【川村元気 誰も知らない100の企み/連載第3回】平瀬謙太朗×今村圭佑×伊賀大介 映画好きならではの共犯関係
2022年9月8日 12:00
「電車男」に始まり、「告白」「悪人」「モテキ」「おおかみこどもの雨と雪」「君の名は。」「怒り」「天気の子」など、これまで40本の映画を手がけてきた川村元気氏は、映画業界ならずとも、クリエィティブな仕事に従事する人々にとって無視することができない存在といえるでしょう。今年、映画プロデューサーのほかに小説家、脚本家、絵本作家など、実に多くの顔を持つ川村氏に、「映画監督」という肩書きが新たに加わりました。
自らの祖母が認知症になったことをきっかけに、人間の記憶の謎に挑んだ自著「百花」の映画化に際し、なぜ監督を務めようと思ったのか。激務をこなす川村氏にとって、仕事というカテゴリーにおける効率、非効率の線引きはどこにあるのか。
この連載では、本人のロングインタビューはもちろん、川村氏の“ブレイン”ともいえる仕事仲間や関係者からの証言集などを通して、全7回で「川村元気」を紐解きます。映画人としてのキャリアをスタートさせてから「百花」に至るまでを構成する、100の企みに迫っていきます。
第3回は、「百花」製作で苦楽を共にした脚本・平瀬謙太朗氏、撮影・今村圭佑氏、衣装・伊賀大介氏が代弁者となり、川村氏の飾らない日常風景を掬い取ってくれました。
■川村元気と横浜スタジアムと生ビール!?
今回登場する3人は、川村氏との交流はそれなりに長きにわたり、中でも伊賀氏は「モテキ」の現場で対峙してから12年が経過したと述懐しています。平瀬氏は、東京藝術大学の佐藤雅彦教授、同期生、川村氏と共同で監督をした短編映画「どちらを」で、第71回カンヌ国際映画祭のレッドカーペットを共に歩きました。そして今村氏は、川村氏が演出を担当するMVの撮影をオファーされたのが出会いのきっかけだったといいます。それぞれに、どのような印象を抱いていたのか聞いてみました。
伊賀:最初は「これがあの川村元気か!」って感じ(笑)。売り出し中のプロデューサーだし、マーケティングに長けたリアリストなのかなと思ったら「なんだ、俺とたいして変わらない映画ファンじゃないか!」と。スカしてんのかなーと思っていたら、全然そんなことなく。
年齢が近いということもあり、基本的には友だちみたいな。みんな映画が大好きなので、ポール・トーマス・アンダーソンの新作観た? とか、あそこの名画座で川島雄三やってるよ! とか、そんな話ばっかり(笑)。今回は、映画好きのヤツらが集まって、大真面目に映画を作ったという表現が適切かもしれませんね。
平瀬:僕は、もう6年くらい前ですが、もともと一緒に活動している佐藤教授と川村さんが対談する機会があって、それがきっかけで「どちらを」を作ることになったのが出会いです。衣装として伊賀さんも参加してくださっていて、幸いにもカンヌにも呼んでいただきました。その後も交流が続いていて、小説「百花」を映画化する話が動き出した時に、一緒に映画にしてみないか、と声をかけて頂いて今に至ります。
今村:6~7年前でしたが、川村さんがMVの監督をされるというので声をかけてもらいました。実は、川村さんのプロデュース作品ってやったことがなくて、ご一緒するのはMV、CM、短編など監督作品ばかり。業界の皆さんが思う川村プロデューサーとは違う印象なんですよ。仕事とは別に、川村さんとは一緒に野球を観に行く間柄なんです。
伊賀:みんなでハマスタ(横浜スタジアム)へ行って観戦しながらビールを飲む会があるんです。今村くんはどうかしちゃっている程のヤクルトファン。川村さんはベイスターズファンだけど、勝敗で仕事のパフォーマンスが変わるタイプではない(笑)。
