コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第103回

2022年1月27日更新

佐藤久理子 Paris, je t'aime

ジャン=ジャック・ベネックスギャスパー・ウリエルの訃報 オドレイ・ディワン監督作がリュミエール2冠

37歳の若さで亡くなったギャスパー・ウリエル
37歳の若さで亡くなったギャスパー・ウリエル

長年の病に力尽きたジャン=ジャック・ベネックス監督の凶報が流れた矢先、ギャスパー・ウリエルがスキー事故により37歳で亡くなったのは、映画業界はもちろん、多くの映画ファンにさらなる悲しみをもたらした。フランスでは彼のさまざまな出演作がテレビで放映され、マクロン大統領からバシュロ=ナルカン文化大臣、カンヌ映画祭や国立映画博物館(シネマテーク)、友人のピエール・ニネなどの映画関係者らが次々と追悼の意を表した。

たかが世界の終わり」(2016)でウリエルにセザール賞主演男優賞をもたらしたグザビエ・ドラン監督は、自身のインスタグラムで、「君という存在そのものが僕を変えた。僕が心の底から愛した、そしてこれからも愛し続けるであろう人」と、痛々しい言葉を送っている。次回作にはレア・セドゥーと共演するベルトラン・ボネロの新作が決まっていたものの、コロナ下で遅れていたのも悔やまれる。子役から出発し、早くにフランスを代表する若手スターとなったのちも、取材ではつねに物静かで思慮深く、言葉を探しながら丁寧に答えるその物腰が独特のオーラを醸し出していた。突然のその喪失に、言葉を失っている人は多い。

そんなわけで2022年のフランス映画界は暗い幕開けとなってしまったが、その一方で華やかな祝祭もないわけではない。フランスでも賞レースが始まるこの季節、その口火を切って、フランスの外国人記者クラブが昨年の優れたフランス映画と映画人を讃える、第27回アカデミー・デ・リュミエールの授賞式が開催された。

第27回アカデミー・デ・リュミエール授賞式のオドレイ・ディワン監督とアナマリア・ヴァルトロメイ
第27回アカデミー・デ・リュミエール授賞式のオドレイ・ディワン監督とアナマリア・ヴァルトロメイ

監督賞(レオス・カラックス)、撮影賞(キャロリーヌ・シャンプティエ)、音楽賞(スパークス)の最多3冠に輝いたのは、昨年のカンヌ国際映画祭のオープニングを飾った「アネット」だ。アダム・ドライバーマリオン・コティヤール扮するカップルと、ふたりの間に生まれた天性の歌声を持つ娘がロサンゼルスを舞台に繰り広げる独創的なミュージカル。悲劇と喜劇が入り混じり、ファンタジーとリアルな愛憎劇が交差するスケールの大きな作品で、力技の演出で観る者をねじ伏せる。

作品賞と女優賞(アナマリア・バルトロメイ)の2冠を制したのは、昨年のベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞したオドレイ・ディワン監督の「L’Evénement」。堕胎がフランスで合法化されていなかった1963年、予期せぬ妊娠をしてしまった女子学生の苦悩を、息詰まるような演出で見せる。ヒロインに扮したバルトロメイは、日本でも公開されたエバ・イオネスコの自伝的監督作「ビオレッタ」(2011)で、イザベル・ユペール扮するヒロインの妖艶な娘を演じていた美少女、と言えば思い出す方もいるはず。22歳になった彼女の、女優としての成長ぶりに目を奪われる。

アナマリア・ヴァルトロメイ
アナマリア・ヴァルトロメイ

一方、男優賞はエマニュエル・ベルコの「De son vivant」で不治の病に倒れる主人公を演じたブノワ・マジメルが受賞。脚本賞は、バルザックの原作を現代的な視点で風刺たっぷりに映画化した「Illusions perdues」のグザビエ・ジャノリに授与された。

バイオレントな描写が昨年のカンヌで物議を醸し出し、パルムドールをさらった「TITANE」は、主演のアガーテ・ルーゼルが新人女優賞を受賞するにとどまった。また2月に日本でも公開される、ファニー・リアタールジェレミー・トルイユ監督による「GAGARINE ガガーリン」は、初監督作品賞を受賞。本作は、パリ郊外の公団住宅が、まるで「2001年宇宙の旅」(1968)のようなSFの舞台に変わる独創的な物語で、公開以来、フランスで高い評価を受けていた。

アカデミー・デ・リュミエールは、アメリカで言えばゴールデン・グローブ賞を選定するHFPAに相当する組織だが、目下スキャンダルに揺れる本家や、フランスのアカデミー賞にあたるセザール賞に比べると、より開かれ、フランス映画の多様性を評価するオープンな姿勢がある。今回の結果が、2月末に開催されるセザール賞にどんな影響を与えるか、楽しみに待ちたい。(佐藤久理子)

筆者紹介

佐藤久理子のコラム

佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。

Twitter:@KurikoSato

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