「野生の島のロズ」これまでのロボット映画の定石を覆し、家族向けアニメーションの新しい地平を切り開く【ハリウッドコラムvol.358】
2024年11月7日 08:00
ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリストの小西未来氏が、ハリウッドの最新情報をお届けします。
人工知能やロボットを描いた映画は、SF映画の重要なジャンルとして長く親しまれてきた。スタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」から、「ターミネーター」「マトリックス」「A.I.」、そして近年の「her 世界でひとつの彼女」「エクスマキナ」まで、それらの作品は人類とテクノロジーの関係性について深い洞察を投げかけてきた。そして今、ChatGPTに代表される生成AIの驚異的な進化により、かつては空想の産物とされてきたそれらの物語が、にわかにリアリティを帯びてきている。
「野生の島のロズ」(日本公開:2025年2月7日)は、そんな時代に生まれた珠玉のアニメーション映画だ。ドリームワークス・アニメーションが手がけ、「リロ&スティッチ」「ヒックとドラゴン」のクリス・サンダースが監督を務めた。
人間の生活を支援するために作られたロボット「ROZZUM Unit 7134」(通称ロズ)は、激しい嵐の中で孤島に漂着する。そこで彼女を待っていたのは、警戒心むき出しの野生動物たちだった。追いかけられ、襲われ、雨に打たれる中、ロズは偶然にも雁の巣を押しつぶしてしまう。生き残った一つの卵から孵化した雛は、巨大な機械の目を見て「母親」と認識する。こうして、プログラミングにない「子育て」という課題に直面したロズの物語が始まる。
作品の魅力は、なによりもその美しい映像表現にある。「天空の城ラピュタ」のロボットを思わせるデザインに、モネやルノワールの絵画を思わせる世界観。荒々しい自然の中で苔が生えていくロズの姿は、まるで機械が自然と一体化していく様を表現しているかのよう。なお、サンダース監督は宮﨑駿作品に影響を受けていると公言しており、そのためか「野生の島のロズ」という邦題もなんだかジブリっぽい(原題は「ザ・ワイルド・ロボット」、原作小説の邦題は「野生のロボット」)。
本作は動物の子育てをまったく知らないロボットが引き起こすドタバタを中心に展開する。論理的思考しかできないロボットの子育ては、予想通り的外れな行動の連続だ。飛ぶことを教えるため雛を放り投げたり、泳ぎを覚えさせるために深い池に放り込んでみたり。ここらへんは「リロ&スティッチ」的なユーモアに満ちている。
興味深いのは、ロズが子育ての過程で自らのプログラムを書き換えていく様子だ。最初は「育てる」という命令に従っているだけだったのが、次第に「愛情」という説明のつかない感情に目覚めていく。それは彼女にとって、想定外のプログラムの進化なのかもしれない。まさに、人工知能が「人間らしさ」を獲得していく過程そのものが描かれているのだ。
なにより本作の革新性は、これまでのロボット映画の定石を覆すところにある。従来の作品では、人間とロボットの対立や共生が主要なテーマとされてきた。しかし「野生の島のロズ」は、その構図を完全に転換する。ロズが向き合うのは、純粋な野生の生き物たちだ。プログラミングされた理性と、本能のままに生きる動物たち。この、一見すると相容れない存在の交わりが、新鮮な驚きをもって描かれる。
さらに注目すべきは、本作が「傷ついた生き物との出会いと別れ」という古典的なストーリーパターン(「E.T.」とそのバリエーションだ)を、巧みにひねっている点だ。救う側であるはずのロボットが、実は最初に命を奪った張本人だったという逆説的な設定。この複雑な罪の意識と贖罪が、物語に深い陰影を与えている。
クライマックスに向けてサスペンス要素が加わり、環境破壊を含むテクノロジーの暴走がもたらす未来への警鐘も鳴らされる。正直なところてんこ盛りで、ゆうに2作は作れそうなほどのストーリーが詰め込まれている。
だが、その本質は普遍的な親子の物語にある。子育ての喜びと苦悩、別れの切なさ。それは、人工知能という存在を通じて、かえって鮮明に映し出される。
個人的に嬉しいのは、本作が原作モノとはいえ続編ではない点だ。おかげでぼくは新鮮な驚きをもってこの作品を体験することができた。映画は予備知識なしで観る方がいいに決まっている。
だが昨今のハリウッドは、興行リスクを避けるため、マーベル作品に代表されるような既存IPの続編や派生作品に注力している。その中で、ピーター・ブラウンの児童小説を原作としながらも、新規観客の開拓に挑んだ本作の姿勢は評価に値する。もちろんこの作品が大成功を収めたため、すでに続編の準備が進んでいるわけなのだが。ロズと動物たちの物語は、まだ始まったばかりなのだ。
「野生の島のロズ」は、家族向けアニメーションの新しい地平を切り開いた。それは、AIやロボットを描く作品としても、親子の物語としても、環境映画としても、これまでにない深い洞察を提供している。公開まではまだ少し時間があるけれど、ぜひ楽しみに待っていてほしいと思う。
執筆者紹介
小西未来 (こにし・みらい)
1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi
Amazonで関連商品を見る
関連ニュース
映画.com注目特集をチェック
関連コンテンツをチェック
シネマ映画.comで今すぐ見る