平瀬:僕が出会ったのは「君の名は。」の大ヒット後だったので、割と今の川村さんに近いというか、もうプロデューサーとして完成形になっていたと思います。人からは「結構、強引な人だ」と聞いていたのですが、お会いしてみたらすごく柔軟な方でビックリしました。会う前は、怖い人だと思っていましたから(笑)。
伊賀:まあ、現場ではそういう一面もあるんじゃないですか。出る杭は打たれるっつーか。男は家を出たら七人の敵が、的な。まあ、嫉妬されるくらいじゃないと、良い仕事はできません。
■変な色彩設計の映画「エレファント」を全員で見てディスカッション
伊賀:色彩を分かりやすくしようというアイデアは、初期段階から決まっていました。この面々で集まって、「エレファント」(ガス・バン・サント監督)を見たんです。主人公が黄色いTシャツを着ているし、1カット風に作られていますよね。パッケージのインパクトがあるから覚えていて、みんな「主人公が黄色だよね」なんて言いながら見直してみたら、ものすごく変な色彩設計の映画なんですよ。壁に黄色が入っていたり、“ここから危ないよ”みたいなところには赤のラックが付いていたり、絶対に意図的にやっている。そういう要素をディスカッションしながら作り込んでいったんです。
それと、この作品が海外でどう観てもらえるのか? という課題もありました。欧米の人からすると、アジア人俳優のキャラクター造形をリアルにつくり込み過ぎて、似たようなカラーチャートにし過ぎると分かりづらくなると意見を聞いていたんです。
川村さんも僕もアニメ作品の仕事をしますが、アニメのキャラクターデザインって基本的にひとりなので、顔がそんなに変わらないんですよね。例えばルパン三世は赤のジャケットが定番だから本編2時間、ずっと同じ服を着ていても「いつルパンは着替えたんだ?」とか思わない(笑)。
そのアニメーションの仕事の原理を、今回は実写に持ち込もうと。着ているものは特別なものじゃなく、百合子の黄色い服も、彼女が住んでいそうなところで売っているもので、高価なものは特にないです。ただ、色の使い方のルールを今回は振り切りました。
今村:衣装合わせ、凄かったですよね。菅田君の時はズラッと紫、原田さんの時は黄色ばっかり。そういう話を聞いていたから重要度も理解していたし、普段からもちろんやっていますが、今回は衣装ごとにグレーディング(撮影後に映像の階調と色調を整える画像加工処理)しました。撮影の状況によって色が変わって見えちゃうことはあるので、なるべく選んだものが損なわれないように注意してやりました。
■目の前で原作を解体 川村元気はなぜか嬉しそう
今村:基本的に1カットで撮影しているので、一面的に撮っていくしかないんですよね。なるべくカメラワークしない、というのが意図としてはありました。後ろ姿を撮るシーンでは、その人物の顔を見せるには回り込まなくちゃいけない。それは、この映画のイメージするカメラワークではない。表情が見えない、バックショットから“顔が見える”という見せ方が、今回の作品は良かったんじゃないですかね。
平瀬:原作はある程度の長さがあるので、映画にするには4割くらい切らないといけませんでした。一度、客観的に全体を見てみようということで、原作で起こる全ての出来事をカードにして机に並べていったんです。
映画のためにも、原作者・川村元気に遠慮するのはやめようと思っていて。川村さんのお気に入りのシーンでも、「いらないです」「分かり難いです」と自由に整理していって。川村さんは「ズタズタだなあ」と、なぜか嬉しそうでした。あと、原作と映画では少しラストが違うのですが、そういったアイデアも、この作業の中で見えてきたことかもしれません。
今村:僕は撮影が終わるまで、あえて原作を読まなかったんです。アップ後に読んだら、「こんな話だったのか!」と驚きました。捉え方が微妙に違うところが面白いですね。これは確かに、自分では触れないでしょうね。
伊賀:いつも人の脚本をズタズタにしている側だからねえ(笑)。ただ、平瀬くんはほとんど現場にいたよね。脚本家が毎日、隣にいてくれたら監督は安心するよね。
