引き立てるような改稿をしてくれる人」とか、脚本家によって強い面がそれぞれ違ったりするので。
久保田:得意な面に合わせて次々変わっていくんだ。
三谷:そうです。「この人はロマンスを描くのが上手だから、ロマンスを際立たせよう」とか、あるいは、台詞回しがすごく得意な脚本家がいて、「台詞をより洗練してほしい」とか、「コメディが上手な脚本家を入れて、パンチライン強くしていこう」とか。そういう感じ脚本のつくり方をするみたいです。
久保田:でも、最初につくられた物語の筋があるじゃないですか。それだけ脚本家を入れていくと、最初は「怪獣大戦争!」みたいな映画だったのに、最終的に――「その二体の怪獣は、実は前世で結ばれるはずだった男性と女性だったのです。そして、二人は結ばれて田舎で幸せに暮らしましたとさ」――みたいな、「全然違う話じゃん!」ってことにはならないんですか?
三谷:たまにそういうことも起きます(笑)。たとえば、最初の稿があまり上手くできなかった場合とかに、脚本が向かうべき方向性が見えてないなかで改稿させられる、みたいなことがあると、どんどん迷走していくパターンはありますね。
久保田:じゃあ最初の段階で、「ここの筋は変えないで!」みたいなオーダーとかをしないと、迷走していっちゃいますよね。
三谷:なので、できるだけプロデューサーが脚本家に、「ここはこういうところが良くて、こういうところが良くないから、こういうことを変えてほしいんだ」と、きちんと伝えていくことが大事になってきます。
久保田:なるほど。そこにプロデューサーが入ってくるわけだ。
三谷:でも、場合によってはプロデューサーも何が欲しいのかが見えていないこともあったりして。そうするともう大変なことになりますね。だから、誰かしらがビジョンをしっかりと持ち続けて離さないでいられるかどうかがポイントだと思うんですよね。
久保田:ビジョンね。
三谷:例えば「マッドマックス 怒りのデス・ロード」とかは、しっかりしたビジョンがあって、最初からつくりこんで形にしたんだなと思える作品ですね。あの作品は、ジョージ・ミラー監督のビジョンがとにかく強くあったっていう逸話があるんですよ。
久保田:なに?
三谷:最初の時点で絵コンテを3000枚くらいつくったらしいんです。で、絵コンテ3000枚で、こういうふうに話が展開していくんですっていうのを、一枚一枚説明しながら、ワーナー・ブラザースの偉い人とかにプレゼンをして。その熱意と、実際の出来の良さもあったと思うんですけども、それに打たれて、「じゃあ、これはちょっと予算もかかりそうだけどやってみようか!」って形になって。それで結果もちゃんと出たという。
久保田:僕が今一番気になったのは、そのプレゼン何時間かかったのかってことですね(笑)。だって、3000枚をちゃんと説明してたら……。一枚、30秒かかるとしたら……1500分ですよ。25時間だよ?
三谷:そうですね(笑)。ただ、間違いなく言えるのは、映画づくりにおいて大事なのは、「何がつくりたいか」がはっきりしていたほうがいいということで。迷走するとやっぱり脚本家の数も増えて、「あ、この人じゃダメだった。じゃあちょっと別の人に書かせよう」「あ、この人もダメだった。じゃあもうひとり書かせよう」って、深みにはまっていくので。
久保田:いやー、それは地獄だね。お金も時間もその間にかかっていっちゃうし。
三谷:そうですね。あとは、アメリカの脚本のもうひとつの大きな特徴として著作権の話があって、「職務著作」っていうのがあるんですね。
久保田:ほうほう。
三谷:これは、ある会社がある脚本家を雇って脚本を書かせます。その脚本の所有権と言いますか著作権はどこにあるの、って言ったら、日本だと「脚本家のものだよね」ってなるんですね。でも、「職務著作でやりますよ」っていうアメリカの場合、会社がその著作権を持つということがあったりするんですよ。だからこそ他の脚本家を起用してどんどんリレーで書かせるということも成立するし、著作者人格権が行使されずに済むという。このあたりの権利の話は、コラムの第27回(https://eiga.com/extra/shitahari/27/)でも触れていますけれど。
久保田:そういう仕組みがあるから、展開とかは割とスピーディーにできるんでしょうね。日本だと、大作というか手の込んだ作品ってものすごい人数が絡んでるから、何か新しいことやるときってすごく大変で、企画はしたものの成立しないことも多いらしいですけど。
三谷:だから、そこはかなり大きな違いだなっていうのは感じますね。
久保田:これ、すっごい素人な質問なんけど、脚本の上手い下手ってどこに出るの?
