コラム:映画.comシネマStyle - 第25回
2022年1月28日更新
ウェス・アンダーソン監督が大好きだ! 編集部が愛するおすすめ映画5本 「フレンチ・ディスパッチ」公開記念
毎週テーマにそったおすすめ映画をご紹介する【映画.comシネマStyle】。
ウェス・アンダーソン監督が、フランスの架空の街にある米国新聞社の支局で働く個性豊かな編集者たちの活躍を描いた長編第10作「フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊」が、1月28日から公開中です。そこで今週は、そのユニークな作風から熱狂的なファンも多いアンダーソン監督を特集。編集部が愛するおすすめの映画5本を、時代順にご紹介します。
ウェス・アンダーソンがフランス文化への愛溢れる「フレンチ・ディスパッチ」を撮るに至った理由、トリュフォー監督作との運命の出合い
▽ウェス・アンダーソンの出世作 ヘンテコ天才家族が繰り広げるおしゃれでビターなコメディ
「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」(2001年/110分)
アンダーソン監督の長編第3作。
【あらすじ】
ニューヨークに住むテネンバウム家。長男は株式、長女は戯曲、末の弟はテニスの天才児だった。女性関係に奔放だった父は家を出たが、22年ぶりに「もう一度やり直したい」と、家族のもとに戻るのだが……。
ウェス・アンダーソンの日本においての初劇場公開作であり、オーウェン・ウィルソンとともにアカデミー賞脚本賞にノミネートされた出世作。3人それぞれが一芸に秀でた“元神童”ですが、大人になって普通の社会にうまく適応できないテネンバウムズの子どもたち。父が母と別居し、バラバラになった家族が抱えるそれぞれの孤独、そして天才であるがゆえの孤独を、ちょっぴりメランコリックなコメディに仕立てています。豪華キャストが繰り広げるオフビートな笑い、職人技を感じさせる画面設計、センスあふれる絶妙な音楽チョイス、個性的なメイクやファッションと、現在まで受け継がれるアンダーソン監督“らしさ”がいかんなく発揮されています。
いまや、名匠となったアンダーソン監督がまだ若手扱いだった20年前の貴重なインタビュー((https://eiga.com/movie/1158/interview/2/)では、「最初は自分の話にしようと思ったんだ。うちも両親が離婚して、母はアンジェリカ・ヒューストンと同じで人類学者なんだよ。でも、オーウェンとシナリオを練っているうちにメチャクチャになっちゃった」と語っている。また、グウィネス・パルトロウは「メイクも監督の指示よ(笑)。画面のすみずみまで細かく指定されているの」と話しており、当時からアンダーソン監督の完璧主義がうかがえます。
【インタビュー】ウェス・アンダーソン監督 インタビュー 「これは僕の心の中のニューヨークなんだ」
▽3兄弟の珍道中 エキゾチックなインドの魅力が画面いっぱいに広がり、一緒に旅をしたくなる!
「ダージリン急行」(2007年/91分)
アンダーソン監督が描く、3兄弟の心の再生の旅。
【あらすじ】
父の死がきっかけで疎遠になっていたホイットマン3兄弟だったが、長男フランシスの呼びかけで次男ピーター、三男ジャックの3人が揃い、インド横断の列車旅行に出る。しかし、そんな彼らに予想外の出来事が待ち受ける。
本作もどこかが欠損した“家族”がテーマの物語。長男をオーウェン・ウィルソン、次男をエイドリアン・ブロディ、三男をジェイソン・シュワルツマンと個性派の名優たちがクセの強い3兄弟を演じ、異国で体験するさまざまなハプニングを通して、不仲だった関係が修復されていくさまがコミカルに描かれています。現地の音楽とともにエキゾチックなインドの文化や街並み、車窓からの風景が美しい構図で切り取られ、見ているだけで3兄弟とともに旅をしている気分になれる、ハッピートリップムービーです。
そして、この映画のもうひとつの主役が、細部まで凝りに凝ったあの列車。アンダーソン監督は後のインタビュー((https://eiga.com/movie/53121/interview/)で、「僕らはインド政府から列車を借りて、それを映画用に作り変えたんだ。列車の外見は、インドにある普通の列車の見かけだけど、内部は地元の職人たちを使って、標識やらデザイン、象の絵をあちこちに描かせたんだ」と明かしている。すごい! また、映画のラストで流れるのは、舞台はインドなのになぜか「オー・シャンゼリゼ」。新作「フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊」で描かれる、アンダーソン監督のフランス文化への愛の片鱗が今作でも見て取れます。
