「オタール・イオセリアーニ映画祭」トビリシ内戦を映した日本初公開作「唯一、ゲオルギア」の本編映像、場面写真
2023年2月17日 17:00
名匠オタール・イオセリアーニの劇場初公開作品を含む全監督作21本をデジタル・リマスター版で上映する、「オタール・イオセリアーニ映画祭 ジョージア、そしてパリ」。このほど、日本劇場初公開のドキュメンタリー三部作「唯一、ゲオルギア」の本編映像と場面写真が公開された。「ロシア近隣国の日常である」とナレーションが説明する、トビリシ内戦の映像だ。
ジョージア(旧ソビエト連邦グルジア共和国)で生まれたイオセリアーニ監督は、映画製作を行うも上映禁止など制限を受け、故郷を離れパリへと移り住んだ経歴をもつ。カンヌ、ベネチア、ベルリンなどで数々の賞を受賞しており、日本でも「月曜日に乾杯!」や「皆さま、ごきげんよう」などのヒットで熱狂的なファンが多い。
「唯一、ゲオルギア」は、ソ連が崩壊に向かうことで政治的な混迷を深め、ソ連の構成国だったジョージア(ゲオルギア)では内戦が勃発。祖国がなくなるかもしれないという思いを抱いたイオセリアーニが、映像資料を用いてジョージアの歴史や文化など過去を振り返り、現在を検証した3部構成の長編ドキュメントだ。
公開された映像では、ジョージアの自然豊かな木や川、森林の映像からはじまり、突然銃撃や爆発音が響きわたる。すると、広大な敷地や街中などでの銃撃戦の映像に切り替わり、戦車も登場。街中で行われる銃撃戦、建物に残る銃弾のあと、戦禍の残る街並みが映し出される。これらは1991年に勃発したトビリシ内戦で、「この光景はロシア近隣国の日常でもある。大国の政治家が力と領土に固執した結果だ」というナレーションが流れ、ジョージアを中心とした世界地図を映す。
また、コーカサス史研究を専門とする東京都立大学人文社会学部教授前田弘毅氏による解説(パンフレットより一部抜粋)が公開された。「オタール・イオセリアーニ映画祭 ジョージア、そしてパリ」は、ヒューマントラストシネマ有楽町、シアター・イメージフォーラムで開催中。
「唯一、ゲオルギア」は希有な映像作品である。歴史を題材にし、時にショッキングな戦火の映像も織り交ぜた名作ドキュメンタリーは少なくない。しかし、中世の吟遊詩人さながらに叙情を讃えた映像と音楽の魔術師が、ジョージア(グルジア)の至宝ともいうべき20世紀ジョージア映画の名作の数々をコラージュして、故国の歴史を一つの歴史記録映画をまとめ上げた。そして、編集が修了した1994年1月に向けて、いつものユーモアに溢れる語り口は影を潜めて、映像は悲壮感を増し、まさに滅亡の縁に瀕した祖国の惨状に怒りをぶつけつつ、故国の美しさと芸術文化に救いを求めようとする。そこには普段のイオセリアーニ映画では控えめな、ジョージアの知識人階層に育まれたオタール・イオセリアーニのまさしく「国士」としての矜恃と責任感が見て取れる。そこには強烈な政治的メッセージも込められていた。ここにはフィクションとノンフィクションを超えた、そして過酷な現実を捉えたまさに奇蹟ともいえる(セミ)ドキュメンタリー映画である。ソ連崩壊から30年を経て、やはり旧ソ連のウクライナで凄惨な戦闘が継続している今、当時の歴史を識るためにも必見の映画である。
映画の制作から30年を経て、ジョージア社会は大きく変貌した。それは白黒映画から鮮やかなカラーフィルムへの変化に等しい。しかし、この映画を見て、はじめてトビリシを訪れた1995年9月の戦争直後の荒寥とした同国の佇まいを鮮明に思い出し、楽土ジョージアの地の底に吸い込まれるような暗い情景もまた想い起こした。文明の十字路としてのジョージアは常に大帝国の征服に遭い、周辺国からの難民で溢れた。持ち前の豊かさと明るさで乗り切るも、日本では考えられないような悲劇的な歴史を繰り返してきたことをあらためて噛みしめる。「真のジョージア」を探すには複雑で時には辛い旅路を経なければならない。
皮肉屋で少し怒りっぽく、時にはコミカルで少し暴力的なイオセリアーニ、常に絶望せずに不思議に生きる力に溢れている。常に楽観的な彼はジョージアを救わなければヨーロッパの未来はないと訴えているようだ。ウクライナにロシアが侵攻して約1年、これほど響くメッセージはない。この映画の映し出す現実は実は現在進行形でアクチュアリティを失っていない。
ウクライナが戦火に包まれている2023年現在、この映画を刮目して見なければならない。
「落葉」
「歌うつぐみがおりました」
「田園詩」
「月の寵児たち」※劇場初公開
「そして光ありき」※劇場初公開
「蝶採り」
「群盗、第七章」
「素敵な歌と舟はゆく」
「月曜日に乾杯!」
「ここに幸あり」
「汽車はふたたび故郷へ」
「皆さま、ごきげんよう」
「唯一、ゲオルギア」(3部作)※劇場初公開