米大統領選挙直前に世界配信された「シカゴ7裁判」「続・ボラット」に込められたメッセージ
2020年11月2日 19:00
今月、「シカゴ7裁判」「続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画」というジャンルの異なる2本のハリウッド映画が、大手配信サービスを通じて相次いで世界配信された。
アメリカでは、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、いまだにロサンゼルスやニューヨークの映画館が閉鎖されたままで、営業を再開した劇場も大半が定員制限を設けるなど十分な集客が見込めない厳しい状況が続いている。コロナ禍で公開される初の大作映画として注目された「TENET テネット」が北米市場で惨敗したため、年内に公開を予定していた「ブラック・ウィドウ」や「007 ノー・タイム・トゥ・ダイ」「デューン 砂の惑星」といった大作の公開が2021年に延期。話題作を失った劇場はさらなる窮地に立たされている。世界最大手の映画館チェーンである米AMCをはじめ、シネコンチェーンから個人経営まで大半の映画館が資金難に喘いでいるといわれるが、次の目玉となる「ワンダーウーマン1984」が公開されるクリスマスまで、なんとか持ちこたえて欲しいと思う。
さて、注目作が次々と劇場公開の延期を決定するなか、「シカゴ7裁判」はNetflix、「続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画」はAmazon Prime Videoと、ストリーミング配信での公開に踏み切った。劇場公開にこだわって公開を延期しなかったのは、いずれも11月3日の米大統領選挙に照準を合わせて作られた映画だからだ。最近「シカゴ7裁判」監督・脚本のアーロン・ソーキン、「続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画」主演のサシャ・バロン・コーエン(彼は「シカゴ7裁判」にも出演している)に取材する機会があったので、ふたりのコメントを引用しつつ、2作が生まれた経緯と、込められた意図を解説しようと思う。
「シカゴ7裁判」は、ベトナム戦争の抗議運動により逮捕・起訴された8人の男たちの裁判を追った実録ドラマだ(もともとは8人だったが、裁判の途中でひとり減るのでシカゴ7と呼ばれる)。政府の権力乱用がテーマとなっており、スティーブン・スピルバーグが2008年の米大統領選挙に合わせて映画化を企画。市民の政治参加の重要性を訴えることで、投票行動につなげようとしたのだ。スピルバーグは、06年に「ア・フュー・グッドメン」や「ザ・ホワイトハウス」など政治・法廷モノに強いソーキンに脚本執筆を依頼。だが、07年に起きた米脚本家組合のストライキの影響で製作が延期に。米大統領選挙の年に公開することを想定した企画のため、次の照準は4年後の12年公開となったが、スピルバーグ監督が多数の待機作を抱えていたうえに、リーマン・ショック以降のハリウッドはマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)に代表されるフランチャイズ映画偏重になったので、史実に基づいた法廷ドラマの実現がぐっと困難になった。
企画が再び勢いを取り戻したのは、16年の米大統領選でドナルド・トランプが勝利したことがきっかけだ。スピルバーグをはじめとする製作陣が、トランプ政権下のアメリカの方向性に危機感を募らせたのは想像に難くない。さらに、「マネーボール」「ソーシャル・ネットワーク」「スティーブ・ジョブズ」などの傑作を執筆してきたソーキンが、「モリーズ・ゲーム」で映画監督デビューを果たす。その手腕を評価したスピルバーグは、ソーキンに「シカゴ7裁判」のメガホンの託すことにした。かくして、次の大統領選にあたる20年公開に向けて製作がスタートしたのだ。
見事なドラマと強いメッセージ、史実の重み。「シカゴ7裁判」は、傑作に必要な要素がすべて揃っている。だが、所詮は過ぎ去った時代の裁判だ。08年や12年、あるいは16年に公開していても、それほど話題にならなかっただろう。
だが、20年は違う。警官による黒人男性の殺害事件をきっかけに、人種差別問題が噴出し、「Black Lives Matter」などの抗議活動が起きているいまのアメリカは、「シカゴ7裁判」の時代とぴったりと重っている。