今村:ロケハンの時に、僕が当初もらっていた撮影稿から微妙なところが削がれていたんです。1カットに適していないと感じた部分が軒並みなくなっていたりして、その削る作業は英断だったんじゃないですか。
平瀬:カットを割らないという川村さんの強い意志があったので、ロケハンをしながら現場に合わせて脚本を直し続けました。もっというと、役者がその場に立って動いてみないと分からない。
本来は画コンテを丁寧に切るタイプなんですが、この映画では毎朝、現場に向かう車内で川村さんとその日に撮る部分をシミュレーションして、着いたら今村さんに相談。その後、役者がどう演じるかを見ながら、その場でまた直していく。脚本通り、決められたものを撮っていけばいいという現場ではありませんでしたね。
■俳優にカメラワークさせられているという感覚
今村:俳優が確実に大変だっただけに、試写ではカメラのちょっとした動き、フレーミングが気になって仕方がなかった。後悔ではないけれど、普段よりも「こうすれば良かった」と感じることが多々ありました。
カメラワークって、俳優の感情がたかまっていくとカメラが寄っていく……みたいなことをやりがち。でも、今回はなかった。カメラワークがないんです。俳優にカメラワークさせられているという感覚を、完成した作品で感じ取りました。
■監督は編集段階でまた違う監督になるべき
伊賀:最近の映画って洋邦問わず、長すぎると思うんです。僕は108分くらいの映画が体感として好きで。「百花」は1カットだし、撮れ高的には削りようがないはずなのに、試写で観たら撮っているはずのものが全然なくて(笑)。
監督は、編集に入ったらまた違う監督になるべきだと思う。現場は現場、編集では別の次元で見るべきではないかと。だから、映画が良くなるためならば、現場で粘ったシーンとかはっきりいってどうでもいいと、個人的には思っていて。
そんな中で、この「百花」は、削ぎ落さなければいけない部分を見事に切ったな、と。試写で観ていて、その編集の感覚が物凄く腑に落ちたので、川村監督、やりやがったなあ!! と感心しました。すごく冷静な視線で編集がなされたなと。最終的に映画が良ければ全て笑い話になるし、スタッフみんなが幸せになります。僕も、自分が用意した衣装が映っていなくても全然構いませんから。
■川村元気は少し黙って、ひと言「いや、信じる」
平瀬:僕が嬉しかったのは、諏訪湖の撮影でのこと。湖の中に入っていく母・百合子(原田)を息子の泉(菅田)が止めようとするシーンで、なかなかOKがでなくて何テイクも重ねていたんですけど。服が濡れるから1テイクごとにふたりとも着替え直さないといけないのですが、百合子は伊賀さんが用意してくださった綺麗な浴衣なので、着替えだけでも大変。長いシーンだったし、もう夜中だし、スタッフも俳優も全員ヘトヘト。今村さんもふたりの動きに合わせてカメラを担いで湖の中に入って行くので、もう命を削って撮っているような感じで。
ただ、実はこのシーン、2テイク目に結構良いのが撮れていたんです。確かに最高ではなかったけれど、明らかに十分なものが撮れていました。僕は、1テイクごとにみんながボロボロになっていくのを見ていたし、何より、そんな中でリテイクを要求し続けないといけない川村さんの苦しみにも気づいていたので「2テイク目、良かったですけどね」と言ってみたんです。それを言うとしたら、自分の役割だな、と思って。
でも川村さんは少し黙って、ひと言「いや、信じる」。それは俳優のこと、スタッフのこと、もしかしたら自分のこともかもしれない。映画プロデューサーの川村元気はクールでクレバーな人物なんですが、その時は監督・川村元気がそこにいて、嬉しかったし、感動しました。結果、最後の10テイク目で、全員がこれしかないと思える凄く良いものが撮れて。あれは監督としての川村さんが生み出した、良いシーンだったと思います。
