コラム:ニューヨークEXPRESS - 第11回

2022年2月28日更新

ニューヨークEXPRESS

ニューヨークで注目されている映画とは? 現地在住のライター・細木信宏が、スタッフやキャストのインタビュー、イベント取材を通じて、日本未公開作品や良質な独立系映画を紹介していきます。


第11回:フィリップ・ノイス、オーストラリアからハリウッドへの旅路 ナオミ・ワッツとの新作にも言及

フィリップ・ノイス監督
フィリップ・ノイス監督

今回取り上げるのは、オーストラリア出身の巨匠フィリップ・ノイス監督だ。

ニコール・キッドマンの出世作となった「デッド・カーム 戦慄の航海」で注目されたノイス監督。その後、アメリカに活動拠点を移すと「パトリオット・ゲーム」「今そこにある危機」「ボーン・コレクター」「ソルト」といった数々のヒット作を生み出してきた。

そんなノイス監督の新作となるのは、ナオミ・ワッツとタッグを組んだ「The Desperate Hour(原題)」。主人公は、小さな田舎町の山間に住むエイミー(ワッツ)。彼女は、夫を失ったばかり。「父の死」によって塞ぎ込んでいた息子ノア(コルトン・ゴボ)にも、上手く対応できずにいた。ある日、いつものように森の中をジョギングしていると、突然衝撃的な報せを受ける。ノアが通う学校で銃撃事件が起こったのだ。学校付近は、既にロックダウン。現地までは、自宅から8キロ以上も離れている。エイミーは電話で助けを求めながら、全身の力を振り絞って、学校に向かっていく。

「The Desperate Hour(原題)」のプロモーションとして、ノイス監督に話を伺う機会に巡り合えた。新作の話をする前に、まずは“若き日のフィリップ・ノイス”について話を聞いてみることにした。

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1969年、ノイス監督は、シドニー映画製作者組合のマネージャーだった。オーストラリアのニューウェイブの監督たちが手がけた短編を、ある書店で上映していたそうだ。そこに集っていたのは、今や有名な監督ばかり。「若草物語」のジリアン・アームストロング監督、「いまを生きる」のピーター・ウィアー監督、「小さな村の小さなダンサー」のブルース・ベレスフォード監督、「マッドマックス」シリーズのジョージ・ミラー監督がいたそうだ。彼らとはいまだに連絡を取り合っているノイス監督。当時の様子を振り返ってもらった。

「とてもワクワクする時代だった。当時は、オーストラリアの映画業界みたいなものは存在していなかったんだ。そのため、オーストラリア映画は、ハリウッド作品、わずかな英国作品に支配され、映画館や配給会社もハリウッドの会社が所有していた。それに、一般の人々の間でも『映画制作は複雑。他の国に任せるべき』というような気運があった。ところが、僕らのようなベビーブーマー世代(1946~64年)のグループは、シネマをひとつの表現としてとらえ、主に短編を製作していた。その頃、オーストラリアの観客も、僕らの短編映像に魅了され、行列ができるほどの人が集まってくれたんだ。短編を見せていたのは、書店後方にあるバックルーム。ニューウェイブの監督たちと観客の交流も行われていた。観客は“大きな映画館では体験できないこと”を体験していたんだ」

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デッド・カーム 戦慄の航海」が世界中から高い評価を受け、アメリカに拠点を移したノイス監督。何故オーストラリアに留まらず、新たな場所へと飛び出したのだろうか。

