「映画をきっかけに告発者数が激増」国家の汚職に市民が立ち向かうルーマニアの骨太ドキュメント「コレクティブ 国家の嘘」監督に聞く

2021年10月2日 10:00


アレクサンダー・ナナウ監督
アレクサンダー・ナナウ監督

ルーマニアを震撼させた巨大医療汚職事件を題材に、市民、ジャーナリスト、政治家ら異なる立場から事件に立ち向かう人々の姿を捉えたドキュメンタリー「コレクティブ 国家の嘘」が公開された。とあるライブハウスでの火災事故を発端にした医療システムについての調査から、国家ぐるみの汚職を暴き出した本作は、事件の真相を追う新聞記者たち、辞任に追い込まれた保健相の後任の若き大臣らにカメラが肉薄、見る者の想像を超える驚くべき事実が次々と明るみになる。第93回アカデミー賞で国際長編映画賞と長編ドキュメンタリー賞にノミネートされた本作について、アレクサンダー・ナナウ監督に聞いた。

――ルーマニア国民にとってこのような汚職事件は社会主義時代からの負の遺産として、恒常的なものと捉えられているのでしょうか。

まさにその通りだと思います。腐敗の体質が引き継がれ、特に医療システムは、社会主義時代のものをそのまま引き継いでしまっています。年長の男性や権力を持った人たちがすべてのシステムを掌握していて、医療系の大学や病院の理事長など、誰がどこのポジションに付くべきかということを彼らが全て決めている、という封建的な構図があると思います。

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――日本や世界各国の問題とも重ねて見ることもできる優れた作品です。しかし、言い換えればルーマニアという国の恥部を赤裸々に映したこの作品がアカデミー賞の2部門ノミネート。国民の反応、また保守的な層などからの反発はなかったのでしょうか?

ルーマニアでは去年2月に劇場公開され、パンデミックのために2週間で休館となってしまいましたが、ドキュメンタリーとしては異例の数の観客が来場しました。その後HBOで4月に配信が始まり、HBOにおいて去年最も観られた映画になりました。ルーマニア国民にも支持され、特にSNSで話題になりました。というのは、主流メディアが権力に近いところにあって、特にコロナ禍においては国からの助成金が賄賂のような働きをしていたのです。例えば、休館しなければならない映画館や劇場といった文化系の業界は一切、1ユーロたりとも補償を受けていませんが、大手TV局や新聞はコロナの助成金という名目で賄賂を受け取っていたのです。要するに隠れた賄賂です。政府がコロナでうまく対応できていないことを書くな、暴くなという、そのためのお金だったんです。そういうこともあり、主流メディアよりもSNSで話題となったのです。そして、この映画をきっかけに告発者の数が激増しました。例えばかつては1日10人ぐらいだったのが、およそ100人へと爆発的に増えたのです。

ネガティブな反応は基本的にわずかでした。権力に近い人が「映画を観たくない」とか「これはジャーナリスト達をよく見せるための映画だ」とか「政治的な映画だ」と言ったり、あるいは「新大臣のキャリアを開くために彼とのコラボレーションで作られた映画だ」と言う人もいました。でも、ルーマニアに限らずどんな社会も政治的に分断されてしまっており、どんなものにも反発的な反応を示す人はいるわけで、そういうものであると考えています。

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――スポーツ紙「ガゼタ・スポルトゥリロル」の記者カタリン・トロンタンの見事な手腕を映します。「ガゼタ・スポルトゥリロル」はスポーツ紙ではありますが、トロンタンのような政治ジャーナリズム精神にあふれた媒体なのでしょうか? またナナウ監督とは以前から親交があったのでしょうか?

