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アンセル・エルゴートと伊藤英明、覚悟と思いやりが導いた比類なき友情

2022年4月18日 18:00

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取材に応じたアンセル・エルゴート(右)と伊藤英明
取材に応じたアンセル・エルゴート(右)と伊藤英明

ハリウッドを主戦場とするアンセル・エルゴートが、ここまで日本文化への造詣を深め、日本語を流暢に話すようになっているとは「TOKYO VICE」第1話を鑑賞するまではにわかには信じられなかった。だが、滑らかな語り口は来日会見や舞台挨拶の映像で確認した人も少なくないはず。インタビューでも、こちらの質問の意図を完全に把握しながら淀みなく話し続け、実に通訳泣かせ。その隣で温かい眼差しで見守るのが、円熟味の増してきた俳優・伊藤英明。これは、異国の地での撮影を必ず成功させると心に誓った男と、その決意を知り惜しみないサポートを買って出た男の友情の話でもある。(取材・文/大塚史貴)

日本で新聞記者だったアメリカ人ジャーナリスト、ジェイク・エーデルスタインによるノンフィクション本「トウキョウ・バイス アメリカ人記者の警察回り体験記」を参考に、オリジナル脚本でドラマ化する企画は、実に10年近く前から動いていた。紆余曲折を経て、WOWOWと米HBO maxの共同制作により、「ヒート」「インサイダー」で知られる巨匠マイケル・マンが第1話を監督し、全話のエグゼクティブ・プロデューサーも務めるという体制に着地。それでも、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で撮影がいったん中断するなど、順風満帆だったわけではない。

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エルゴートが主人公ジェイクを演じると発表されたのが、2019年6月。日本語の習得具合を目の当たりにすれば、それが場当たり的なものではなく、入念な準備を経てきたものだと瞬時に把握することができる。真摯に向き合わなければ、「ウマが合った」「裸の付き合いをした」という表現をマスターし、ましてや使いこなすことは叶わなかっただろう。

今作でエルゴートが演じたジェイクは、全国紙初の外国人記者として関東の裏社会で起こる様々な真相を追い続けるうち、ある暴力団のスキャンダルを握るという役どころ。一方の伊藤は、裏社会と繋がりを持ち、自らの立場を利用して暗躍する刑事・宮本に息吹を注ぎ込んだ。

第1話では、日本の大学に留学したジェイクが寝る間を惜しんで日本語を勉強し、英会話学校でバイトをしながら、一般学生に混ざって就職活動に邁進する姿も描かれている。奇異な目で見られながらも狭き門である新聞社への入社が決まったジェイクは、警察担当の記者となる。先輩記者の詠美(菊地凛子)、上司の莫(豊原功補)に記者としての“いろは”を叩き込まれながらも、規則に縛られることに葛藤を抱くようになるさまが描かれている。

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――第2話以降もふたりの絡みは多くありそうだと感じられる第1話でした。ふたりが対峙したファーストカットはどのシーンでしたか?
エルゴート:「誰だおまえ!」のところですよ。
伊藤:そうだそうだ。コロナで撮影がストップする前だったんですが、警察担当になったジェイクのことを知らない警察官が署内で拘束するところですね。僕が「こいつは新人記者だよ」って助け舟を出すのが初めてのシーンでしたね。パンデミックの前だったので、エキストラさんも500人くらいいたんじゃないかなあ。とにかくスケール感が半端なくて、圧倒された記憶があります。
――警察関係者に知り合いを作りたいジェイクと、外国人女性を口説くためのノウハウを知りたい宮本の利害が一致して飲みに行くシーンがありました。撮影中は行動を共にすることが多かったんですか?
エルゴート:いつも一緒にいましたよ。食事のときは英明さんがお弁当を持ってきてくれましたし、どこかへ食事に行く時も予約してくれたりして、本当に優しい人なんです。
伊藤:アンセルは、90年代に日本の文化を学びながら新聞記者になるという役を生きるために、何でも経験したいんですよね。どんなところでも泊まってみたいし、どんなものでも食べてみたい。ありとあらゆるものを吸収し、日本で生活したことを役に反映させたいんだという気持ちが分かったので、出来る限り一緒に行動を共にして、僕が知っていることや役立ちそうだなと思うと、アンセルを連れ出したりしていましたね。
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ふたりの揺るぎない信頼関係は、4月5日の舞台挨拶、6日の完成報告会見でのやり取りが物語っている。エルゴートが正月の休暇時、伊藤の岐阜の実家に招かれた話を披露している。「毎日温泉に入り、お母さんの手料理をごちそうになり、初詣にも行きました。たくさん良い思い出が出来ました」と感謝の念をにじませていたが、伊藤にとっても大切な時間となったようだ。

伊藤:宮本は確かにジェイクに東京のことを教えていくわけですが、僕自身もアンセルと距離を縮めて何でも一緒に経験をすることが、役にも反映させられたと思うんですよね。正月に実家に来てくれたときも、一緒におせち料理を食べて、父親にお酌までしてくれた。父にとってはすごく良い思い出になったみたいで、アンセルが主演した「ウエスト・サイド・ストーリー」を朝一番に並んで観に行って、「アンセルって素晴らしい俳優だなあ」って感動して泣きながら電話がありましたよ。人として優しいし、常に周囲の俳優たちに寄り添い、積極的に文化や語学を学ぶ姿を通して、役に向かう覚悟というものを改めて僕も教えられました。
エルゴート:本当にあの新年の旅行はとっても素晴らしい経験でした。毎日温泉に入りましたし、和食を食べて、日本文化についてもいろいろ教えてくれました。ジェイクという役を演じるうえでも、とても大事な時間でした。
伊藤:納豆も食べられるしね。なんでもチャレンジする。その精神がすごい。
エルゴート:納豆はなかなか強い味ですよね(笑)。

