コラム:細野真宏の試写室日記 - 第80回
2020年7月1日更新
映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。
また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。
更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)
第80回 試写室日記 「スタジオジブリ作品」。映画業界に、また新たな「ジブリの伝説」が1つ加わった!
2020年7月1日
6月最後の週末動員ランキングで「異変」が起こりました!
先週末は、(新型コロナウイルス流行まで2月14日から)アメリカを中心に世界中で大ヒットをしていた「ソニック・ザ・ムービー」、アメリカを中心に若干厳しめの興行だったもののシリーズ最終章の「ランボー ラスト・ブラッド」という新作の大作映画が公開されました。
しかし、週明けの月曜日に発表された週末動員ランキングでは、1位、2位、3位は、リバイバル上映で公開された「スタジオジブリ作品」が占拠したのです!
ただ、気を付けたいのは、日本で発表されるのは週末「動員ランキング」で、興行収入ランキングではありません。
「スタジオジブリ作品」(「風の谷のナウシカ」「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」「ゲド戦記」の4作品)の料金は、あくまでリバイバル上映なので、一般・シニア・大学・専門学校生でも1100円と割安になっていたのでした。
そのため、興行収入ランキングでは、1位は「ランボー ラスト・ブラッド」で、金、土、日の週末3日間の興行収入は1億4553万円と順当な結果を出しています。
とは言え、週末動員ランキングの1位から3位を占拠しただけあって、同じく週末3日間で「千と千尋の神隠し」は1億1853万円、「もののけ姫」は1億1026万円、「風の谷のナウシカ」は1億969万円と3作品とも1億円を稼ぎ出しているのです!
今回は、今後の日本の映画産業を見通す意味で、この「スタジオジブリ作品」の意味について改めて考察してみたいと思います。
まず、今回の「スタジオジブリ作品」を、(「ゲド戦記」も含めて)一気に4作品も全国374館という規模で再上映する、というのは、かなりリスキーなビジネスだと思います。
なぜなら、「スタジオジブリ作品」というのは、数えきれないほど金曜ロードショーを中心に地上波で放送されまくっていて、しかもDVDなどを持っている人も多いため「今さらお金を払ってまで映画館に見に行く人がどれだけいるのか?」という疑問があるためです。
その一方で、新型コロナウイルスで一時的に冷え込んだ「映画業界の活性化のための秘策」という意味合いもあります。
それは、特にファミリー層と若者層が、まだそれほど映画館に戻ってきていないので、その2つの層を呼び込むには「スタジオジブリ作品」というファミリー層に圧倒的に強い「日本映画界の財産」とも言うべき強力なコンテンツを使うしかない、という判断です。
今回は、その賭けに見事に成功した形なのです。
実際に、若者の集団やファミリー層の姿が週末の映画館で見られるようになってきました。
ただ、当然のことながら、その影響を受けた作品もあって、それが「ソニック・ザ・ムービー」だったように思えます。
「ソニック・ザ・ムービー」は典型的なファミリー映画ですが、週末の興行収入は6294万2620円と、2週目の「ドクター・ドリトル」にさえ負けてしまっています。
これは、世界的な流れから考えると、非常に興味深い結果と言えるでしょう。
実は、世界的には「ドクター・ドリトル」はコケてしまっていたのですが、日本では堅調な推移をしているのです。
その一方で「ソニック・ザ・ムービー」は、世界興行収入で3週連続1位になるくらいの絶好調作品だったにもかかわらず、日本では現状、パッとしない状況になってしまっているからです。
さて、そんな不可思議な状況も生んでいる「風の谷のナウシカ」「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」のリバイバル上映ですが、ここで、これらの超有名な作品の、あまり知られていない舞台裏について解説しておきましょう。
まず1984年公開の「風の谷のナウシカ」から始まったスタジオジブリ作品(厳密には「風の谷のナウシカ」だけはトップクラフト)ですが、スタジオジブリ作品に大きな転機をもたらした作品があります。
それが1997年公開の「もののけ姫」でした。
「風の谷のナウシカ」からずっと関わっている鈴木敏夫プロデューサーによると(以下の話は「崖の上のポニョ」の時に私が新聞で対談した時のものを使用しています)、「もののけ姫」は次の3つの理由から製作委員会から大反対されていたそうなのです。
理由1…「もののけ姫」は時代劇で、当時は「時代劇は絶対に受けない」とされていたから。
理由2…しっかり作ろうとすると制作期間が2倍になり、制作費も2倍に跳ね上がってしまうから。
理由3…「もののけ姫」の公開時の対抗馬が大ヒット作「ロスト・ワールド ジュラシック・パーク」だったから。
そこで、製作委員会が企画を変更し、予算を減らすことを鈴木Pのいないところで決めたそうなのです。
ところが、その夜には鈴木Pの耳に入り、燃え上がらせてしまい、そのまま「もののけ姫」で突き進むことになりました。
ただ、劇場公開時に製作費を回収するためには、当時の「日本の歴代興行収入№1」にならなければならない、という滅茶苦茶なミッション状態になっていたのでした。
ここで、「そんなのジブリだから難しくないのでは?」と思う人もいるのかもしれませんが、スタジオジブリ作品のヒット作として知られている「魔女の宅急便」でさえ興行収入は36.5億円で、それまでの最高は「紅の豚」の47.6億円だったのです。
つまり、興行収入50億円さえ1度も超えたことがないのに、「E.T.」の興行収入135億円を超える必要があったわけです!
