コラム:細野真宏の試写室日記 - 第36回
2019年8月21日更新
映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。
また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。
更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)
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第36回 「ロケットマン」VS「おっさんずラブ」。映画でこの分野がメジャー作品になる現代は面白い! 前編
2019年8月13日@東宝東和試写室、8月19日@東宝試写室
今年の夏休み映画はやはり好調で、まずは「天気の子」が興行収入100億円を突破、「トイ・ストーリー4」も興行収入100億円突破が見えてきました。
「ライオン・キング」も日本の3週間前から公開されたアメリカを中心に絶好調で、すでに世界興行収入では歴代9位にまで来ていて、日本の興行収入も含めて、果たしてどこまでの記録を作れるのか非常に興味深い展開になっています!
8月9日から公開された「ONE PIECE STAMPEDE」も変化球的な作品で読み切れない面はありましたが、初速は絶好調で23日からは「入場者プレゼント」第2弾(50万個)も始まりますし、前作の「ONE PIECE FILM GOLD」の51.8億円は超えてくれそうな勢いを感じます。
また、4月12日公開だった「名探偵コナン 紺青の拳」も、8月23日からは鑑賞料金の高い「4Dアトラクション出国上映」が開始され、しかも入場者プレゼントが10万個(!)も用意されているようなので、過去最高だった前作「名探偵コナン ゼロの執行人」の興行収入91.8億円突破は確実で、100億円にどこまで迫れるのか注目されます。
このように多くの期待作が結果を出しつつある中、ここまでの規模感ではないですが、注目作はまだまだあります。まずは今週の金曜日(8月23日)から公開される「ロケットマン」です。
「ロケットマン」はマスコミの注目度は非常に高く、(他の仕事と日程を強引に調整して完成披露試写会に行けば良かったのですが…)私は通常の試写で3回も満席に遭遇してしまい、しばらくは見られなかったほどの人気ぶりでした。
これは、メガヒット作となった「ボヘミアン・ラプソディ」の最終監督を務めたデクスター・フレッチャー監督作ということで、「アカデミー賞」並みに注目が集まったからだと思います。
そこで、本来的には「ロケットマン」VS「ボヘミアン・ラプソディ」としたいところですが、やはり、この2作品には大きな違いがあります。
まず「ボヘミアン・ラプソディ」の方は、クイーンというバンドの成功を客観的に、時系列に沿って描いていく「リアリティのある音楽映画」でしたが、「ロケットマン」の方は、エルトン・ジョンの人生を“自身の視点で振り返る”という構成です。
これは、「ロケットマン」の方は(フレディ・マーキュリーと同世代でも)エルトン・ジョンが存命なので、本人が製作総指揮をすることが可能なのですが、「ボヘミアン・ラプソディ」の方は、ボーカルの「フレディ・マーキュリー」がAIDSで45歳という若さで亡くなってしまっていたので不可能なわけです。
さらに、エルトン・ジョンは(ある意味でフレディ・マーキュリーもそうでしたが)あまりに“ぶっ飛んだ人生”なのでファンタジーのように人生を再現する「ミュージカル映画」として、子供時代から1970年代の黄金期、その後のリハビリ施設に入るなどの“1990年までのエルトン・ジョンの半生”を描いています。
また「ボヘミアン・ラプソディ」は、これでもか、とばかりにクイーンの有名な曲を入れていましたが、「ロケットマン」の方は、あくまで“エルトン・ジョンの半生を表現するための歌”という視点で選曲がなされていて、有名な曲がそれほど多くないことも大きな違いとしてあります。
