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西川美和監督×役所広司×仲野太賀、必然ともいうべき数奇な巡り合わせ

2021年2月11日 14:00

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取材に応じた(左から)役所広司、西川美和監督、仲野太賀
取材に応じた(左から)役所広司、西川美和監督、仲野太賀

直木賞作家・佐木隆三氏の小説「身分帳」を原案にした西川美和監督作「すばらしき世界」は、オリジナル脚本にこだわって作品を発表し続けてきた西川監督にとって、長編映画としては初の原作ものとなる。映画.comでは、西川監督、日本を代表する名優・役所広司、これからの映画界を牽引していくであろう仲野太賀を取り巻く、必然ともいうべき巡り合わせに迫った。(取材・文/編集部、写真/根田拓也)

原案の「身分帳」は、罪を償って刑務所を出所した男が、どのように更生し、社会に馴染んでいくかを丹念に綴ったノンフィクション小説。映画では時代設定を現代に置き換え、一度過ちを犯し社会からつまはじきにされた男が、再出発しようともがきながら七転八倒する現実、不寛容な社会の光と影を炙り出す意欲作だ。

西川監督が、脚本を完成させるまでに要した期間は3年。行政や刑務所の取材では現在の取り組みや問題点の教えを受け、服役経験のある人物や反社会的勢力から引退した人物から話を聞くなかで、暴対法成立以後の現代では反社会的勢力は根絶されつつあり、その変化を作品に落とし込む必要性を感じたという。

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今作は既に、第56回シカゴ国際映画祭で観客賞を受賞したほか、役所が最優秀演技賞に輝いている。その役所が息吹を注ぎ込んだのは、殺人を犯し13年の刑期を終えた三上正夫。正義感が強く、普段は人懐こくてチャーミングなところもあるが、激高すると手が付けられなくなるという役どころだ。

西川監督は17歳のときに、テレビで「実録犯罪史シリーズ 恐怖の二十四時間 連続殺人鬼 西口彰の最期」(1991/演出:深町幸男)で西口に扮した役所の芝居を見て以来、一緒に仕事をすることを夢見てきたという。役所は今村昌平監督作「うなぎ」に主演し、第50回カンヌ国際映画祭でパルムドールを戴冠しているが、今村監督が79年に手がけた「復讐するは我にあり」の主人公・榎津巌のモデルになったのが西口だというから、因縁めいた巡り合わせを感じざるを得ない。

西川監督「17歳の私が見たあのドラマで、世の中では悪人と烙印を押されたような人間にだって内側には多様な人間性があり、人を惹きつける温かさや寂しさもあれば、理解できない残虐性も同居するんだという姿が描かれているのを見て、この人間の中にある不可解なものを将来的に何かしらで書いていく立場になれたらいいなあと思ったまま映画界に入ったので、色々なものが混ざった役をやってもらえる機会があれば、役所さんにお願いしたいと思い続けて今までやってきました」

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役所「監督が17歳の時というと、僕は40歳手前くらいじゃないですかね。監督が撮った『夢売るふたり』と『永い言い訳』にコメントを書かせてもらったのですが、御礼の手紙をいただいて、かつてドラマを見たと書かれていたんです。じゃあ、すぐにオファーが来るなあと両手を広げて待っていたら、なかなか来ない(笑)。その後、是枝裕和監督の『三度目の殺人』に出演したことで、(是枝、西川両監督が所属する)分福に一歩近づいたんです。監督も僕も色んな作品をやってきて、今回みたいな接点を持てるようになったというのは、本当に縁があったんですね。お互いに、全く趣味の合わない作品をやっていたら巡り合えていなかったでしょうしね」

この巡り合わせは、まだ終わらない。本作で三上に近づく津乃田を演じた仲野は、テレビ東京のドラマ「復讐するは我にあり」(07)で主人公・榎津巌の少年期を演じている。津乃田は、前科者の社会復帰、生き別れた母との涙の対面という分かりやすいドキュメンタリーに仕立てようと目論むが、三上がそんな生半可な相手ではないと気づかされていく。そしてまた、仲野の西川組への“愛”も生半可なものではない。

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仲野「僕が西川さんの作品と出合ったのは、中学生の頃。当時の僕は、役者として駆け出しでした。学校の担任の先生が、生徒たちに『今月観るべき作品』みたいな形で映画を教えてくれていて、『ゆれる』を劇場で観たんです。もう衝撃で、ラストカットまで鮮烈に覚えているほど。その時から、僕の中で西川さんに対する憧れ、そして同時に日本映画というものが好きになっていったんです」

そして10年、NHK BS2の「太宰治短編小説集」第3シリーズで、西川監督が「駆け込み訴え」を演出することになる。

仲野「企画の話を聞いて、当時のマネージャーさんに、『どうしても出たい!』とお願いしました。セリフなんてほとんどなくて一瞬の出来事だったのですが、まさかこの作品に繋がるなんて考えもしませんでした。今回、お話を頂いた時は震えました」

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西川監督「『駆け込み訴え』という朗読劇を撮った時、男子大学生Bというような、じかに演出する場面もないような役でお願いしたんです。でも何か派手なことをするわけじゃないんだけど、彼の事は鮮烈に覚えている。というのも、助監督が喉をつぶして、広い海岸で拡声器を使っても声が通らないことがあったんです。その時、キャメラから100メートルくらい離れた場所にいるのに、大学生のお兄さんの役を活かしながら、自分よりもちょっと年下の女の子たちを助監督のように動かしてくれていたんですよ。太賀くんがいることで、ギリギリだった現場を乗り切れたんです。それで『この人は演じるだけじゃなくて、カメラのこちら側も見つめてくれている。また一緒にやりたいな、同じ現場にこの人がいるといいなあ』と思ったんです。役者に対してそんな風に感じることってあまりないんですよ。今回、三上が50代後半という役どころだったので、そのバディ的な立ち位置にいる男性はグッと若い方が面白いんじゃないかと思った時に、『あれ、太賀くんは幾つになったんだろう?』って。この役は、“見る”という視点を持った人にやってもらいたいと思ったんです」