そこで、使えるものは何でも使って、「メディアジャック」をし、それまでの10倍くらいの宣伝を始めたのです。
具体的には、1984年の「風の谷のナウシカ」から1995年の「耳をすませば」まで公開時の取材を1度も受けてなかった鈴木Pが(制作作業に追われている宮崎駿監督の代わりに)取材を受けたり、本格的な「タイアップ企画」も始めました。
さらには、それまで宣伝の中で1度も使ったことがなかった「スタジオジブリ」という言葉を使って「スタジオジブリ」の名前を浸透させていったそうです。
確かに、当時は、(日本テレビは言うまでもなく)どこを見ても「もののけ姫」状態でしたね。
そして、これらが功を奏し、目標の興行収入135億円を超えて、193億円(!)にまで達したのでした。
つまり、これが「スタジオジブリ伝説」の始まりなのです。
今でこそ、邦画の「メディアジャック」や「タイアップ企画」などは当たり前の手法になっていますが、これらの本格的な始まりも「もののけ姫」だったのですね。
こうして「スタジオジブリ」という存在がブランド化し、2001年公開の「千と千尋の神隠し」では、遂にアカデミー賞で「長編アニメーション賞」を受賞し、興行収入308億円という、未だに誰も超えられない日本記録を打ち立てているのです。
毎年のように金曜ロードショーで放送されたりDVDなどを持っているのに、映画館にまで通う人がこれだけ出るのは、私は、スタジオジブリ作品(宮崎駿監督作品?)が「日本のカルチャー(文化)」だから、とすら思っています。
ちなみに、この「日本人とジブリ論」を「ゲド戦記」の対談の時に宮崎吾朗監督にしたら、「文化というのは、もっと深いものだと思います」と、やんわり否定されてしまいました(笑)。
ただ、今回の現象は、それを裏付けているような気がします。
果たして今回の流れはどこまで続くのか、そして、「一生に一度は、映画館でジブリを」というキャッチコピーの下、また新たな伝説も生まれそうです。
日本では7月の中旬くらいまでは大きな興行収入を狙える作品が出なさそうなので、かなりこの企画は今の状況下にフィットしましたし、全国の劇場の座席の采配も流石でしたね。
改めて「ブランドの強み」というものを考えさせられる、今後の日本の映画界にとっても大きなヒントになる事象です。
筆者紹介
細野真宏(ほその・まさひろ)。経済のニュースをわかりやすく解説した「経済のニュースがよくわかる本『日本経済編』」(小学館)が経済本で日本初のミリオンセラーとなり、ビジネス書のベストセラーランキングで「123週ベスト10入り」(日販調べ)を記録。
首相直轄の「社会保障国民会議」などの委員も務め、「『未納が増えると年金が破綻する』って誰が言った?」(扶桑社新書) はAmazon.co.jpの年間ベストセラーランキング新書部門1位を獲得。映画と興行収入の関係を解説した「『ONE PIECE』と『相棒』でわかる!細野真宏の世界一わかりやすい投資講座」(文春新書)など累計800万部突破。エンタメ業界に造詣も深く「年間300本以上の試写を見る」を10年以上続けている。
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Twitter:@masahi_hosono