アーロン・ソーキンの過去、現在、未来――「シカゴ7裁判」秘話、新作に通じる監督業の信念明かす
2021年4月23日 12:00
テレビドラマ「ザ・ホワイトハウス」「ニュースルーム」、映画「アメリカン・プレジデント」「ソーシャル・ネットワーク」「マネーボール」など、数々の秀作の脚本を手掛けてきたアーロン・ソーキン。このほど、アメリカン・シネマテックで行われたイベントに出席し、過去作を振り返りながら、監督も務めた新作「シカゴ7裁判」について語ってくれた。(取材・文/細木信宏 Nobuhiro Hosoki)
今でこそ秀逸な作品を連発するソーキンだが、その出発点はアートを志す者であれば誰もが通るであろう“アルバイト”だった。ブロードウェイ「ラ・カージュ・オ・フォール」の第1幕が上演されていた際、同劇場のバーテンダーとして勤務していたソーキン。観客が観劇に没頭している間、ナプキンに殴り書きをして生まれたのが、舞台版「ア・フュー・グッドメン」の脚本だ。
そして、同時期に書いていた脚本が「One Act Play Festival」で賞を獲得したことでエージェントが付いた。そのエージェントが偶然にも、「ジョーズ」「スティング」などを手掛けた名プロデューサー、デビッド・ブラウンのもとで働く映画の企画開発者と、共通の友人のいる結婚式で出会うことに。そこから、ブラウンが製作を務め、主演にトム・クルーズを迎えた映画版「ア・フュー・グッドメン」(脚本:ソーキン)が誕生したのだ。
駆け出しの頃に師事したのは、「明日に向って撃て!」「大統領の陰謀」のウィリアム・ゴールドマン。当時、20代だったソーキンの面倒をみたようで、その時にゴールドマンから言われた「最初のデートで、次のデートも確約するくらい熱心に、ずっと脚本を書き続けろ!」という教えを、今でも守り続けているそうだ。
師匠ゴールドマンとの関係を通じて、徐々に力量を発揮してきたソーキンは、あるヒット作を生むことになる。それが人気番組「ザ・ホワイトハウス」だった。ソーキンが第1シーズンに参加していた頃は、同番組の脚本を月曜日から金曜日まで書き、さらに金曜日から日曜日まで、同じく脚本を担当していた「Sports Night(原題)」を仕上げていたそう。そのため「ザ・ホワイトハウス」で使用された脚本の大半は、ソーキンによる初稿だった。
テレビ業界で活躍していたソーキンは、「アメリカン・プレジデント」「チャーリー・ウィルソンズ・ウォー」などによって、映画界でも評価を高めていく。そんな矢先に、スティーブン・スピルバーグから自宅に招かれることに。2006年、ある土曜の朝だった。
ソーキン「それは通常の出来事ではないよ。スティーブンと普段から(友人として)付き合っているわけではないが、彼から『シカゴ7裁判を題材にした映画を作らないか』と言われたんだ」
その時は「ぜひ参加したい」と答えたものの、ソーキンは“シカゴ7”のメンバーをよく知らなかったようで、自宅に戻ってから、父親に電話で詳細を聞いたそう。やがて「シカゴ7裁判」に関する膨大な資料を集めることになった。
ソーキン「『シカゴ7裁判』について書かれた何十冊もの書物を読んだ。その中には被告人だけについて書かれたものもあった。さらに、2万1000ページにもおよぶ裁判の反訳書も調べたんだ。だが、そんなリサーチの中で最も重要だったのは、“シカゴ7”のメンバー、トム・ヘイデンと、彼が亡くなる2016年まで時間を過ごせたことだ。その時の会話が、書物や裁判の反訳書では得られなかったものを提供してくれた。それは、トム・ヘイデンとアビー・ホフマンの衝突があったことだ」
ヘイデンとの対話を経て、映画化の“壁”をひとつ乗り越えたような感覚を抱いたソーキン。ただ、あまりにも資料が膨大だったため「何を書くべきか」「何を伝えるべきか」を悩んだそうだ。
「もし10人の脚本家に『シカゴ7裁判について書いてくれ!』と頼めば、理にかなった10作の異なった映画ができるだろう。リサーチの時は、どうやって脚本を書き始めれば良いのかもわからなかったし、何を視点にしたら良いのかも、しばらくわかっていなかった。だが、いつしか3つの構成を同時に伝えるという方向性が、自然にまとまっていった。ひとつは『裁判のドラマを描くこと』。次は『平和な抗議が暴動へと発展していく過程を描くこと』。そして、最後が『トムとアビーの個人的な衝突を描くこと』だった」
ソーキンが、スピルバーグに会い、脚本を依頼されてから、長い歳月が経過している。なぜ、製作に着手できなかったのだろうか。その原因となったのは、ある大規模な撮影シーンだった。
