ドキュメンタリー映画「六つの顔」公開記念で犬童一心監督と野村萬斎がトーク
2025年8月5日 18:00

人間国宝の狂言師・野村万作を追った、犬童一心監督のドキュメンタリー映画「六つの顔」が、8月22日からシネスイッチ銀座、テアトル新宿、YEBISU GARDEN CINEMAほかで全国順次公開されるのを記念して、東京の目黒シネマで犬童監督の特集上映を開催。初日の8月3日に犬童監督と野村萬斎によるトークイベントが行われた。
特集上映では、2000年代のユースカルチャーを熱狂させた「ジョゼと虎と魚たち」、「六つの顔」でナレーションを担当しているオダギリジョー主演の「メゾン・ド・ヒミコ」、大ヒット中の映画「国宝」での人間国宝役も話題のダンサー・舞踊家の田中泯を追った映画「名付けようのない踊り」、野村萬斎主演で大ヒットを記録した戦国エンタテインメント超大作「のぼうの城」が上映された。

当時、「陰陽師II」以来の映画出演だった萬斎は「撮影中はとにかく犬童さんと(共同監督の)樋口(真嗣)さんが喜んでくださるのが楽しくて」と撮影現場を述懐。「のぼうの城」の見どころの一つ「田楽踊り」について、犬童監督は萬斎に振り付けや歌詞を相談して作ってもらったといい、萬斎は「田楽踊りは、資料はあっても誰も見たことがないし、伝承として途絶えていて、最初にご用意いただいたものも、どうもそれではないような気がして。田楽踊りを吸収したのが能楽なので、我々の方が近似値があるし、発想が色々できるのではないかなと思ったんです。田楽踊りは収穫を祈るものであり、(劇中で)二万の大群の前で踊って惹きつけなければいけないので、それなら下ネタしかないよねと。男と女が交配するようなポーズを入れました」と創作秘話を明かした。
萬斎から、カットをかけた瞬間に度々犬童監督が大笑いしていたという現場でのエピソードが語られると、犬童監督は「萬斎さんは、想像を超えた演技をやってくるので、(笑いを)耐えられなくなってくることが多いんです。よくこんなことを平気でやるなとか、やれる身体を持っているなとか。他の俳優さんとは違う領域。それを見ていると、めちゃくちゃ楽しくて」と褒め、それに対して萬斎は「普通の人じゃないっていうことを、心がけたんですね。主演じゃなければ、ちょっと控えなきゃいけないかもしれませんが、主演なので何でもやる。ダメなら何か言われるし、と。例えばこういうことをしてみたり…」と話し、急に舞台上から段下にジャンプ。急な出来事に会場がどっと湧くと、犬童監督も驚きながら「今やったことを1カットずつやっていくみたいな。すごい楽しくて、ずっと撮っていたいなと思ったんです」と振り返った。

トーク中盤、「六つの顔」についての話になり、萬斎との出会いをきっかけに、狂言にもはまっていったという犬童監督は「(『のぼうの城』の)撮影前に、萬斎さんに誘われたんです。すごい面白いことをやってるんだなって。それに千駄ヶ谷の能楽堂が、良い場所なんです。特別な場所。それまで映画に出てくる、能や狂言から借りた表現は知っていましたが、生で見たら、アヴァンギャルドなことを毎日ここでやってるんだなと」とその魅力を説明。
それから能楽堂に通い、萬斎の父・万作とも交流を深めた犬童監督は、2023年に万作が文化勲章を受賞した際には、映画に残したいと万作本人より指名され、今回の映画制作が決まった。「万作先生に映画を撮りたいんだけど、作ってくれないかと言われることほど名誉なことはないですよね」と感慨深げに語った。「面白い脚本や演技だなと思ったのもあるんですけど、能楽堂自体がすごく面白い構造。この構造を映画でも使えるんじゃないかと思わされることがある。本舞台と橋掛りがあって、2つに分かれている舞台で、最低限の美術だけでやっていく。それを撮ってみたいという思いが強かったので、今回撮影ができて嬉しかったです」と映画化への思いを明かした。
それを聞いた萬斎は、「僕が感心するのは、犬童さんは狂言だけではなく、お能にも興味を持ってくださって嬉しかったですね。我々は狂言を営みながらも、能楽師。能の役者には負けないぞとどこか思っています。単におかしみや笑いだけではない狂言の美的感覚に反応してくださったことで、我々としては色々お任せしてもいいんだなと思えました」と犬童監督への信頼を語り、「うちの親父がすごくうらやましい。(『のぼうの城』で)ご縁をいただいて、一つの結果がここに集約しているのかなと。僕らの世界観を面白がっていただいたので、きっと面白くなるなと。我々の世界を知らない人に撮ってもらうより、信頼できる方に撮っていただきたいなというのが父の本心だったと思います」と父の思いを代弁した。

犬童監督は、小津安二郎監督の六代目尾上菊五郎を追ったドキュメンタリー映画「鏡獅子」のオマージュでもあるといい、「万作先生は、若い頃に菊五郎のファンだったんです。構成は、基本的に同じ。前半に万作先生と狂言を短い時間で紹介していって、後半の『川上』に全部集約される」と解説。トーク終盤、「六つの顔」の魅力について問われた萬斎は、大ヒットしている「国宝」を引き合いに「キャッチコピーをつけるなら『本物の人間国宝が見られる』ですね。『国宝』は一種のフィクションとして、女形の役者が国宝になるまで。今回は、国宝になった人がどういう生い立ちだったのかという、紛れもないノンフィクションであり、それを犬童さんが撮り、かつ『川上』という父がライフワークにしていた曲が見られるということで、結構美味しい並びだと思います」とアピールした。
そして最後、萬斎は「90歳を超えた父の体力と気力と全てが最高位に達した部分を、犬童さんに切り取っていただいた、芸境の奇跡の映画だと思います」と語り、犬童監督は「今回の文化勲章を受賞したときに、万作先生は『川上』をやりたいとおっしゃったわけなんですけども、『川上』の物語を楽しんでもらって、作品が持っている、今回の万作先生が大事にしたテーマを皆さんに感じてもらって、広まればいいなと思います。万作先生が言っていたのは、仏様に夫婦愛が克った。そういうことが今、大事なんじゃないかと。現代的なテーマをちゃんと持って、古典をやられているんだなと撮影しながらよくわかりました。そこを見ていただけたらなと思います」と締めくくり、大盛況のうちイベントは幕を閉じた。
関連ニュース