【インタビュー】ウェス・アンダーソン監督インタビュー 「物事に対する僕のおかしな見方が出るんだ」
▽ファンタスティックに生きるキツネ一家VS意地悪な農場主
「ファンタスティック Mr. Fox」(2009年/87分)
アンダーソン監督が、作家ロアルド・ダールの「すばらしき父さん狐」を、ストップモーションアニメで映画化。
【あらすじ】
キツネのMr.フォックスは、かつては盗みを働いていたが、妻と子のために足を洗い、いまは新聞記者として暮らしている。ある日、彼は丘の上の家を購入したが、丘の向こうには意地悪で愚かな金持ちの農場主3人が住んでいた。やがて野生の本能が目覚めたMr.フォックスは、人間たちの裏をかいて、農場から獲物を盗むように。遂に怒った農場主たちは結託し、トラクターを使い、キツネの家族が住む丘を根こそぎ掘り返し始める。
銃をぶっ放し、トラクターで住みかを荒らす非情な人間たちに負けず劣らず、えげつない作戦に打って出る動物たち。両者の攻防が、茶目っ気たっぷりに描かれます。ちなみに、キツネ家族を追いつめる農場主のひとり、七面鳥とリンゴ園を営むビーンは、原作者のダール氏がモデルになっているそうです。
声優キャストには、Mr.フォックス役のジョージ・クルーニーをはじめ、メリル・ストリープ、ジェイソン・シュワルツマン、ビル・マーレイらが集結。アンダーソン監督は実写と同じスタイルでの撮影にこだわり、またライブ感を出すため、声は野外で収録されました。演じるキャラクターたちと同様、キャストたちは実際に野原中を走り回り、穴を掘り、アフレコに臨んだそう。
ストップモーションアニメならでは、ぬいぐるみのような質感のキャラクターたちは、抱きしめたくなること必至! いつも見るたびに、「ぬいぐるみかフィギュアが欲しい……!」という気持ちになります。製作陣は4000点以上の小物、150以上のセット、500体以上のパペットを手作りし、12万5280コマ以上を撮影。ちなみにMr.フォックスのスーツは、アンダーソン監督がプライベートでオーダーメイドしている仕立屋から生地を入手し、ほぼ同じパターンで作られたものだそうです。こうしたこだわりが、風に揺れる毛や潤んだ瞳など、生き生きとした動物たちの表情を生み出しているのです。
筆者のお気に入りは、文化的でおしゃれな生活を送っているキツネ一家が、食べ物を前にした時など、ふとした瞬間に動物らしさが出てしまうところ。チャーミングなキャラクターにキッチュなアイテム、絵本のような世界観――丸ごとかわいい物語のなかで、アンダーソン監督らしいシュールさや毒気が良いアクセントになっています。
またアンダーソン監督は、2018年に再びストップモーションアニメ「犬ヶ島」を製作。こちらは日本を舞台に、「犬インフルエンザ」の蔓延で離島に隔離された犬たちと、自分勝手な人間のバトルが描かれていて、クセになる味わいがあるので、おすすめです。
▽こどもがおとなで、大人が子どもで。12歳の駆け落ち。
「ムーンライズ・キングダム」(2012年/94分/PG12)
1960年代のアメリカ東海岸ニューイングランド島を舞台に、12歳の少年少女の駆け落ちから始まるヒューマンドラマ。アンダーソン作品常連のビル・マーレイ、ジェイソン・シュワルツマンをはじめ、ブルース・ウィリス、エドワード・ノートン、フランシス・マクドーマンド、ティルダ・スウィントンら豪華キャストが出演しています。
【あらすじ】
周囲の環境になじめない12歳の少年サム(ジャレッド・ギルマン)と少女スージー(カーラ・ヘイワード)は、ある日、駆け落ちすることを決意。島をひとりで守っているシャープ警部(ウィリス)や、ボーイスカウトのウォード隊長(ノートン)、スージーの両親ら、周囲の大人たちはふたりを追いかけ、小さな島に起こった波紋は瞬く間に広がっていく。
12歳の駆け落ちと聞くと、かわいらしい犯行だなと思えます。実際ウェス・マジックでとてもかわいらしい美術が揃い、サムとスージーのやり取りはほほ笑ましいのですが、そこはかとなく感じられる艶美な雰囲気が、ふたりを時折大人のように映し出していきます。一方で保護者であるはずの大人たちが、子どもを守るという大人としては当然持ち合わせているべき責務よりも、自分勝手で子どもっぽい振る舞いをします。これがより12歳の少年少女を、大人に感じさせています。
