「流浪の月」内田也哉子が放つ異色の存在感 李相日監督、息子役・松坂桃李との撮影を振り返る
2022年4月22日 08:00
原作は2020年の本屋大賞を受賞し、同年の年間ベストセラー1位(日販単行本フィクション部門、トーハン単行本文芸書部門)に輝いた傑作小説。誘拐事件の“被害女児”となり、広く世間に名前を知られることになった家内更紗と、その事件の“加害者”とされた青年・佐伯文の15年後の再会を描く。広瀬が更紗、松坂が文を演じ、更紗の現在の恋人・中瀬亮役の横浜流星、癒えない心の傷を抱える文に寄り添う看護師・谷あゆみ役の多部未華子のほか、趣里、三浦貴大、白鳥玉季、増田光桜、内田、柄本明らが顔をそろえた。
本業は俳優ではなく文筆家で、本作で異色の存在感を放った内田。文の母・音葉役を務め、やがて女児誘拐事件の“加害者”となる、自分には理解の及ばない息子と対峙する複雑な役どころを担った。「東京タワー・オカンとボクと、時々、オトン」(2007)での若きオカン役をはじめ、友人・知人から頼まれてカメオ出演するなどの演技経験はあるが、「恥ずかしながら、自分が演技と向き合っているという自覚が足りませんでした。今回のお話をいただいたときも、かの李相日作品に、それこそ覚悟をもって関われるのか」と、最初は躊躇したという。
そんな内田に、李監督は手紙を送った。そこには「困難な演技をして頂きたい訳ではなく、そのまま存在として、いてくださればいい」と記され、「希林さんに、あなた(李監督のこと)はしつこいわね?と言われました」と添えてあったという。内田は「母はかなりせっかちなところがあるので、李監督の“粘り強さ”を自分にはないものとして感心して思わずこぼしたのでは(笑)」と、母・樹木希林さんが李監督作「悪人」(10)に出演したときのエピソードを述懐。「実際、撮影が始まってみると、なぜ粘るのか、その意味がとてもよくわかった」「果てしない労力と時間をかけ、魂を注ぎ込んで撮ろうとしているものは、目の前で繰り広げられているものの奥にあるもの、捉えようのない、簡単に言葉では表せないような人々の繊細な思いなんだということに、身をもって感激しました」と、李組の映画づくりに心から敬意を表した。
共演した松坂については、「お会いした時は“文そのもの”。待ち時間も物静かに内省されている佇まいは、まるで修行僧のような、何とも言えない清らかな、そして切ない姿だった。役者ってここまで与えられた役に寄り添っていく作業なんだな」と、その役づくりを称賛した。そんな松坂は、4月13日に行われた完成披露試写会の「宿命の人」というテーマのトークで、樹木さんの名前を挙げる場面があった。本作で樹木さんの娘である内田が母を演じることに触れ、「縁を感じてゾクッとした。お母さん(音葉)とのシーンでは、僕のなかでなんとも言えない感情が巻き起こった。いまだったら(希林さんは)なんと言われるのだろうかと思ったりした」と、不思議な縁を振り返っていた。
また内田にとっては、「母なる証明」「パラサイト 半地下の家族」などで知られる韓国映画界の重鎮ホン・ギョンピョが撮影監督として加わるなど、ハイブリットなチーム編成も刺激的だったそう。「映像を一瞬だけパッと(モニターで)見ただけだったが、なんというか、私がいままで日本映画で見たことがない、何ともいえない空気感と映像美に出会えて、そのなかに自分がいたという不思議な体験」と、鮮烈な印象を受けたと明かした。
李監督は、内田の起用理由を「文の母親役は、何の色もついていない方がいいという思いがあり、本業が俳優の方以外で考えはじめて、彼女にたどり着いた」と語る。「自分のデキは保証しませんが(笑)」と謙遜する内田だが、李監督の読み通り、スクリーンに登場した瞬間に全ての視線を引きつける内田の圧倒的存在感は必見だ。
雨の夕方の公園で、びしょ濡れの10歳の更紗に傘をさしかけてくれたのは、19歳の大学生・文。引き取られている伯母の家に帰りたがらない更紗の意を汲み、部屋に入れてくれた文のもとで、更紗は2カ月を過ごす。しかし、ほどなく文は更紗の誘拐罪で逮捕されてしまう。それから15年後、“傷物にされた被害女児”とその“加害者”という消えない烙印を背負ったまま、それぞれ秘密を抱えた更紗と文は再会する。
「流浪の月」は、5月13日に全国公開。
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