「『デッド・カーム 戦慄の航海』は、世界のどこでも放映できるようなジャンル(=スリラー)。僕が突然そのようなものを作ったから、世界が興味を示してくれた。ワーナー・ブラザースが買い付けて、アメリカで放映され、フィルムメイカーの間でも評価してもらった。その後、電話が鳴り始め『アメリカにきてくれ!』と言われたんだ。僕は、既に40歳近くだった。ハリウッドでは、一体何が起きているのか――新たな人生を見つける気になったんだ。当初、ハリウッドの映画作りを調査するという軽い気持ちでいたんだが、最終的に、その調査自体が新たな人生のきっかけになった。結局、良くも悪くもパラマウントのスタジオで働くことに。彼らのもとでは、まるで機械のように題材が見つかり、俳優も探し出され、資金を捻出される。そして、作品も売ることもできた。もし、その時にオーストラリアにいたら、それら全てを自分でやる必要があった。つまり、オーストラリアなら5年をかけてようやく製作できるような映画を、ハリウッドでは10年間に何本も手がけることができたんだ。もっとも、そのやり方に僕自身も徐々に飽きてきて、オーストラリアに戻り『裸足の1500マイル』を作ったこともあったけどね」

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日本では2004年に公開された「愛の落日」は、素晴らしい作品だった。初老の英国人ジャーナリストと愛人のベトナム人女性、彼らの前に現れた米国人青年の三角関係と、その背後にうごめく政治的陰謀をサスペンスフルに描いている。同作の完成までには、多くの時間を費やしている。自分が作りたい作品を製作するために、ハリウッドのスタジオ作品を手掛ける――。果たして、このような意識はあるのだろうか。

「金のなる木はないからね。もっとも近年のストリーミングサービス会社による映画作り、投資の仕方は、空腹な怪物が食べ物を求めるような感じがある。だが、僕は常に6、7作品の企画を抱えているんだ。だから、10~12年間もかけて映画を作るつもりはない。『愛の落日』は、企画から製作まで、15年もの月日をシドニー・ポラックと費やした例外的な作品だ。映画の大きさ、あるいは独立系映画、ハリウッド映画に関係なく、必要であれば1人の出演者だけでも撮影をするつもりだ。(オーストラリアのような)映画業界が存在しない環境で育ち、全く予算もかからない映画を作ってきたので、(どんな作品でも)自身を歯車のようにして作ることができた」

「The Desperate Hour(原題)」
「The Desperate Hour(原題)」

ここから「The Desperate Hour(原題)」に話題を転じよう。エイミーの役のワッツは、オーストラリア出身。だが、これまでタッグを組むことはなかった。「僕自身のバケットリスト(=死ぬまでにやりたいこと)のひとつが、ナオミと働く機会を得ることだった。彼女がティーンエイジャーの時代から知っているが、一度もタッグを組む機会を得られなかった」と告白する。

さらに、近年新たに開拓されつつある「物語の大半が、主人公単独で展開する」というジャンルに興味を抱いていたそうだ。

「そんな作品の成功例として『オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分』がある。僕自身、歳を重ねたことで、そのような映画を作るとなれば(精神的、肉体的にも)大きな負担になるんだ。でも、そういった挑戦は、フィルムメイカーとしてとても魅力的なこと。それと、新型コロナウイルスで感情が塞ぎ込んでいた。カナダ・オンタリオ州のきれいな場所で撮影ができたことは、ある意味、解毒剤のようなものだった」

ノイス監督には4人の子どもがいる。子どもの考え方、価値観を理解できているのだろうか……。過去に何度も不安になったという。その思いも、製作の理由のひとつになっている。

「The Desperate Hour(原題)」
「The Desperate Hour(原題)」
「The Desperate Hour(原題)」
「The Desperate Hour(原題)」

今作は、エイミー役のワッツの“演技の比重”が大きい。そのため、脚本の内容、監督のアプローチ次第では、映画のテイストがガラッと変わってしまうだろう。脚本家のクリス・スパーリングとは、どのようにコラボしたのだろう。

「脚本を渡された時は、(草稿ではなく)最終稿だった。監督としての契約を交わしてから、4週間後には既に撮影を行っていた。クリスは、現場でラッシュ(=撮影の状態を確認するために用いる、音声の入っていない未編集プリント)を見てくれていた。そのラッシュにコメントしてくれたり、これから撮影するシーンの脚本を調整してくれたこともあった。彼とは、かなりオープンなコラボだったよ」

