「ハケンアニメ!」。アニメファンだけでなく誰もが共感できる「お仕事ムービーの傑作」誕生!【コラム/細野真宏の試写室日記】
2022年5月19日 06:00
映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)(文/細野真宏)
「ハケンアニメ!」という題名を聞くと、「派遣のアニメ?」などいろんな印象を受けると思いますが、実際は「覇権アニメ」のこと。“最も成功したアニメの称号”を意味しています。
アニメーション業界で、「覇権アニメ」となる作品を作るべく奮闘する2人の監督を軸に物語が構成されている「実写映画」です。
1人は「天才監督」と称される王子千晴(中村倫也)。
なかなか気難しくこだわりの強い監督で、8年ぶりの復帰作を手掛けます。
そして、もう1人は、王子千晴の作品「光のヨスガ」に魅せられ、アニメーション業界に転職をした斎藤瞳(吉岡里帆)。
彼女の初監督作品が、土曜夕方の有名なテレビ枠において王子千晴の8年ぶりの復帰作とぶつかり、クリエイターの威信をかけた熱い勝負が繰り広げられます。
アニメーション業界というと、以前は「狭い世界」というイメージがありました。しかし今では「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」を筆頭に、日本の歴代映画興行収入ランキングにおいて「ベスト15位のうち9作品がアニメーション映画」であるなど、日本の映画業界はアニメーション映画が圧倒的な存在となっています。
しかも、その9作品中「アナと雪の女王」だけが洋画で、“8作品が国内のアニメーション映画”となっていて、もはやアニメーション映画を抜きに日本映画が語れないほどの状況です。
まさにそんな時代に合ったアニメーションの制作現場を舞台に、「どのように作品が作られているのか」を知ることができるわけです。
そもそもアニメーションの制作現場は、監督、プロデューサー、制作進行、宣伝、脚本家、作画チーム、背景チーム、CGチーム、声優など、様々な人間模様があり、これはほとんどの業種と同じような構造にあります。
つまり、アニメーションに興味がある人はもちろん、アニメーションに興味のない人でも入り込める、しっかりと人間模様が描かれた「お仕事ムービー」となっているのです!
この作品は、良く出来ていますし、純粋に「面白い」と思います。
ただ、業界内部にいるほどシンドさが伝わり、良くも悪くも感情移入して苦しくなる面もあります。
私はアニメーション業界での仕事をしたことはないですが、学生の時には文化放送でアニメーション声優らと一緒に番組をやっていました。
その中で「ラジオドラマ」なるコーナーもあり、本人役で先生という立場で番組に出ていたのでディレクターに注意されませんでしたが、これが本作のような本格的な作品であれば、斎藤瞳監督(吉岡里帆)に、へこむほどダメ出しされていたのは間違いないです(笑)。
それは、本を作る際に自分自身でもクリエイターとして体験しているのでよく分かります。
本を作る際は、著者、編集者、デザイナー、装丁、宣伝、販売など、様々な人間関係があり、こだわりを持てば待つほど感覚の違いを認識し調整していくのが大変になります。
それこそ、誰も作った事のない数学の本、経済の本、株式投資の本、社会保障の本、思考力の本、家計簿などでトップになるような「覇権」を取ろうとすると地獄のような日々になり、王子千晴の気持ちが痛いほど分かります。
その意味では、あまり内部とは関係のない人ほど純粋な「エンターテインメント作品」として楽しめるのかもしれません。
本作でメガホンをとったのは、2020年公開の「水曜日が消えた」で長編映画デビューを果たした吉野耕平監督です。
この「水曜日が消えた」は、2020年6月19日という、まさに新型コロナの影響があった初期に公開となったので知らない人も少なくないかもしれませんが、中村倫也が“7人の僕”という7人を演じ分けた意欲作で、 興行収入2億2700万円とスマッシュヒットをしています。
ただ、今回の長編映画2作目で「こんな大作の監督が務まるのか?」という不安がありましたが、結果は、想像以上でした!
特にアニメーションの要素も少なくないので、アニメーションの素養があるのか心配でしたが、2016年の「君の名は。」において回想パートCG・空間デザインを担当するなどの経験もあり、無用な心配でした。
そして、本作はまさに2本のアニメーションの制作を実際に行う必要があるため、これが最大のネックとなり、2015年の企画の段階から、実に7年もの歳月を経て完成にこぎつけたのです。
具体的には、「数年単位でスケジュールが押さえられてしまうアニメーション制作の現場」で、人気スタッフ、スタジオを押さえるのは難易度が高いことがあったようです。
そんな中、何とか東映アニメーション、Production I.Gなどに依頼ができ、劇場版「ONE PIECE STAMPEDE」の大塚隆史監督が、王子千晴監督作「運命戦線リデルライト」を手掛けていたりと、割と本格的な仕上がりになっています。
演技面でも「吉野耕平監督×中村倫也」というタッグの相性は良く、中村倫也の演技は非常に安定していました。
中でも、意外だったのはプロデューサー役の柄本佑で、おそらく「これまで出演した全作品で最も魅力的」で存在感のある役どころになっていると思います。
そして、吉岡里帆ですが、本作では、これまでとは違い、オーラを消した“仕事人としての吉岡里帆”となっています。
個人的に気になっているのは、なぜか吉岡里帆主演作品は興行収入が跳ねないというのがあり、興行収入10億円に到達している作品が未だ出ていないのです。
吉岡里帆はアニメーション映画においても素養があり、2019年の名作「空の青さを知る人よ」での声優はかなり良かったです。
役者としても、本作での演技は十分、評価に値します。
さて、肝心の興行収入ですが、作品の出来は良いので上手くハマれば興行収入10億円は狙えるとは思います。
とは言え、残念ながら、まだまだ本作の知名度は、他作品に押されていて存在感を出せていない面があります。
そのため、まずは興行収入5億円を目指すのが現実的なのかもしれません。
「出来の良い作品がヒットするわけではないし、出来が悪くてもヒットする作品もある」という現実が作中で語られますが、まさにその通りです。
ただ、単なる理想論なのかもしれませんが、個人的には本作のような出来の良い作品には報われてほしいと思います。
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