ソーキン「グラント・パークの暴動シーンに予算がかかったからなんだ。観客の興味に合わせて、スタジオがそれに適した予算を準備していた。要するに、お金がなかったと言うことだ。マーベル映画のような予算はなかったからね。本当にわずかな予算――俳優たちも、それに見合ったギャラで出演してくれた。撮影も、巨匠と言われる人々が時間をかける約半分の日程で行っていたくらいだ。だから、これまでにスピルバーグやポール・グリーングラスが監督候補にあがっても、公園での大騒動シーンが理由で、企画が倒れてしまっていた」
ドリームワークス、アンブリン・パートナーズのもとで製作されたわりには、製作費は3500万ドル。スターが結集した作品としては、コスパの良い作品と言えるのかもしれない。では、どのようにして暴動シーンを“低予算でクリア”できたのだろうか。
「製作上で問題となるグラント・パークの暴動をいかに撮影して編集するか――撮影監督のフェドン・パパマイケル、編集のアラン・ボームガーテンとともに、事前に決めていったんだ。最終的に、当時実際に暴動が起きたイリノイ州シカゴのミシガン・アベニューにあるグラント・パークで撮影ができた。あの公園は、今でも当時と全く変わっていない。撮影では、警察がまいた催涙ガスの煙によって、まるで何千人もの人々がいるような錯覚を生じさせることができた。タイトショット(撮影で余白を少なくし、被写体を画面いっぱいに撮る手法)で、暴動を起こした人々が警官に警棒で殴られるシーンを入れたりもした。当時撮影されていたアーカイブの映像も含めることで、僕らが撮影している状況とマッチングすることができた」
「シカゴ7裁判」は、脚本家としてだけでなく、監督としての力を発揮する場となった。
ソーキン「脚本を書いている時は、人に読んでもらうために書いていない。あくまで、人に演技をしてもらうために書いているんだ。だから、僕にとって監督は、脚本の延長線上にある。つまり、脚本が作曲過程ならば、監督は、ある意味オーケストラの前で指示する指揮者みたいなものだ」
また、今回のイベントから2週間後に、監督作第3弾「Being the Ricardos(原題)」の撮影に入る予定であることを明かした。
ソーキン「実は『Being the Ricardos(原題)』は、自分で監督をするつもりで脚本を書いたわけではなかった。それに『モリーズ・ゲーム』『シカゴ7裁判』に関しても、当初は自分が監督するとは思っていなかったんだ」
監督の立場として重視していることは「過去作の演技に魅了されて、俳優たちのキャスティングを行っている。だからこそ、彼らがそんな芝居ができる場所を提供することが大切だった」と明かした。
「以前、ジェフ・ダニエルズから素晴らしいことを教えてもらった。『撮影中、監督からどれだけ指示をして欲しいか?』と聞くと、彼は『撮影が開始する1週間前、1日前、1時間前ならどれだけ話しても構わない。だが、1度カメラが回り始めたら、俳優には5ワード以内(の会話)で演出を行うべきだ』というアドバイスを受けたんだ。僕は、それが理にかなっていると思った。俳優のエネルギーを(切らさずに)保つことができるからだ」
関連ニュース
映画.com注目特集をチェック
関連コンテンツをチェック
シネマ映画.comで今すぐ見る
父親と2人で過ごした夏休みを、20年後、その時の父親と同じ年齢になった娘の視点からつづり、当時は知らなかった父親の新たな一面を見いだしていく姿を描いたヒューマンドラマ。 11歳の夏休み、思春期のソフィは、離れて暮らす31歳の父親カラムとともにトルコのひなびたリゾート地にやってきた。まぶしい太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、2人は親密な時間を過ごす。20年後、当時のカラムと同じ年齢になったソフィは、その時に撮影した懐かしい映像を振り返り、大好きだった父との記憶をよみがえらてゆく。 テレビドラマ「ノーマル・ピープル」でブレイクしたポール・メスカルが愛情深くも繊細な父親カラムを演じ、第95回アカデミー主演男優賞にノミネート。ソフィ役はオーディションで選ばれた新人フランキー・コリオ。監督・脚本はこれが長編デビューとなる、スコットランド出身の新星シャーロット・ウェルズ。
