石井岳龍
福岡出身。日本大学芸術学部に入学し、学生による自主映画グループ「狂映舎」を設立。初監督作「高校大パニック」(76)は、2年後に日活の製作で劇場用にリメイクされる。卒業制作「狂い咲きサンダーロード」(80)が東映によって劇場公開され、インディーズ界の旗手として名を馳せる。「爆裂都市 Burst City」(82)や「逆噴射家族」(84)は海外でも高く評価された。しばらくの間、ミュージックビデオや短編映画を制作し、94年に10年ぶりの長編映画「エンジェル・ダスト」を完成させる。「五条霊戦記 GOJOE」(00)では牛若丸と弁慶の物語を、CGを駆使したアクション大作に仕上げた。11年、石井聰亙から石井岳龍に改名し、「生きてるものはいないのか」を発表。その他の長編作品に「水の中の八月」(95)、「ユメノ銀河」(97)など。06年から神戸芸術工科大学で教鞭をふるう。