「映画を撮影しているときにも、この題材には現代性があると思っていた」と、ソーキン監督は振り返る。「だが、公開に向けて、現代の観客に響く要素がもっと必要だと感じていた。それは、こちらが予想もしていなかった冷酷な形で起きた。CNNで報じられているデモ隊と警官隊との衝突の様子は、映像を荒くしてモノクロに変えれば、この映画で使用した1968年のニュース映像とまったく同じに見えるはずだ。アメリカはまさに暗黒時代に戻っている。60年代から私たちはたくさんの痛みをともなって進歩したはずなのに、どうしてまたあの場所に戻ってしまったのか?」
「シカゴ7裁判」は、もともとパラマウントが劇場公開を行う予定だったが、コロナ禍の劇場の状況を考慮して、Netflixに売却されている。
「続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画」は、サプライズヒットとなった2006年「ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習」の続編。無知でお下劣なカザフスタンのテレビレポーターであるボラットが、米大統領への貢ぎ物を渡すために、再びアメリカを訪問するという内容だ。
実は「ボラット」に関しては、07年から続編企画があった。だが、コーエン演じるボラットが有名になりすぎてしまったがゆえに、一般人を対象にドッキリを敢行するゲリラ撮影が不可能になり、立ち消えとなった。
そのコーエンがボラットを復活させることを決めたのも、トランプの大統領就任がきっかけだ。18年に米トーク番組のコントでボラットを復活させたとき、「続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画」の可能性に気づいたという。
「ボラットほど、トランプにお似合いのキャラクターはいないと悟ったんだ。実際、ボラットはトランプを少し過激にしたキャラクターだ。どちらも女嫌いで、人種差別主義者で、反ユダヤ主義者だ。ふたりとも民主主義に関心がなく、とても古い世界観を持っていて、滑稽な人物である。だからこそ、ボラットとしてトランプの支持者に話しかけたら、彼らは本性を露わにするはずだと。ボラットを通じて、連中がどこまで過激なことをやろうとしているのか、それを描くことにしたんだ。たとえば、ワシントン州で行われた銃保持の権利を主張する団体のイベントで、『ジャーナリストをサウジアラビアの連中のように切り刻め』とぼくが歌うと、連中は一緒に歌った。この映画で描きたかったのは、いまぼくらは民主主義の崖っぷちに立っているということだ。このままいけば、独裁政治の奈落の底に落ちるとね」
今回は身の危険を感じたというコーエンは、一部では防弾チョッキを着用してゲリラ撮影を敢行。トランプ米大統領本人へのドッキリには失敗したものの、マイク・ペンス副大統領の集会への乱入や、顧問弁護士ルディ・ジュリアーニの本性を暴く隠し撮りに成功している。インディペンデント映画として製作された本作は、争奪戦の末にアマゾンが世界配信権を獲得している。
つまるところ、「シカゴ7裁判」と「続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画」は、いずれもトランプ政権の2期目を阻止する目的で作られている。だが、いずれも説教臭いプロパガンダ映画とはほど遠く、エンターテインメントとして仕上がっているのが見事だ。
さて、ふたりは米大統領選の行方をどう見ているのだろうか?
「憂慮しているし、彼が負けても権力を維持しようとするのではないかと不安になっている」とは、コーエンの弁。「これから世界はもっと困難な時代に突入すると思っている。もっとたくさんの人がコロナで亡くなることになるでしょう。多くの苦しみと死が待ち受けていることを考えると、前向きな気分でいるのは難しい。選挙の結果次第では、アメリカはいまよりもはるかに悪い状況に陥る可能性があるしね」
一方、「シカゴ7裁判」のソーキン監督はずっと前向きだ。
「アメリカ史において、暗黒の時代は常に最高の時代にとって変わられてきた。だから、今回の選挙において、アメリカの人々が現状の修正を選択することにすべてを賭けています」
「シカゴ7裁判」はNetflix、「続・ボラット」はAmazon Prime Videoで配信中。
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