本編で、三上は突然凶暴な一面を見せるが、茶目っ気も持ち合わせている。生活保護を申請する我が身に不甲斐なさを感じ、めまいを起こして倒れてしまう……という描写も確認することができる。極端な話、どんなに真っ当に生きていても、きっかけ次第で恐ろしい姿へと変貌を遂げてしまうという一面を、人間は誰しもが持ち合わせているということを観る者は突き付けられる。役所は、自らの役どころをどう解釈したのだろうか。

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役所「先に小説を読んだのですが、映画の主人公としてお客さんは共感してくれるだろうか? と不安に思いました。理屈っぽいし、妙にずる賢いし、僕はあまり好感を持たなかった(笑)。でも脚本をいただいたら、監督が加筆されたところに何となく三上に対する愛情、温かい眼差しみたいなものを感じることが出来たので、脚本にある三上という男に近づこうと努力しましたね。僕の考える三上と監督の考える三上にずれがあったんですが、それを撮影前半のうちに監督の考える方に修正出来たんです。その日に撮ったシーンが役作りのヒントになって、次のシーンに向かう……。そういう経験というのは、ちょっと珍しい感じでしたね」

役所の口から発せられる一言一句を聞き逃すまいと、静かに耳を傾けていた仲野は、今作では最も観客に近い位置で三上を見つめ、その内面に潜り込む役回りも務めることとなった。「駆け込み訴え」で端役を得て、自らに課せられた役割以上の動きを見せた仲野は、主要キャストとして改めて参加した西川組で、今後の自分にどのような課題を見出したのだろうか。

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仲野「日本映画界の大黒柱である役所さんが目の前にいて、僕が憧れてきた日本映画を支えてきた超一流のスタッフさんがいて、西川組という場所自体が中学生の頃から憧れてきた聖域そのもの。色々な現場で経験を積んで、ようやく辿り着けた場所。これまでに自分自身が積み上げてきたものが試される瞬間というのがいっぱいあったし、それ以上に僕という人間そのものが試されている瞬間もあった気がします。今回、今までにない新たな試みをこの現場に持ち込んだというよりは、三上といかに関係を築けるか、いかに同じ時間を共有し、観客と映画の架け橋として三上と向き合えるかが重要でした。そうするために、西川さんは最初から最後までずっと寄り添ってくれて、一緒に並走してくれました。この現場を経験したことで、『俺はこうしていくんだ!』と言語化はできませんが、これからの僕の俳優人生において、あの場所にいた、この作品に出られたという経験こそが僕の襟を正し続ける。今後も日本で映画を作り、出演していくなかで、お守りになるような時間になりました。あの時間すべてが僕の血となり肉となっています。だからこそ、これから先、僕は何を選び、何を表現していくのか、いますごく慎重になっています」

仲野の熱い独白に対し、西川監督は「ふふふ、役所さんと早くやり過ぎなんだよ」とほくそ笑む。

仲野「慎重でいいと思うんです。ただ、それと同時に大胆にいきたいとも思っています。この作品に出させてもらえたということが、僕の背中を押してくれるような気がしています」

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世の中の不寛容について、本編で三上は反旗を翻すかのごとく、真っすぐにひた走る。チンピラに絡まれたサラリーマンを助けた後、津乃田との電話で「善良な市民がリンチにおうとっても見過ごすのがご立派な人生ですか!」と問いかける。そのシーンを見た際、不意にフランシス・ホジソン・バーネットの児童小説「小公子」にある、「全ての人の人生には実際に、目を見張るほどの幸福が数多くある」という一文が、筆者の脳裏に浮かんだ。

三上に当てはめた時、バーネットが言うところの「目を見張るほどの幸福」とは何だろうか。真っすぐ過ぎるがためにあちこちでぶつかり、前述のように誰もが目を背け見過ごしてしまう局面でも、自らの思いが先走りしてしまう。役所が生きた三上は、時間軸のずれは致し方ないにせよ、過去の栄光にすがるタイプでもない。

そういう視点で観直してみると、津乃田が大浴場で三上の背中を流しながら語りかけるシーンや、キムラ緑子が扮した暴力団組長の妻・マス子が三上に「やけど空が広い。不意にしたらあかんよ」と伝えるくだりからは、そこはかとない“愛情”を感じる。決して数は多くないにせよ気遣い、思ってくれる存在がこの世の中にいるということを、三上は徐々に噛み締めていく。このことこそが、三上にとっての幸福といえるのではないだろうか。

西川監督「映画の序盤でアパートを借りてもらった三上が朝、ご飯を研いで、卵かけご飯を食べ、洗濯をして、ごみの分別の仕方を教わって、スーパーで買い物をするという連なりの場面は、自分で撮ったはずなのに、何度見ても『ああ、幸福なシーンだな』と涙が出そうになるんです。本人は気づかないんだろうけど、そういったことを当たり前に出来ることって本当に幸せなことですよね。他人のそういう静かな生活を侵さず、自分の生活も侵されず……ということを守ることができれば、幸せだと思うんですよ。人の幸せを壊さない、妬まない。わたし自身、ひがみっぽいし、嫉妬深いところもある。でも、人の幸福を良かったねって思えるようになりたいと思いますね。わたしは幸福ですよ。映画が撮れて」

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