父親と2人で過ごした夏休みを、20年後、その時の父親と同じ年齢になった娘の視点からつづり、当時は知らなかった父親の新たな一面を見いだしていく姿を描いたヒューマンドラマ。 11歳の夏休み、思春期のソフィは、離れて暮らす31歳の父親カラムとともにトルコのひなびたリゾート地にやってきた。まぶしい太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、2人は親密な時間を過ごす。20年後、当時のカラムと同じ年齢になったソフィは、その時に撮影した懐かしい映像を振り返り、大好きだった父との記憶をよみがえらてゆく。 テレビドラマ「ノーマル・ピープル」でブレイクしたポール・メスカルが愛情深くも繊細な父親カラムを演じ、第95回アカデミー主演男優賞にノミネート。ソフィ役はオーディションで選ばれた新人フランキー・コリオ。監督・脚本はこれが長編デビューとなる、スコットランド出身の新星シャーロット・ウェルズ。
「苦役列車」「まなみ100%」の脚本や「れいこいるか」などの監督作で知られるいまおかしんじ監督が、突然体が入れ替わってしまった男女を主人公に、セックスもジェンダーも超えた恋の形をユーモラスにつづった奇想天外なラブストーリー。 39歳の小説家・辺見たかしと24歳の美容師・横澤サトミは、街で衝突して一緒に階段から転げ落ちたことをきっかけに、体が入れ替わってしまう。お互いになりきってそれぞれの生活を送り始める2人だったが、たかしの妻・由莉奈には別の男の影があり、レズビアンのサトミは同棲中の真紀から男の恋人ができたことを理由に別れを告げられる。たかしとサトミはお互いの人生を好転させるため、周囲の人々を巻き込みながら奮闘を続けるが……。 小説家たかしを小出恵介、たかしと体が入れ替わってしまう美容師サトミをグラビアアイドルの風吹ケイ、たかしの妻・由莉奈を新藤まなみ、たかしとサトミを見守るゲイのバー店主を田中幸太朗が演じた。
ギリシャ・クレタ島のリゾート地を舞台に、10代の少女たちの友情や恋愛やセックスが絡み合う夏休みをいきいきと描いた青春ドラマ。 タラ、スカイ、エムの親友3人組は卒業旅行の締めくくりとして、パーティが盛んなクレタ島のリゾート地マリアへやって来る。3人の中で自分だけがバージンのタラはこの地で初体験を果たすべく焦りを募らせるが、スカイとエムはお節介な混乱を招いてばかり。バーやナイトクラブが立ち並ぶ雑踏を、酒に酔ってひとりさまようタラ。やがて彼女はホテルの隣室の青年たちと出会い、思い出に残る夏の日々への期待を抱くが……。 主人公タラ役に、ドラマ「ヴァンパイア・アカデミー」のミア・マッケンナ=ブルース。「SCRAPPER スクラッパー」などの作品で撮影監督として活躍してきたモリー・マニング・ウォーカーが長編初監督・脚本を手がけ、2023年・第76回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリをはじめ世界各地の映画祭で高く評価された。
文豪・谷崎潤一郎が同性愛や不倫に溺れる男女の破滅的な情愛を赤裸々につづった長編小説「卍」を、現代に舞台を置き換えて登場人物の性別を逆にするなど大胆なアレンジを加えて映画化。 画家になる夢を諦めきれず、サラリーマンを辞めて美術学校に通う園田。家庭では弁護士の妻・弥生が生計を支えていた。そんな中、園田は学校で見かけた美しい青年・光を目で追うようになり、デッサンのモデルとして自宅に招く。園田と光は自然に体を重ね、その後も逢瀬を繰り返していく。弥生からの誘いを断って光との情事に溺れる園田だったが、光には香織という婚約者がいることが発覚し……。 「クロガラス0」の中﨑絵梨奈が弥生役を体当たりで演じ、「ヘタな二人の恋の話」の鈴木志遠、「モダンかアナーキー」の門間航が共演。監督・脚本は「家政夫のミタゾノ」「孤独のグルメ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭。
奔放な美少女に翻弄される男の姿をつづった谷崎潤一郎の長編小説「痴人の愛」を、現代に舞台を置き換えて主人公ふたりの性別を逆転させるなど大胆なアレンジを加えて映画化。 教師のなおみは、捨て猫のように道端に座り込んでいた青年ゆずるを放っておくことができず、広い家に引っ越して一緒に暮らし始める。ゆずるとの間に体の関係はなく、なおみは彼の成長を見守るだけのはずだった。しかし、ゆずるの自由奔放な行動に振り回されるうちに、その蠱惑的な魅力の虜になっていき……。 2022年の映画「鍵」でも谷崎作品のヒロインを務めた桝田幸希が主人公なおみ、「ロストサマー」「ブルーイマジン」の林裕太がゆずるを演じ、「青春ジャック 止められるか、俺たちを2」の碧木愛莉、「きのう生まれたわけじゃない」の守屋文雄が共演。「家政夫のミタゾノ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭が監督・脚本を担当。
内容のあまりの過激さに世界各国で上映の際に多くのシーンがカット、ないしは上映そのものが禁止されるなど物議をかもしたセルビア製ゴアスリラー。元ポルノ男優のミロシュは、怪しげな大作ポルノ映画への出演を依頼され、高額なギャラにひかれて話を引き受ける。ある豪邸につれていかれ、そこに現れたビクミルと名乗る謎の男から「大金持ちのクライアントの嗜好を満たす芸術的なポルノ映画が撮りたい」と諭されたミロシュは、具体的な内容の説明も聞かぬうちに契約書にサインしてしまうが……。日本では2012年にノーカット版で劇場公開。2022年には4Kデジタルリマスター化&無修正の「4Kリマスター完全版」で公開。※本作品はHD画質での配信となります。予め、ご了承くださいませ。