「苦役列車」「まなみ100%」の脚本や「れいこいるか」などの監督作で知られるいまおかしんじ監督が、突然体が入れ替わってしまった男女を主人公に、セックスもジェンダーも超えた恋の形をユーモラスにつづった奇想天外なラブストーリー。 39歳の小説家・辺見たかしと24歳の美容師・横澤サトミは、街で衝突して一緒に階段から転げ落ちたことをきっかけに、体が入れ替わってしまう。お互いになりきってそれぞれの生活を送り始める2人だったが、たかしの妻・由莉奈には別の男の影があり、レズビアンのサトミは同棲中の真紀から男の恋人ができたことを理由に別れを告げられる。たかしとサトミはお互いの人生を好転させるため、周囲の人々を巻き込みながら奮闘を続けるが……。 小説家たかしを小出恵介、たかしと体が入れ替わってしまう美容師サトミをグラビアアイドルの風吹ケイ、たかしの妻・由莉奈を新藤まなみ、たかしとサトミを見守るゲイのバー店主を田中幸太朗が演じた。
ギリシャ・クレタ島のリゾート地を舞台に、10代の少女たちの友情や恋愛やセックスが絡み合う夏休みをいきいきと描いた青春ドラマ。 タラ、スカイ、エムの親友3人組は卒業旅行の締めくくりとして、パーティが盛んなクレタ島のリゾート地マリアへやって来る。3人の中で自分だけがバージンのタラはこの地で初体験を果たすべく焦りを募らせるが、スカイとエムはお節介な混乱を招いてばかり。バーやナイトクラブが立ち並ぶ雑踏を、酒に酔ってひとりさまようタラ。やがて彼女はホテルの隣室の青年たちと出会い、思い出に残る夏の日々への期待を抱くが……。 主人公タラ役に、ドラマ「ヴァンパイア・アカデミー」のミア・マッケンナ=ブルース。「SCRAPPER スクラッパー」などの作品で撮影監督として活躍してきたモリー・マニング・ウォーカーが長編初監督・脚本を手がけ、2023年・第76回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリをはじめ世界各地の映画祭で高く評価された。
文豪・谷崎潤一郎が同性愛や不倫に溺れる男女の破滅的な情愛を赤裸々につづった長編小説「卍」を、現代に舞台を置き換えて登場人物の性別を逆にするなど大胆なアレンジを加えて映画化。 画家になる夢を諦めきれず、サラリーマンを辞めて美術学校に通う園田。家庭では弁護士の妻・弥生が生計を支えていた。そんな中、園田は学校で見かけた美しい青年・光を目で追うようになり、デッサンのモデルとして自宅に招く。園田と光は自然に体を重ね、その後も逢瀬を繰り返していく。弥生からの誘いを断って光との情事に溺れる園田だったが、光には香織という婚約者がいることが発覚し……。 「クロガラス0」の中﨑絵梨奈が弥生役を体当たりで演じ、「ヘタな二人の恋の話」の鈴木志遠、「モダンかアナーキー」の門間航が共演。監督・脚本は「家政夫のミタゾノ」「孤独のグルメ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭。
奔放な美少女に翻弄される男の姿をつづった谷崎潤一郎の長編小説「痴人の愛」を、現代に舞台を置き換えて主人公ふたりの性別を逆転させるなど大胆なアレンジを加えて映画化。 教師のなおみは、捨て猫のように道端に座り込んでいた青年ゆずるを放っておくことができず、広い家に引っ越して一緒に暮らし始める。ゆずるとの間に体の関係はなく、なおみは彼の成長を見守るだけのはずだった。しかし、ゆずるの自由奔放な行動に振り回されるうちに、その蠱惑的な魅力の虜になっていき……。 2022年の映画「鍵」でも谷崎作品のヒロインを務めた桝田幸希が主人公なおみ、「ロストサマー」「ブルーイマジン」の林裕太がゆずるを演じ、「青春ジャック 止められるか、俺たちを2」の碧木愛莉、「きのう生まれたわけじゃない」の守屋文雄が共演。「家政夫のミタゾノ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭が監督・脚本を担当。
内容のあまりの過激さに世界各国で上映の際に多くのシーンがカット、ないしは上映そのものが禁止されるなど物議をかもしたセルビア製ゴアスリラー。元ポルノ男優のミロシュは、怪しげな大作ポルノ映画への出演を依頼され、高額なギャラにひかれて話を引き受ける。ある豪邸につれていかれ、そこに現れたビクミルと名乗る謎の男から「大金持ちのクライアントの嗜好を満たす芸術的なポルノ映画が撮りたい」と諭されたミロシュは、具体的な内容の説明も聞かぬうちに契約書にサインしてしまうが……。日本では2012年にノーカット版で劇場公開。2022年には4Kデジタルリマスター化&無修正の「4Kリマスター完全版」で公開。※本作品はHD画質での配信となります。予め、ご了承くださいませ。