■自分が監督のときは凄く分かり難いことをやるんだな…
今村:僕は監督としての顔しか知らないわけですが、1シーン1カットでと聞いた時は「自分が監督のときは凄く分かり難いことをやるんだな」と思いました(全員爆笑)。
プロデューサーが監督をしているという印象は全くなかったし、むしろこだわりが強かったです。撮影のこと、美術のことも精通していて僕は面白かった。そこを細かく見る監督って意外と少ないんですよね。
伊賀:毎日現場にいることにウケた(笑)。あれだけ現場に行くのが嫌だって、公言しているじゃないですか。今回は監督として最後まで全て面倒を見なくちゃいけないから、毎日ため息をついていたんじゃないかと(笑)。
ただ、監督が腹を据えてマジで取り組んでいることは、現場にいる誰もが分かっていたと思う。年齢が近いから良いってものでもないけれど、衣装部に限らず、色々な部署同士が気兼ねしないで意見を言い合える関係だったというのは、かなりやりやすかったです。
平瀬:粘り強かったですよね。編集もご一緒させて頂いたのですが、編集室に夕方入って、結局、翌朝までということが何度もありました。ガッツが凄かった。
今村:僕はもともと人間臭い人だと思っていたんですよ。むしろ、そういう側面ばかり見ているかもしれません。“一緒に野球観戦に行くおじさん”みたいな(笑)。周囲から「川村元気の映画やったらしいじゃん! どうせ、すかしているんだろう?」みたいに言われることもありますが、そんな風に思われていたんだなあ~って意外でしたね。
平瀬:確かに、僕も「川村元気の映画、やったんだって?」とは言われます(笑)。
■モニターを見ながらボロボロ泣く人間臭さ
伊賀:男の嫉妬っていうのは面倒臭い(笑)。彼はとにかく、人にまつわるモノが好きなんですよね。そして映画愛はもちろんだけど、エンタメが好き。僕らが野球とか演劇とかライブを観に行くのも、なにがしかのプロがお客からお金をもらって、それを表現で還元しているという状態が好きなんです。
平瀬:僕がビックリしたのは、床に散乱した百合子の“忘れたくないこと”のメモを、泉が拾っているうちに泣き、嗚咽してしまうシーン。やはり最高のテイクを求めて20テイク以上重ねたんですが、その末に菅田さんから渾身のお芝居が出て、「今のは良かったぞ!」と思って横にいる川村さんを見たら、モニターを見ながらボロボロ泣いているんですよ。
泉になのか、菅田さんになのかは分からなかったけど、感動して泣いている川村さんのクシャクシャの顔を見て、なんか凄く嬉しかったですね。そういう人間臭い部分は世の中に伝わっていないかもしれませんね。
今村:あと、モニターをスマホみたいにスワイプするんですよ。「この人、ここじゃないよ!」って。モニターを触っても何も変わらないのに(笑)。
伊賀:自分がプロデューサーの作品だったら「あとから消せばいいじゃん」の一言で終わるのにね(笑)。でも、実は普通にいい人でしたっていうのも、つまらないでしょう? 両面あってこそ正常だと思うんですよ。
例えば、子どもにとって理想の父親でも、会社や取引先では嫌なやつって世の中にはたくさんいますよね。誰に対しても善人、誰に対しても悪人っていうのは、いないんじゃないかな。なので、今回の「百花」は川村元気という人間の両面が余すことなく出ているという(笑)。
年長の伊賀氏が会話の流れを牽引しながら、今村氏と平瀬氏も気後れすることなく核心を突いていく。プライベートでも交友のあるスタッフに普段見せない一面をさらけ出したことは、現場に一体感をもたらす一助となったといえるのではないでしょうか。その現場を、数多くの映画業界の先輩が訪れたといいます。次回は、川村氏が先輩たちから何を学んだのかに迫ってみようと思います。
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