どの場面も監督らしいかわいらしく心に残るシーンになっていますが、いちばん印象に残るのは、サムとスージーがふたりだけでキャンプを立て、誰にも見つからない浜辺で、持ってきたレコードプレーヤーで音楽をかけてダンスをするシーン。アメリカの離島で、海の先に広がるまだ見ぬ素晴らしい未来を思いながら、大人の階段を一歩上っていくかのようなふたりを、フランスの国民的アーティストであるフランソワ・アルディの「恋の季節」の音が包み込み、幻想的なシーンとして胸に刻み込まれます。新作「フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊」でも見られる、監督自身のフランスへの憧れや愛がここにも溢れています。
▽砂糖菓子のように甘く、どこか非現実的でファンタジックなホテルにようこそ “らしさ”満載のアカデミー賞を賑わせた1本
「グランド・ブダペスト・ホテル」(2010年/100分)
アンダーソン監督が、レイフ・ファインズらオールスターキャストで、高級ホテルのコンシェルジュとベルボーイが繰り広げる冒険を描いた物語。第87回アカデミー賞で、作品賞を含む同年最多タイの9部門にノミネートされ、美術、衣装デザイン、メイクアップ&へアスタイリング、作曲の4部門で受賞に輝きました。
【あらすじ】
ヨーロッパ随一の高級ホテル「グランド・ブダペスト・ホテル」を取り仕切り、伝説のコンシェルジュと呼ばれるグスタヴ・H(ファインズ)は、究極のおもてなしを信条とし、宿泊客のマダムたちの夜のお相手もこなしていた。ホテルには彼を目当てに多くの客が訪れるが、ある夜、長年懇意にしていたマダムD(ティルダ・スウィントン)が何者かに殺害される。マダムDの遺産をめぐる騒動に巻き込まれたグスタヴ・Hは、ホテルの威信を守るため、信頼するベルボーイのゼロ・ムスタファ(トニー・レボロリ)を伴い、ヨーロッパを駆けめぐる。
アカデミー賞を大いに賑わせた本作も、もちろんアンダーソン監督“らしさ”が満載。物語の舞台となる「グランド・ブダペスト・ホテル」はもちろん、マダムDの豪華な(それと同時に威圧的で冷え冷えとした)お屋敷「ルッツ城」、ゼロが思いを寄せる女の子・アガサ(シアーシャ・ローナン)が働く洋菓子店「メンドル」など、かわいらしい色彩(ピンク色多め)に溢れ、心躍るインテリアに彩られた場所がたくさん登場します。そしてピンク色に水色のリボンがかけられたメンドルの菓子箱や、「コーテザン・オ・ショコラ」というカラフルなケーキなど、ツボを押さえたアイテムの数々に、心奪われること間違いなし。砂糖菓子のように甘く、どこか非現実的でファンタジックな世界が広がっています。それは、グスタヴ・Hが時代の流れなどは意に介さず、守ろうとした“幻想”そのものなのかもしれません。
本作の特徴は、グスタヴ・Hとゼロの風変わりな冒険を軸としながらも、ミステリー、コメディ、ラブストーリー、脱獄劇と逃亡劇、ロードムービーなど、到底1本の映画にはまとまりそうにない、さまざまなジャンルの物語が混在していること。グスタヴ・Hが洗練された身のこなしでホテル内を闊歩する日常に続き、ゼロとアガサのロマンティックなデートが展開したかと思うと、直後にショッキングなシーンが挿入される……そんなアンダーソン監督のユニークな語りのリズムが、クセになるんです。複数のジャンルを行き来しながらも、グスタヴ・Hとゼロの疑似親子のような関係や、ゼロとアガサの切ない恋など、ドラマ要素も見事に盛り込まれていて、巧みな脚本と演出が光ります。
そしてアンダーソン監督作品の代名詞でもある、豪華キャストの共演にもご注目。どのカットを切り取っても、複数のスターが映りこんでいるといっても過言ではないのです。アンダーソン監督作品には常連と呼べる俳優たちが多く存在するため、彼らが毎回どんな役で登場するのかチェックするのも、お楽しみのひとつ。最新作「フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊」にも出演しているキャストが多いので、是非両作品でのキャラクターを見比べてみてください。
【インタビュー】レイフ・ファインズ、インテリジェンスと色気をにじませた伝説のコンシェルジュ役を語る