【コラム/細野真宏の試写室日記】「007 ノー・タイム・トゥ・ダイ」公開に見る、ジェームズ・ボンドの試練と運命
2021年10月2日 11:00
映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)(文/細野真宏)
「007」シリーズの第25作目となる「007 ノー・タイム・トゥ・ダイ」が、2021年10月1日(金)に日本でアメリカに先駆けてようやく公開されます。
1962年公開の「007 ドクター・ノオ」から始まった「007映画」。
約60年間の歴史において25作品というのは、大まかに言えば「2年半に1本」といったペースなので、長きにわたってかなりの人気作品だというのが分かります。実は、そんな「007映画」にも幾多の試練が起こっています。
中でも、本作「007 ノー・タイム・トゥ・ダイ」は、“シリーズで最大の危機を向かえた作品”と言えるでしょう。
それは、「映画の内容」だけにとどまらず、「映画自体」にも及んでいるのです。
まず、ダニエル・クレイグが新たな「007」(6代目)に選ばれた際には、知名度が低かったことに加え「黒髪・高身長」というジェームス・ボンド像とは異なっていたため、かなりのバッシングが起こっていました。
ところが、2006年公開の1作目(「007」シリーズの第21作目)となる「007 カジノ・ロワイヤル」は出来が良く、しかもダニエル・クレイグは見事に自然な「007」になりきっていたので、バッシングが称賛に変わりました。
日本でも興行収入22.1億円のヒットを記録しています。
2008年公開の2作目となる「007 慰めの報酬」では、“前作のラストシーンの直後”から始まるといった「続編映画」となる試みが行われましたが、運悪く2007年に始まった「全米脚本家組合ストライキ」にぶつかってしまいます。それもあり製作現場は打撃を受け、脚本の精度が良くなく、この作品の評価は微妙な感じになりました。日本での興行収入も19.8億円と落とす結果になっています。
そして、2010年10月には、“ライオンのロゴ”でお馴染みの「映画会社MGM(メトロ・ゴールドウィン・メイヤー)」が、経営危機により、日本の民事再生法に相当する「アメリカ連邦破産法11条」を申請。「007映画」に試練が訪れます。
その結果、2011年公開予定であった3作目となる「007 スカイフォール」は2012年公開となりました。
ところが、この「007映画」シリーズ50周年記念作品となった「007 スカイフォール」は、サム・メンデス監督によって作品のクオリティーが飛躍的に上がって「最高傑作」となり、世界興行収入でもシリーズで初めて10億ドルを超えたのです!
日本でも興行収入27.5億円とV字回復を達成し、「映画会社MGM」を倒産の危機からも救ったのです。
さらに、2015年公開の4作目となる「007 スペクター」もサム・メンデス監督が続投し、安定した作風となりました。前作のクオリティーが高すぎたため世界興行収入では落ちましたが、日本での興行収入は29.6億円万円と上がっています。
ただ、この4作目の段階からダニエル・クレイグは「これが最後?」とされていました。
というのも、「007 スペクター」の段階で、物語はキチンと「007」を引退した結末になっていたり、撮影中に戦闘シーンで足を骨折してしまうなど、ダニエル・クレイグも体力的にジェームズ・ボンドを演じるのが難しくなったと語っていたのです。
以上の流れから、本当の“ラスト”となる5作目「007 ノー・タイム・トゥ・ダイ」が動き出すことになるのです。
まず、本作の最初の大きな試練は、2018年8月に訪れます。それは、監督と脚本を担当していたダニー・ボイルとジョン・ホッジのコンビが書いていた脚本に製作サイドが難色を示し、2人が降板することになったのです。
そして、そのわずか1カ月後に後任としてキャリー・ジョージ・フクナガ監督の発表となるなど、かなりのバタバタ状態でした。
その結果、当初の2019年4月公開予定が、2020年4月に公開延期となったのです。ただ、ここで「新型コロナウイルスによる世界的なパンデミック」という、まさかの状況が襲うことになるわけです!
本作では、携帯電話会社のノキアや時計のオメガ、シャンパンのボランジェなどとのコラボレーションが行われています。
つまり、劇中でジェームズ・ボンドたちに自社の最新の携帯電話などを使ってもらうことで、企業側は世界中にプロモーションできる、という仕組みです。
ところが、2020年3月に発表した最新のスマートフォンが、公開延期により「最新」ではなくなってしまったため、それらの(プロモーション)シーンを最新のモノに再撮影しなければならない事態が生じてしまったのです。
それに加えて、財政的に余裕のない映画会社MGMは、製作費の多くを借りて本作の製作をしています。
その額は、利子だけで毎月100万ドル(大まかに1億円)という規模で膨らむ巨額なもので、「公開日が遅くなればなるほど、映画会社の存在自体が危なくなっていく」のです!
このような背に腹は代えられない状況で、本意ではないものの、映画会社MGMは2020年11月周辺でアップルやネットフリックスに作品のライセンスの売却を打診せざるを得ないところにまで追い込まれていたのです。
ただ、その金額が、まず製作費2億5000万ドルと、2回の公開延期で費やした宣伝費5000万ドルを加えた総製作費3億ドル。そこにシリーズ最高興行収入を叩き出した「007 スカイフォール」をもとに算出した「成功報酬」なども合わせた金額としたため、「高すぎる!」と交渉決裂になりました。
そして、2021年4月公開予定が、さらに延期するなどしていたところ、アマゾンが2021年5月に映画会社MGMを84億5000万ドルで買収すると発表し、何とか最悪な状況は免れることができたのでした。
今後の見通しとしては、まずは「007映画」はこれまで通り映画館で上映し、その後に「Amazon Prime Video」にて全世界に提供されることになりそうな状況です。
さて、このようにシリーズで最大の公開危機を向かえていた「007 ノー・タイム・トゥ・ダイ」ですが、本作ではダニエル・クレイグ演じるジェームズ・ボンドにも最大の危機が訪れます。
どのような危機なのか――それは、劇場で確かめてみてください。
本作は“ダニエル・クレイグが主演した4作品をまとめるような内容”になっています。
そのため、その4作品を見た上で見るのが一番望ましいと言えるでしょう。
とは言え、そこまで時間がない、という人も少なくないでしょう。
そこで、ダニエル・クレイグ1作目「007 カジノ・ロワイヤル」の“ボンドガール”が(エヴァ・グリーン演じる)「ヴェスパー・リンド」という役名だった、ということは覚えておいてください。
あとは、前作「007 スペクター」の続きの作品なので、「007 スペクター」における登場人物の名前と関係を押さえておくだけで大丈夫だと思います。
本作の特徴は、集大成ということもあってか上映時間が164分と、「007映画」シリーズで最長となっています。
また、監督が急きょ代わったことも影響しているのか、女性像がこれまでの作品から、割と変化しています。
この流れがどのように評価されるかで、次の「007」シリーズの行方が決まりそうな気がします。そのため、本作の興行収入には大いに注目したいと思います。
文字通り「最後のダニエル・クレイグによるジェームズ・ボンド」なので、日本では前作の興行収入29.6億円や、最高傑作「007 スカイフォール」の27.5億円に匹敵するような25億~30億円規模を狙いたいところでしょう。
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