コラム:映画館では見られない傑作・配信中! - 第8回

2019年12月4日更新

映画館では見られない傑作・配信中!

主人公は“歩く手首” 感性と知性を刺激し続けるアヌシー最高賞の傑作アニメ「失くした体」

映画評論家・プロデューサーの江戸木純氏が、今や商業的にも批評的にも絶対に無視できない存在となった配信映像作品にスポットを当ててご紹介します!

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巷では配信と映画館の垣根を越えるNetflixの超大作、マーティン・スコセッシ監督最新作「アイリッシュマン」が話題だし、全国のシネコンでは「アナと雪の女王2」が正月映画のトップランナーとして独走中だが、Netflixでは11月29日に地味ながらちょっと見逃せない、今年話題のアート系アニメーションの傑作が配信開始された(一部劇場でも公開中)。

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今年のカンヌ国際映画祭で批評家週間グランプリ、アヌシー国際アニメーション映画祭で最高賞のクリスタル賞と観客賞を受賞したジェレミー・クラパン監督の「失くした体」がその作品。「アメリ」「天才スピヴェット」「今さら言えない小さな秘密」などの脚本を書いたギョーム・ローランの原作を、ローランとクラパンが共同で脚色したこのちょっと変わったテイストのアニメーションの主人公はなんと、切断された歩く右手首だ。

研究所から逃げ出した手首がパリの街をさまよい、さまざまな試練を乗り越えながら持ち主のもとへ向かうスリリングな冒険と同時に、手首の持ち主だった青年が体験した家族との思い出やある悲劇、青春の苦悩や切ない恋心などがカットバックで語られていく。

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“歩く手首”というのは、19世紀に書かれたモーパッサンの「」をはじめ、欧米の小説やホラー映画では古くから扱われてきた怪異のモチーフ。有名なところでは「アダムス・ファミリー」シリーズに登場するハンドくん(THE THING)というキャラクターがあるし、イギリスのアミカス・プロが製作したホラー映画「スクリーミング 夜歩く手首」(1973・未)や、オリヴァー・ストーン監督の初期作品「キラーハンド」(81)という作品もある。それらの多くは、見た目の異常性や恐怖感とともに、そのありえない存在の中に憎悪や怨念が込められていることが多かった。

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だが、この「失くした体」では、歩く手首は人間の持つ“可能性”“能力”、ひいてはそれが持ち主の“未来”までも象徴している。一人の青年の人生のなかで、さまざまなことを成し遂げてきた手。だが、その持ち主はそれを失うまでその重要性に気づかず、何事にも不注意な日々を送り続ける。一方、体から引き離されてしまった手首は、それを失い人生を諦めてしまった持ち主のもとへ、想像を絶する危険を乗り越えて歩いていく。不幸な過去はあるにせよ、無責任で身勝手な行動ばかりとる手首の持ち主には好感が持てないし、まったく感情移入できないのだが、手首の一途な奮闘は見ていて応援せざるを得なくなっていく。エンタテインメントにはほとんど寄せず、見る者の感性と知性を刺激し続け、人生の現在、過去、未来、人間関係の前後左右を再確認させるダークでビターな青春ドラマ。切なくも微かな希望に満ちたラストの幕切れもスマートだ。

アニメーションという表現手段を最大限に駆使して、ぐいぐい引き込んでいく演出が見事。ディズニーとも、日本製のアニメとも一味も二味も違う、こうした作品が簡単に見ることができるのはとても貴重だ。11月上旬に本国でも正式な劇場公開が始まったばかりのこの作品の獲得と早期配信は、アニメーションに力を入れるNetflixならではの快挙といえるだろう。

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従来なら、こうした作品は良質ではあっても商業的には難しいと判断され、劇場公開されたとしても小規模で終わり、レンタルビデオ店の棚にもほとんど並ばなかったはずだ。それが配信時代の到来によって、全国同時、それも簡単に見ることができ、また世界各国で見られているというのは本当に凄いことだといえる。

配信によって無限に広がっているクリエイティブの可能性は、マーティン・スコセッシ級のビッグネームのためだけでなく、アニメーション、実写を問わずすべての才能に開かれている。

筆者紹介

江戸木純のコラム

江戸木純(えどき・じゅん)。1962年東京生まれ。映画評論家、プロデューサー。執筆の傍ら「ムトゥ 踊るマハラジャ」「ロッタちゃん はじめてのおつかい」「処刑人」など既存の配給会社が扱わない知られざる映画を配給。「王様の漢方」「丹下左膳・百万両の壺」では製作、脚本を手掛けた。著書に「龍教聖典・世界ブルース・リー宣言」などがある。「週刊現代」「VOGUE JAPAN」に連載中。

Twitter:@EdokiJun/Website:http://www.eden-entertainment.jp/

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