コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第355回
2024年7月24日更新
ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの最新情報をお届けします。
「インサイド・ヘッド2」ピクサー史上最高のヒット “楽しくて気づきを与える”傑作が 商業的ヒットに繋がったワケは?
ピクサー最新作「インサイド・ヘッド2」の世界総興収が、「インクレディブル・ファミリー」(12億4300万ドル)を超えて、ピクサー史上最高のヒットとなった。
「トイ・ストーリー」や「ファインディング・ニモ」「Mr.インクレディブル」など数々のヒットを生みだしてきた同社にとっても、快挙だ。また、アニメ映画としても歴代1位の「アナと雪の女王2」(14億5400万ドル)に迫っており、記録更新も視野に入ってきた。
※編集部註:7月25日追記/世界興収が14億6200万ドル(2245億円)を突破し、アニメ映画史上世界No.1の快挙を達成(数字は7月25日付box office mojo調べ/1ドル153円)
話題作を連発していたかつてのピクサーを知っている人にとってみれば、当然の結果と思われるかもしれないが、近年の同社は迷走しているようにみえた。同じディズニー傘下のマーベルと同様、かつての輝きが失われてしまったとの悲観論が広まっていた。
実際、チーフ・クリエイティブ・オフィサーを務めるピート・ドクター監督も、公開前の米誌タイムの取材で、「本作が失敗したら、抜本的にビジネスモデルを見直さなければならないだろう」と、語っていた。相当な覚悟のもと作られていたと想像できる。
「インサイド・ヘッド2」は、人間が抱く「感情」たちの世界を描いた傑作「インサイド・ヘッド」の続編だ。女の子の頭のなかを感情たちの視点から描くという独創的なアイデアはそのままに、前作では11歳だったヒロインが13歳になっている。
思春期を迎え、感情の乱れや自我の形成に悩むヒロインの頭のなかに、新たな感情たちが生まれる、という設定になっている。不安や混乱に支配されがちな思春期を題材に、 イマジネーションとハートをたっぷり詰め込んだ、ピクサーらしい野心作だ。
「インサイド・ヘッド」シリーズが傑出しているのは、楽しいひとときを提供することを目指したエンタメ作品だらけのなかで、教育的側面が備わっていることだ。
たとえば前作を見れば、「人には悲しみの感情も必要だ」ということがわかるし、今回は「ある程度の年齢を過ぎると、心配に感情を支配されがちになる」ということが理解出来る。
娯楽と教育といえばつい対立する存在と考えがちだが、本作では娯楽のなかに教育的要素がきちんと内包されている。しかも、まったく説教臭くなく、子供にも容易に理解出来るようになっている。
楽しくて、気づきを与えてくれる。まさに希有な作品と言えよう。
本作が傑作であるのは間違いない。だが、良作が必ずしも、商業的なヒットに繋がるとは限らない。どうしてここまでのヒットになったのだろうか?
まずは、昨年のダブルストライキがある。長期にわたったストライキの影響で、「ミッション:インポッシブル8」をはじめとする大作が公開延期となり、2024年夏のスケジュールがガラガラになってしまった。
AP通信によると、今夏の公開本数は32本で前年と同じだが、コロナ前の40本には及んでいない。結果的に、「インサイド・ヘッド2」の競合作が少なくなり、スクリーンを独占する形になったのだ。
もうひとつ重要なのは、シアトリカルウィンドウの確保だ。パンデミックで映画館が長期休業を余儀なくされたことで、2020年の「2分の1の魔法」の劇場公開は途中で打ち切られた。その後のピクサー作品3本(「ソウルフル・ワールド」「あの夏のルカ」「私ときどきレッサーパンダ」)はすべてストリーミングサービスのディズニープラスで直接配信された。
2022年の「バズ・ライトイヤー」をきっかけに、ディズニーはピクサー作品の劇場公開を再開させたものの、世界総興収は2億2600万ドルと撃沈。作品の評価が芳しくなかったことに加えて、コロナ禍に高品質のアニメ映画を家庭視聴することに慣れてしまったことが一因としてあげられていた。
そして、2023年公開の「マイ・エレメント」は、世界総興収が5億ドル近くまで回復。45日間のシアトリカルウィンドウを設けたことが、観客を映画館に向かわせることに一定の効果があったようだ。
「インサイド・ヘッド2」において、ディズニーはシアトリカルウィンドウを100日間に拡大するといっている。つまり、劇場で独占公開される期間を伸ばすにしたがって、観客が戻ってきているのだ。
会心の作品に、ライバル不足とシアトリカルウィンドウの確保があいまって、通算28作目となる「インサイド・ヘッド2」はピクサー史上ナンバーワンのヒットとなった。
次作はオリジナル作品の「エリオ(原題)」。新たな黄金時代のはじまりを期待したい。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi