【アジア映画コラム】エドモンド・ヨウとは何者なのか? 小松菜奈×宮沢氷魚「ムーンライト・シャドウ」から紐解く実像

2021年10月18日 15:00

「ムーンライト・シャドウ」
「ムーンライト・シャドウ」

9月10日から公開され、第34回東京国際映画祭「Nippon Cinema Now」部門でも上映される「ムーンライト・シャドウ」。吉本ばなな初期の名作が映画化される――この情報が解禁された際、多くの人々はキャストの小松菜奈宮沢氷魚に注目したことでしょう。しかし、もうひとり、見逃してはいけない人物がいます。それがメガホンをとったマレーシアの映画監督エドモンド・ヨウ。彼は毎年、東京国際映画祭の“会場のどこか”には必ずいるので、見かけたことがある人もいるのではないでしょうか? エドモンド監督、実は日本とゆかりが深い人物なんです。

エドモンド監督は、2008年、早稲田大学大学院国際情報研究科の安藤紘平研究室に在籍し、日本での留学生活をスタートさせました。翌年の09年、初めて日本語セリフで撮影した短編「Kingyo」は、第66回ベネチア国際映画祭の短編映画コンペティション部門に入選し、大きな話題に呼びました。

10年には、エドモンド監督がプロデュースした映画「タイガー・ファクトリー」が第63回カンヌ国際映画祭でプレミア上映され、第23回東京国際映画祭「アジアの風」部門でも披露されました(エドモンド監督の短編「インハレーション」を併映)。それ以降、エドモンド監督は“東京国際映画祭の常連監督”に。14年には「破裂するドリアンの河の記憶」が第27回東京国際映画祭コンペティション部門に入選。この作品は、同映画祭のコンペティション部門にマレーシア映画として初めて入選した1本となりました。

17年には、難民問題を背景とした「アケラット ロヒンギャの祈り」を第30回東京国際映画祭コンペティション部門に出品。見事、最優秀監督賞を受賞し、世界中から注目を集めました。20年のマレーシア・日本合作映画「Malu 夢路」を経て、手掛けることになった「ムーンライト・シャドウ」。今回は“映画監督エドモンド・ヨウの実像”を紐解くインタビューをお届けします!


――まず初めに、映画監督を目指すことになったきっかけを教えてください。

いつのことになるのでしょうね……かなり昔のことだと思います。映画監督は、子どもの頃からの夢でした。私の母は元歌手で、父はジャーナリストでありながら音楽の制作にも携わっていたので、かなり早い段階でさまざまな文化に興味を持ち始めました。両親が映画好きだったので、子どもの時から、たくさんの映画を見ていました。「必ず映画監督になる」と思い始めたのは、多分15歳ぐらいのことだった気がします。

――2008年、日本に留学されています。その理由を教えてください。

日本へ来る前は、オーストラリアにも行きました。そこでは映画の勉強をしていませんでしたが、日本の映画やアニメをたくさん見たり、漫画、小説も数えきれないほど読みました。日本映画が好きになったきっかけは、岩井俊二監督の「Love Letter」。初見は、確か13、14歳ぐらいの頃ですね。本当に美しい作品ですし、東洋ならではの感情も感じました。それを映画で表現できるのは、おそらく日本映画だけ――そう感じたことでますます日本に興味を持ち、結果的に留学をすることにしたんです。

――早稲田大学大学院国際情報研究科では、東京国際映画祭でもご活躍される安藤紘平さんの研究室に在籍していますね。

安藤紘平先生は、私の日本のお父さんなんです(笑)。毎年、父の日には、安藤先生にもお祝いのメッセージを送っていますよ。早稲田大学に入学した初日か、もしくは2日目のことだったと思いますが、安藤先生からこんなことを言われたんです。

「私は、あなたに映画を教えることはできない。あなたと映画について、コミュニケーションをすることしかできません。私は面白い映画を紹介することができます。もちろん、それはあなた自身もすることができる。私たちは、映画について話し合い、映画を愛し、最高の映画環境を作りましょう! そんな場所で映画が作れると思ったら、ぜひ撮ってください! 諦めてしまっても、私は引き止めはしません」。

この言葉は、今でも記憶に残っています。安藤先生には“最高の映画世界”を用意していただきました。安藤先生がいなければ、今の私は存在していないと思っています。

エドモンド・ヨウ監督(写真は、2020年に撮影)
エドモンド・ヨウ監督(写真は、2020年に撮影)

――それでは「ムーンライト・シャドウ」についてお聞かせください。どのような流れで企画が成立したのでしょうか?

プロデューサー陣は、前作「Malu 夢路」と同じです。大体2年前、プロデューサー陣から「スターダストプロモーションと一緒に、吉本ばななさんの小説を映画化したい。原作『ムーンライト・シャドウ』を読んだことはあるか?」と聞かれました。偶然にも、10年以上前、私がまだ日本に留学していなかった頃に読んだことがあったんです。1度しか読んでいませんでしたが、印象に残った作品でした。小説のラスト、川の向こう側に亡くなった恋人の姿を見たというくだりを、何年経っても鮮明に覚えていました。

私の作品は、日本文学に強く影響されていると思います。留学以前から、漫画はもちろん、吉本ばななさん、村上春樹さん、川端康成さんの小説を頻繁に読んでいたからです。だから「これは運命だ」と思い「映画を作るなら、是非参加したい」と。その後、プロデューサー陣と話し合いながら企画を進めていきました。

短編小説の映画化では、方向性が必要です。最近の事例で言えば、アン・リー監督の「ブロークバック・マウンテン」「ラスト、コーション」ですね。この2作の脚本と原作を比べながら、表現の手法などを研究しました。今回、初めて日本映画を監督したのですが、留学していた頃に「Kingyo」などを作り、「Malu 夢路」の後半は日本で撮影しているので、現場の動き方は理解できました。日本では、色んな経験を積んできました。マレーシアに戻ってからも「日本映画を撮りたい」とずっと思っていたので、今回「ムーンライト・シャドウ」に挑戦することにしたんです。

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――原作小説を読んだ時は、まだ学生でしたか?

確か22歳、大学時代に英語版を読みました。オーストラリアから帰ってきたばかりの頃でしたね。吉本ばなな先生の小説は、すべて英語版で読んでいます。サイン入りの本を、10年以上持っているんですよ。

――「ムーンライト・シャドウ」が収録されている「キッチン」を読むきっかけはなんだったのでしょう?

吉本ばななさんがとても有名だからです。オーストラリアにいた時、日本文化が好きなアメリカ人の友達が勧めてくれました。吉本さん、村上春樹さんの作品も、その友人の紹介で読み始めたんです。香港でも、吉本さんの作品が映画化されましたよね。イム・ホー監督の「kitchen キッチン(1997)」という作品。ですから小説に触れる前から、吉本さんの名前は知っていました。

実は「キッチン」を読んだ時、少し混乱する出来事があったんです。「キッチン」を読み終え、本の続きを読んだら、突然主人公の恋人が亡くなる話が出てきた。少し読み進めていくと、これが別の短編、「ムーンライト・シャドウ」であることがわかったんです。「あれ? なぜ急に彼氏が亡くなってしまったんだ……?」と不思議に思っていたのですが、別の物語だった。「キッチン」の続きだと思っていたので、すぐに読み返したんですよ。その経緯もあって、とても印象に残っていました。

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――脚本は、高橋知由さんが担当されていますね。当初は自分で執筆したいという思いはあったんでしょうか?

最初、プロデューサーと話した時は、ストーリーを把握している私が簡単なあらすじを書き、それを基にして、日本人の脚本家に完成させてもらおうと考えていました。ですが“純日本映画”ということもあり、自分の書いた脚本を訳してもらう必要がある。そうなると、やはり最初から日本人に書いてもらった方がいいという結論に至りました。

その頃、プロデューサーが高橋知由さんを見つけました。私は、高橋さんが脚本家として参加した「ハッピーアワー」「王国(あるいはその家について)」を映画祭で見たことがありました。特に、英国映画協会(BFI)が2019年のベスト映画に選んだ「王国(あるいはその家について)」は素晴らしかった。「ハッピーアワー」は、濱口竜介さん、野原位さん、高橋さんが共同で脚本を手掛けた作品。そのため、どの部分が誰によって書かれたのかがわからなかった。しかし「王国(あるいはその家について)」は、高橋さん単独の脚本作品。作家性がしっかりあって、素晴らしい作品だと思いました。

高橋さんの名前を聞かされた時は、非常に嬉しかったです。そこから高橋さんとともに創作を始めたのですが、そのタイミングでは、既にコロナが広がり始めていました。

「ハッピーアワー」(濱口竜介監督)
「ハッピーアワー」(濱口竜介監督)
「王国(あるいはその家について)」(草野なつか監督)
「王国(あるいはその家について)」(草野なつか監督)

――新型コロナウイルスは、脚本づくりに影響を与えたのでしょうか? 本作のテーマ“死”にも関わってくる部分ですので、ぜひお聞かせください。

影響は大きかったです。私たちの生活も変化しましたし、大事な人を突然失うかもしれないという状況になりました。そのため、ヒロインの気持ちがより理解できるようになったと思います。コロナがなければ、完成した作品は違う印象になっていたでしょう。吉本さんの作品では、頻繁に「生と死」というテーマを扱っています。私たちはどのように生きて、どう成長していけばいいのか――そんなことが書かれています。吉本さんには及びませんが、そのような精神を伝えていけたらと思っています。映画が完成したこと自体が奇跡なんです。昨年の9月頃、急に入国許可が降りるなんて思いもしなかったんですから。

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――キャスティングについても教えていただけますか?

色んな方々とディスカッションを重ねてきましたが、せっかくスターダストさんと組みますし、私も小松さんには出演してほしいと願っていたんです。だから「誰がいい?」と聞かれた時は迷わず「小松菜奈だ」と答えました。デビュー作「渇き」で衝撃を受けてからは、ずっと彼女の作品を見ています。

全てではありませんが、ほとんど見ていますよ。「沈黙 サイレンス」でも素晴らしい演技でしたし「ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章」にも出ていますよね。毎回違う姿を見せてくれますし、さまざまな挑戦に取り組んでいると思います。そんな役者と一緒に作品を作りたかったのです。「ムーンライト・シャドウ」は吉本さんの初期作品。主人公のさつきは、吉本さんの雰囲気が感じられます。この重要な役は、小松さんにしか出来ないと思いました。

小松さんは、とても特別な存在です。撮影前に「さつきという役を任せるから、思うように演じてくれればいい。脚本に違和感があったら、いつでも意見を言ってください」と伝えました。それは他の役者たちも同様です。彼らを信頼していたので、ある程度の自由を与えました。キャスティングをした以上は、無理をさせる必要は全くないのです。

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――短編小説だからこそ、自由度が高かったといえますか?

そうですね。等という役は、原作ではほとんど描かれていません。宮沢氷魚さんは、自身の解釈を入れないといけませんでした。彼は長男なので“お兄さんの雰囲気”を醸し出してくれましたね。等という役は少々難役だと思います。全体的にシーンも少ないのですが、そのなかで「忘れられない彼」ということを観客に伝えないといけない。キャスティングの際、宮沢さんが主演した「his」は、未完成の状態で、予告しか見ることができませんでしたが、役に合致した特別な存在感があると確信していました。

私が役者たちにずっと言っていたことがあります。それは「映画を完成させるために無理はしないで。一緒に模索しながら、演技の感覚をつかめばいい」ということ。私の役割は、初めて演技を経験した人にとっても、経験豊富な役者にとっても、なるべく気持ちの良い環境を作ってあげることでした。

――今回はオーディションも実施されたようですね。

えぇ、何人かはオーディションで起用しています。特に、ゆみこに関しては、ハーフの方を考えていました。原作の中では描写されていませんが、実は、日本にはハーフの方がたくさんいらっしゃいます。日本人の若手女優にゆみこ役をお願いしてもよかったのですが、そうなると普通の日本ドラマみたいになってしまう懸念がありました。“違うこと”に挑戦したかったです。多民族国家のマレーシアでは、私のような中華系は一部だけなので、撮影では、1日3、4カ国語を使うのが普通です。観客には、普段あまり見ないような方を見せたいという使命感があるので、中原ナナさんを起用したという経緯があります。

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――麗役の臼田あさ美さんも素晴らしかったです。

彼女の衣装とメイクがとても良かったですよね。リサーチを重ねて、スタイリストの方と試行錯誤をした結果、想像通りのビジュアルになりました。麗という役は、非常に大事なんです。吉本さんとお話をさせて頂いた時、最初に話をしたのが麗のことです。しかし「麗は、一体何者なのか?」という問いに、吉本さんは答えてくれませんでした。

私自身の解釈では、吉本さんの作品にマジックリアリズム的な要素が入っているので、麗は“本当の魔女”かもしれません。彼女のビジュアルは、映画「オルランド」で不老不死の役を演じるティルダ・スウィントンを参考にしています。

――色彩のトーンは、ヨーロッパ映画に近いと感じました。

前作「Malu 夢路」は、重く素朴な印象だったので、撮影のコン・パフラックさんが「今回は鮮やかな感じに挑戦しよう」と提案してくれました。私も同様の考えを持っていました。同じことを繰り返すのが、あまり好きじゃない。毎回新しいものに挑戦したいんです。

日本映画はとても好きなのですが、色彩がシンプルな映画が多いですよね。今回の映画で必要なのは、岩井俊二監督のロマンチックさではなく“ペドロ・アルモドバル的なもの”かもしれないと思っていました。日本映画のポスターを見ていると、ヒロインの衣装は白か黒が多いと感じていました。赤の衣装だと映えますし、存在感が出せます。広告や雑誌で見た小松さんはとてもおしゃれだったので、そんな彼女を映画の世界にも連れていきたいと思いました。

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――現場は非常にグローバルな場でしたよね。いかがでしたか?

撮影のコン・パフラックさんは、日本語が堪能です。私だけ日本語があまり上手ではなかったので、監督助手の方に色々助けてもらっていました。幸いなことに、チームの中に英語を話せる人が何人かいました。助監督のひとりはメキシコ留学から帰ってきたばかりで、英語よりもスペイン語の方が上手かったですが、交流に問題はなかったです。それに宮沢さんと、弟役の佐藤緋美さんも英語が話せました。

Malu 夢路」では長回しを多用しましたが、「ムーンライト・シャドウ」には合わないので、全く異なる手法をとりました。私が求めていたのは、「Malu 夢路」や、私の他の作品にあるような“深刻さ”ではなく、よりアクティブで、鮮やかな青春と愛にまつわる映像でした。前半の明るくてロマンチックな演出に比べて、後半はガラッと雰囲気が変わっています。後半は、小松さんをクローズアップしました。「え、もっとアップにするんですか?」とコンさんにいわれるほど、前作と全く異なる方法をとっています。

そして、脚本にはなかったものをたくさん撮っています。小松さんが、新しい風を吹き込んでくれたんです。「4人で一緒にご飯食べるシーン」を撮影する時は、役者たちはカメラを回していることに気づいていなかった。彼らが自由に動いている姿を、映像として記録しているだけです。彼らには「演技をする必要はありません。既に一番リアルなものが撮れました」とよく言っていました。

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――“月影現象”の撮影については、どのように考えていましたか?

私にとって、このシーンは非常に特別な存在でした。今までの経験全てを注ぎ込み、私の世界観で“嘘”と“真実”を融合させて表現することにしました。脚本を作る段階から、このシーンについて考えていましたし、実を言うと、このシーンのためだけに、この映画を撮ったようなものでした。

撮影は2日で終わりましたね。全てが完璧でなければいけない厳しい機会でしたが、初日で使用可能なシーンが撮れました。でも諦めず、2日目も粘ることにしました。当時は、撮影の最終段階。クランプアップを迎える3日前だったので、本当に感動しました。彼らの演技は想像を超えていましたよ。

――最後に、今後の展望について教えてください。

日本への留学から、既に10年以上の歳月が流れました。私にとって、日本は第二の故郷です。マレーシアの文化と同じくらい、日本の文化を理解しているのもしれません。今回の作品に携わってくださったチームの中には「Malu 夢路」の時からの知り合いもいれば、初めて仕事した方もいます。本当に楽しかった。これからも、このチームと日本で映画を作り、一緒に成長していきたいです。


私が企画・プロデュースを務めているWEB番組「活弁シネマ倶楽部」(https://youtu.be/ZdS818QVRFI)では、エドモンド・ヨウ監督へのインタビューを掲載しています。本コラムに加え、こちらもお楽しみください!

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