【「羅生門」評論】映画の新たな可能性を世界に知らしめた光と影の映像美、鬼気迫る名演
2020年5月12日 19:00
[映画.com ニュース] 新型コロナウイルスの影響により、多くの新作映画が公開延期となり、映画ファンの鑑賞機会は減るばかりです。映画.comでは、「映画.comオールタイム・ベスト」(https://eiga.com/alltime-best/)に選ばれた、ネットですぐ見られる作品の評論を毎週お届けいたします。今回は「羅生門」です。
韓国のポン・ジュノ監督「パラサイト 半地下の家族」が、第92回アカデミー賞で作品賞はじめ4冠に輝くという歴史的な快挙を成し遂げたのが今年2月。ポン・ジュノという名前、韓国映画のクオリティの高さを世界に、そしてハリウッドの映画人に知らしめた。アジア映画として初の快挙であり、アジア映画史の新しい局面を切り開いた。
しかし今から約70年前。世界にクロサワの名前を、日本映画の存在を知らしめた歴史的作品がある。日本映画として初めて第12回ベネチア国際映画祭でグランプリの金獅子賞を受賞し、第24回アカデミー賞名誉外国語映画賞を受賞した黒澤明監督の「羅生門」(1950)だ。この受賞から吉村公三郎監督「源氏物語」(1951)、溝口健二監督「雨月物語」(1953)、衣笠貞之助監督「地獄門」(1953)など、日本映画が次々と海外映画祭で評価されていった。
映画ファンであれば、黒澤明、「羅生門」のことは知っていると思うが、もしかしたら10代、20代の世代は未見の方が多いのではないか。モノクロの時代劇というだけで、これまで見ることを先送りにしてきた方は、この機会に是非確認して欲しい。「パラサイト」の70年も前に、アジアの映画が世界から評価されるきっかけとなった一本で、その後の世界の映画人に影響を与えた。
原作は芥川龍之介の短編「藪の中」。時は平安時代の乱世、都にほど近い山中で侍夫婦が盗賊に襲われ、夫の侍が殺される。やがて盗賊は捕われるが、盗賊と侍の妻、目撃者らの食い違う証言がそれぞれの視点から描かれる。見栄や虚栄のための嘘により、人間のエゴイズムがあぶり出され、黒澤監督と橋本忍による脚本がこの世の真実とは何かを追求している。
さらに、この映画の見所は物語構造とともに、その映像美と役者たちの演技にある。豪雨の中に浮き立つ荒廃した羅生門の造形美から始まり、盗賊、侍とその妻の森の中での立ち回りシーンの迫力、語り部となる杣(そま)売りと旅法師らの羅生門下でのやり取りなどすべてが印象深い。夏の森の中の光と影のコントラストの中で、盗賊を演じた三船敏郎の力強くも滑稽な野性味が繰り返される証言シーンを牽引し、侍の妻を演じた京マチ子が女性の内なる強さや妖艶さを見事に表現。木漏れ日の光に照らし出される表情が美しさを増し、モノクロの映画でありながら色彩を感じさせる。自然光を生かし、静と動を使い分けたカメラワークにより、風、雨、太陽の熱を捉えた宮川一夫の画期的な撮影も必見だ。
また森雅之が演じる侍の高貴さが対比となり、美しい妻の前で追いやられた男の無念さ、自我を浮き立たせ、志村喬が演じる杣売りらをこの世の藪の中へと引きずり込んでいく。役者たちの目の表情に圧倒されるに違いない。そしてラストの解釈は、この映画を見た者のエゴイズムが問われることになるだろう。
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