例えば、エルトン・ジョンは全世界で3700万枚以上を売り上げ“シングル史上最大のヒット曲”である、事故死のダイアナ妃に捧げた「キャンドル・イン・ザ・ウィンド 1997/ユー・ルック・トゥナイト」でも有名ですし、「ライオン・キング」で“アカデミー賞主題歌賞を受賞”したエンディングテーマの「愛を感じて」もエルトン・ジョンの曲ですし、オープニングテーマの「サークル・オブ・ライフ」も同様です。
これらの曲も使えば、さらに映画がヒットする要因にはなると思うのですが、確かにこれらの曲は、(1990年までの)エルトン・ジョン自身を表す曲ではないわけですね。
とは言え、エルトン・ジョンの初めての本格的な大ヒット曲となった「ユア・ソング(僕の歌は君の歌)」は、聞いたことのない人はいないのではと思えるほどの超有名な曲ですし、“瞬時に作曲した様子”も上手く映画「ロケットマン」では描かれていて、クリエイターとしてのエルトン・ジョンの姿を的確に見せることに成功しています。
私は2曲くらいしか知っている曲はなかったのですが、十分に楽しめましたし、さらに映画を見た上でサントラを聞くと、「ボヘミアン・ラプソディ」の時と同様に、かなり良い曲が多いんだなと実感しています。
また、作中の歌でも「ボヘミアン・ラプソディ」とは大きな違いがあって、「ボヘミアン・ラプソディ」では、フレディ・マーキュリーに扮したラミ・マレックの歌ではなく、最終的にフレディの原曲に、カナダ人のマーク・マーテルの歌をミックスしたものが使われましたが、「ロケットマン」では、エルトン・ジョンに扮したタロン・エガートンの歌が使われているのです!
そのタロン・エガートンによる再現性の高さは、エンディング曲ではエルトン・ジョン本人と一緒に歌うので分かりやすいと思います。
タロン・エガートンは、「キングスマン」シリーズでブレークしましたが、本作「ロケットマン」によって、これからが楽しみな才能の持ち主であることが実感できました。
思えば、まさに「キングスマン: ゴールデン・サークル」では、なぜか突然エルトン・ジョン本人が「本人役」としてカメオ出演していましたが、こういった背景があったのですね。
「キングスマン」シリーズのマシュー・ヴォーン監督は、本作「ロケットマン」ではプロデューサーも担当しています。
そして、エルトン・ジョンの母親を演じたブライス・ダラス・ハワードですが、彼女の演技も素晴らしく「嫌な母親」をなかなか微妙なバランスの下で演じ切っています。ブライス・ダラス・ハワードは、言わずと知れたロン・ハワード監督の愛娘で、直近では「ジュラシック・ワールド」シリーズのヒロインとして有名ですが、私は名作「ヘルプ 心がつなぐストーリー」での印象が非常に強いですね。本作と役柄が近いからなのかもしれませんが。
さて、このように「ロケットマン」は「ボヘミアン・ラプソディ」と作風の違いがあるため同じような現象は生み出しにくい面もあるのですが、日本の公開日は「劇場版 おっさんずラブ LOVE or DEAD」とぶつかります。
これら3作品に共通するのは、「同性愛」ですが、これまでナイーブでマイナーであったテーマが、ここまで大きく自然に扱われるようになった今の日本は、かなり面白いと思います!
後編では、それも踏まえながら両作品を考察してみたいと思います。
筆者紹介
細野真宏(ほその・まさひろ)。経済のニュースをわかりやすく解説した「経済のニュースがよくわかる本『日本経済編』」(小学館)が経済本で日本初のミリオンセラーとなり、ビジネス書のベストセラーランキングで「123週ベスト10入り」(日販調べ)を記録。
首相直轄の「社会保障国民会議」などの委員も務め、「『未納が増えると年金が破綻する』って誰が言った?」(扶桑社新書) はAmazon.co.jpの年間ベストセラーランキング新書部門1位を獲得。映画と興行収入の関係を解説した「『ONE PIECE』と『相棒』でわかる!細野真宏の世界一わかりやすい投資講座」(文春新書)など累計800万部突破。エンタメ業界に造詣も深く「年間300本以上の試写を見る」を10年以上続けている。
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Twitter:@masahi_hosono