ガゼタ・スポルトゥリロルはルーマニアの中でもごく一般的なスポーツ紙です。その中で、トロンタンは調査報道に情熱を傾けてそれを20年ぐらい続けている有名なスポーツジャーナリストですが、彼を中心とした3人のチームがあります。彼らのスポーツ界を対象にした調査報道は以前からよく知られていて、世間でもなかなか手ごわいジャーナリスト達であるというイメージが定着していました。この数年だけでも、スポーツ大臣を2人辞職させ逮捕に導いたり、サッカーチームのボスの怪しい移籍を暴いたりしています。今回の火災でスポーツ界の外での調査報道に初めて乗り出しましたが、今でもスポーツ界以外の取材を続けています。

私はもともと、そういう彼の仕事ぶりを通じて存在は知っていましたが、面識はありませんでした。この映画の企画開発チームのひとりであるアントアネタ・オプリが、トロンタンを追いかけると面白いかもしれないと提案してくれたことがきっかけで、彼の携帯番号を入手して連絡をしてみたのです。

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――現職大臣の執務室にまでカメラが侵入します。新大臣をどう説得されたのでしょうか?

この映画を通してメディアや権力がどのように機能しているのかを見せたいということを話したのを記憶しています。彼と彼の若いチームは透明性を大事にしていたので、こちらの打診に応じてくれたのではないかと思います。彼は若く、透明性を求めている人物だったので、撮影を通じて全てをオープンにするというリスクを取ることことを選択したのかもしれません。実は、新大臣のヴラドのほかにも技術官僚系の政治家にも撮影のオファーをしています。彼は、公には透明性を大事にしていると言っていたのですが、実際は言うほど透明性を重視してしておらず、アクセスする許可はもらえませんでした。

――当初から映画というフォーマットで、火災の事故からの問題を国内外に発表するべきだという考えや使命感を持ってカメラを回し始めたのでしょうか? それとも火災がきっかけで、追っていくうちに知られざる事実が明るみになり、映画作品として成立するという確信を得ていったのか。その過程を教えてください。

火災直後、ルーマニア社会にとってのターニングポイントが来たのではないかと感じられるほどに、大勢の人が街に繰り出し、大規模な抗議活動が起こりました。それを見た時に、これを映画にしたいという気持ちになりましたが、自分は観察型のドキュメンタリー作家なので、本当に様々な情報がある中でどのようなストーリーになり得て、どう映画に落とし込むかはやってみなければ分からないところがありました。

私もこの火災をめぐる全体像がどうなっているのか分からなかったし、予想だにしていなかったことでした。もちろん被害者やご家族がどんなことを経験しているのかを理解していこうと思っていましたが、まさか記者たちがこのように暴いていくことになろうとは思いもしませんでした。例えば、最初は誰を追えばいいのかさえ分からなかったんです。でも、火災でたくさんの方が命を落とし、政治家や病院などとの癒着があり、大勢の人が彼らによって操られるような状況になっていることを目にした時、これはやはりこのことについての映画にしなければと感じました。

私はもともと、人がどんな風に社会と関わっていくのかということに強い関心がありました。自分自身はルーマニア国外で暮らしたこともあり、ずっとひとつの国に留まらず国と国のあいだで生活してきたので、逆にそういうことに興味があるんだと思います。例えば、告発者たちがどのように勇気をもって自分達の社会に抗っていくのか、そういうことをもっと見たいと思ってもいました。もともと個人に対する興味で映画を作っていますが、今回は特にそうだったような気がします。それに加えて、今回はメディアがどう機能しているのかを内側から撮りたいという思いもありました。

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――製薬会社の社長の他殺を思わせる自殺も報じられましたが、ナナウ監督に身の危険はなかったのでしょうか?

撮影中は素早いテンポで活動していたので、自分達が危険にさらされていると感じていたかというと、それはありませんでした。気付かなかっただけかもしれませんが(笑)。ただ、撮影したフッテージは危険だと思ったので、いくつものハードドライブにコピーをして、ものによっては隠したり、時には素材を飛行機でルーマニア国外に運んだりして、プロジェクトを守るような態勢で臨みました。そうはいっても、ルーマニアはEU加盟国なので振るわれる暴力にも限度はあるだろうと思っていましたし、そこまで怖いと感じることはなかったです。しかし、諜報部に情報源があり、当時、自分の電話が盗聴されていることや常に監視されていることは聞かされていました。

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