三谷:それは、私も最初はわからなかったんですけど、読ませる脚本って本当にどんどんページをめくっていかざるを得ないようなものだったりして。それを英語では、「ページをターンさせる脚本」という意味で「ページターナー(Page Turner)」って言ったりするんですけど。
久保田:それは面白いってこと?
三谷:面白いから、読むのを止めることができないってことですね。もう少し具体的に言うと、構成がきれいな脚本はやっぱり手が止まらないですね。あとは、台詞回しが本当に上手い脚本家もいたりして。たとえば、Facebookの創業者マーク・ザッカーバーグをモデルにした「ソーシャル・ネットワーク」の脚本を書いた、アーロン・ソーキンという脚本家がいるんですね。
三谷:彼は、「台詞が音楽のように流れる」ということで定評がある人なんですね。で、彼の脚本はとにかくめちゃくちゃ長いんです。120分の映画でも180ページくらいあったりするんですけれど、ひたすら早口で軽妙なやりとりがなされていくから全然成立するし、聞いていてとても心地良いんです。
久保田:僕もあの映画は観たけど、たしかにすごくテンポ良かったよね。
三谷:あとは、「あ、これ伏線っぽいな」というものがちゃんと回収されるとか、世界観に嘘がないというか、嘘を感じさせない文章を書いて世界観に入り込ませることができる人は、やっぱ安心して見られますよね。
久保田:あと、別に他の人に理解されなくても、その人にとってめちゃくちゃ面白いっていうことに対して、妥協していない人の本だったり原作はやっぱ面白くないですか?
三谷:たしかに。これはブレイクしている映画監督や脚本家に当てはまることが多いんですけれど、やっぱり一作目ってかなり個人的な内容というかパーソナルな話を書いている人が多いんですよね。
久保田:やっぱりそうなんだ。
三谷:たとえば、「セッション」という映画のデイミアン・チャゼル監督は、彼自身がドラムを追求しようとした時期があって、「芸術で高みを目指すにはどんなことを犠牲にしてでもそれを追求するのが是だ」っていう価値観で描かれているんですね。やっぱりそれは本当に彼が心の底から思ってて、本当考えて感じてて叫んでいることだからこそ、すごく伝わるんだろうなって思いますね。
この回の音声はPodcastで配信中の『下から目線のハリウッド』(#56 いい脚本ってどんなホン? ハリウッドスタイルの脚本を考察!)でお聴きいただけます。
筆者紹介
三谷匠衡(みたに・かねひら)。映画プロデューサー。1988年ウィーン生まれ。東京大学文学部卒業後、ハリウッドに渡り、ジョージ・ルーカスらを輩出した南カリフォルニア大学の大学院映画学部にてMFA(Master of Fine Arts:美術学修士)を取得。遠藤周作の小説をマーティン・スコセッシ監督が映画化した「沈黙 サイレンス」。日本のマンガ「攻殻機動隊」を原作とし、スカーレット・ヨハンソンやビートたけしらが出演した「ゴースト・イン・ザ・シェル」など、ハリウッド映画の製作クルーを経て、現在は日本原作のハリウッド映画化事業に取り組んでいる。また、最新映画や映画業界を“ビジネス視点”で語るPodcast番組「下から目線のハリウッド」を定期配信中。
Twitter:@shitahari