しかし、ある問題も生じたという。

「もしも主人公に何か問題が起きたとしたら、大抵の映画であれば、他の俳優にカットを移せば良い。だが、今作は、主人公がひとりきりで身体的ダメージを受けるような行動をとり、数マイルもずっと動いているシーンがある。ナオミには、精神的にも、身体的にも多くの負担があったはずだ。でも完璧なナオミは、そんな身体的な能力の低下も利用しながら演じてくれていた。僕らは、そんな彼女の演技に合わせ、時系列に沿って撮影していたんだ」

ワッツには、撮影前から毎日ランニングの習慣をつけてもらったそう。現場では身体に負荷のかかる要求をこなし、筋肉痛になっていたはずだ。しかし、ワッツは文句をひとつも言わず。その姿勢にプロ意識を感じたそうだ。

「The Desperate Hour(原題)」
「The Desperate Hour(原題)」
「The Desperate Hour(原題)」
「The Desperate Hour(原題)」

常に動いた状態での撮影となったため、ワッツの衣装担当やメイクアップのスタッフも、それに帯同しながら移動しなければならない。実際の現場は、どのようなものだったのだろう。

「カメラのオペレーター、AD、ディレクター、さらにエイミーと電話で話すことになる人物を演じた俳優、メイクアップ 、サウンドの人々などがいた。彼らを乗せた7台の電気自動車が、音を立てずに、ナオミの前を走りながら移動をしていたんだ。もうひとつのツールとして利用したのが、頭上から撮影するドローン。これは、10年前には利用することができなかった。以前は、ヘリコプターを利用して撮影していたため、とてもお金がかかっていた。今作では、カナダのBest buy(家電量販店)で購入したドローンで素晴らしい撮影ができたんだ。現場では、森林の奥に走っていくナオミについていくために、グリップ担当者が運転するトレイルバイク(悪路に強い小型バイク)の後ろにカメラを付けて撮影も行っている。これは、ベストな発明だったよ。さらに(移動ができる)クレーンにカメラつけて撮影した。ナオミを追っている車の走行音が、声のレコーディングの邪魔にならないように気をつけていたんだ」

「The Desperate Hour(原題)」
「The Desperate Hour(原題)」

息子ノアの学校では、銃乱射事件が起きる。フロリダ州パークランドでの「マージョリー・ストーンマン・ダグラス高校銃乱射事件」では、生徒たちが雄弁に銃の規制について語っていたことが記憶に新しい。ノイス監督は、アメリカの銃規制については、どのような意見を持っているのだろうか。

「確かにアメリカにとってのひどい問題だ。しかし、僕はアメリカだけの問題ではないと思う。オーストラリアでも銃の乱射事件はあった。しかし、すぐに銃規制が入り、ライセンスを定期的に更新しなければ、銃器を手に入れられなくなった。でも、そんな政府の決断が最終的な答えではないし、僕らはそれを我慢する必要もない。もっと厳しい要求もできるはずだ。もちろん、この映画だけで、100年以上も続くアメリカの銃問題を解決できると思わない。だが、銃乱射事件を防ぐために、何らかの役割を果たしているのかもしれないね」

筆者紹介

細木信宏のコラム

細木信宏(ほそき・のぶひろ)。アメリカで映画を学ぶことを決意し渡米。フィルムスクールを卒業した後、テレビ東京ニューヨーク支社の番組「モーニングサテライト」のアシスタントとして働く。だが映画への想いが諦めきれず、アメリカ国内のプレス枠で現地の人々と共に15年間取材をしながら、日本の映画サイトに記事を寄稿している。またアメリカの友人とともに、英語の映画サイト「Cinema Daily US」を立ち上げた。

Website:https://ameblo.jp/nobuhosoki/

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