会見でエグゼクティブ・プロデューサーを兼ねた渡辺謙が苦労を明かしていたが、「世界で最も撮影が難しい都市」といわれる東京とその近郊で全8話のドラマシリーズを撮り切ることに、多くの困難が待ち構えていたことは想像に難くない。そもそも撮影の許可を取ることが非常に難しいと言われ、ましてやコロナ禍で様々な制約が加わったはずで、精神的にもタフでいることが誰に対しても求められたはずだ。

伊藤が感心するのは、エルゴートが不慣れな日本での生活を強いられても、それを積極的に楽しもうとしている姿を幾度となく目にしていたからだという。

伊藤:環境は全く違うし、言葉も違う。パンデミックで撮影制限がかかる厳しいなか、母国語ではない演技をしなければならない。どう考えたって心労はあったと思う。ただアンセルは、その心労さえもジェイクの経験としてポジティブにとらえ、役に反映させていた。その姿に胸を打たれるんです。とはいえ、色々あったと思います。彼はそんなことは、おくびにも出さないですけどね。毎日明るくエネルギッシュで、誰に対しても思いやりにあふれ現場を盛り上げていく。俳優としても、人としても素晴らしいです。
エルゴート:そんな風に言ってくれて、ありがとうございます。大変だったといえば、焼肉を食べながらのシーンは、なかなか辛かったですよね。
伊藤:あれは大変だったね(笑)。第2話で焼肉を食べに行くシーンがあるんですよ。カットを細かく撮っているから、ちょっと肉を食べ過ぎました。
エルゴート:食べながら芝居をしなければいけないし、肉も焼かなくちゃいけないから(笑)。骨付きカルビ、大盛りでしたからね!
伊藤:そんなこともあって、普段から食事をしながら「ちょっとセリフを言ってみようか」って話になる。それは、僕のためにやってくれたと思うんですよ。日本で撮影するアンセルの方が大変なはずなのに、英語で芝居をする僕らを常に気遣ってくれてね。
エルゴート:違うよ。それは自分のためだよ(笑)!
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ふたりのやり取りを見ていると、伊藤はいわばエルゴートの“兄貴分”として出来るだけのことをしてやりたい! という思いを真っ直ぐに実践している。エルゴートは伊藤のその思いを十分すぎるほど理解し、感謝の念をにじませながら現場での振舞いと芝居で恩に報いようと労を惜しまない。

エルゴート:英明さんは、とにかく優しい人なんです。
伊藤:優しいやつが良い俳優かは分からないよ(笑)。アンセルは、覚悟が違うんです。この作品にかける思いに溢れている。一事が万事、一生懸命だから。

エルゴート:色々なところへ連れて行ってもらいましたけど、皆さん、英明さんのことが大好きですよね。英明さんを見て、ものすごく興奮している人たちを何人も見ましたから。

伊藤:いやいや、それはアンセルのことを見て興奮していたんだよ。
エルゴート:そんなことはないです。私はもっともっと日本語を勉強して、日本各地の皆さんと交流を深めてみたいんです。そしていつか、天皇陛下に拝謁したいんです。私に日本語を教えてくれた本間光徳先生が、日本の文化だけでなく天皇陛下という存在について丁寧に学ばせてくれました。もしも叶うのなら、いつか本間先生と一緒に拝謁できますように。
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筆者が鑑賞した第1話は、あくまでも導入部に過ぎない。だが、その1エピソードからジェイク、宮本から拭いようのない「孤独」を感じた。ふたりは、孤独とどう向き合っているのだろうか。

エルゴート:一生懸命、勉強をしています。ひとりになって孤独を感じたら、とにかく勉強するようにしています。勉強が、孤独を埋めてくれますから。
伊藤:孤独を感じるときって自信がなかったり、疎外感を覚えるときだと思うんです。アンセルの言うように、孤独を埋める行為は自分に自信を付けること。勉強で埋めるのか、芝居のスキルで埋めるのかは人それぞれ。アンセルはずっと孤独感を抱いていたと思う。それでも自分から積極的に文化や語学を習得することで、ジェイクに寄り添い続けたんでしょうね。

第2話以降は、マン監督の意を受けたジョセフ・クボタ・ラディカ、HIKARI、アラン・プールという監督陣が、その後の物語を紡いでいく。伊藤は会見時、マン監督の大ファンであることを明かし、オーディションで緊張してしまう本来のパフォーマンスを発揮出来ずにいる際、「オーディション用に送ってくれたビデオテープにあった、エネルギッシュな英明はどこへ行ったんだ」「完璧にすべてをやろうとするとうまくいかない。このドアから入ってきて、部屋を出るまでのどこかに光るものがあればいいんだ」と発破をかけられたそうで、「監督からいただいたメッセージは、忘れられないものになった」と語っている。

エルゴート:マイケル・マンは、本当に東京を愛しています。来日するたびに、東京のあらゆることに感心しています。細部への配慮が完璧。日本の方々の仕事は、細かいところにまで気を配ってくれます。非常に日本らしいですよね。アメリカでは多少おおざっぱなところがありますから、マイケル・マンとしては日本は大好きなんですよ。
伊藤:リアルを追求する監督であることは間違いありません。クルーは本当に大変だと思いますが、僕ら俳優にとっては、こんなにありがたい現場はないですよ。そして、そんな現場で文化と言語を見事に体得して、それを役で体現する。世界で最もエネルギッシュな街で描かれた作品を世界中の人たちに観てもらえるというのは、アンセルの力が大きいですよ。

TOKYO VICE」はWOWOWオンデマンド(第1話のみ)で配信、4月24日からWOWOWで独占放送。

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