【中国映画コラム】4時間の傑作「象は静かに座っている」フー・ボー監督の“自殺”に思うこと
2019年11月9日 12:00
北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数270万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”を聞いていきます!
前回のコラムでは、中国における海賊版の“真実”について言及させていただきました。語るべきことはまだまだあるのですが、要注目作が日本公開を迎えたので、一旦シフトチェンジさせていただきます! 昨年、中国映画業界で最も話題となった作品は、何だと思いますか? チャン・イーモウ監督作「SHADOW 影武者」? それともジャ・ジャンクー監督作「帰れない二人」? その答えとなる作品は、11月2日に日本での劇場公開を迎えた「象は静かに座っている」なんです。
総尺約4時間の「象は静かに座っている」をデビュー作として発表したフー・ボー(胡波)監督は、わずか29歳の若さでこの世を去りました。ある若手監督の最初で最後の作品――この事実は中国映画界に大きな衝撃を与えました。フー・ボー監督の死によって“伝説”となった本作は「物語の内容、監督の死による社会的影響への懸念」「4時間尺の作品は、上映する機会が少なく、興行収入も全く期待できない」といった理由が兼ね合い、中国国内での公開は叶わず。大多数の映画ファンは、仕方なく海賊版で鑑賞することになったんです。
「私たちはこの映画を愛しています! 審査のなかで『象は静かに座っている』に関する議論はずっと続いています。本作は非常に特別。他の中国映画監督の素晴らしいデビュー作に負けないほどの傑作です。29歳の若さで亡くなったフー・ボー監督ですが、彼の名は既に映画史に残りました」
このコメントは、第68回ベルリン国際映画祭フォーラム部門審査委員カリン・ペーター・ネッツアー監督(「私の、息子」)が授賞式で出したものです。同映画祭では、最優秀新人監督賞スペシャルメンション、国際批評家連盟賞を獲得。さらに、第55回金馬奨では作品賞、脚色賞、観客賞に輝きました。さて、本作を語るうえで避けては通れないものがあります。それは、フー・ボー監督の“自殺”についてです。
フー・ボー監督が自殺したのは、2017年10月12日。「象は静かに座っている」が世に披露される前のことでした。原因に関しては、いまだに議論され続けていますが、はっきりとわかる人は誰もいないでしょう。そんななか、多くのマスコミは、自殺の原因が「プロデューサーを務めた映画監督ワン・シャオシュアイ(王小帥)にある」と報道したのです。
「我らが愛にゆれる時」「北京の自転車」で知られるワン・シャオシュアイは、中国映画界の“第六世代”の映画監督のひとりであり、世界三大映画祭での受賞歴がある人物です。近年は、若手監督の育成に力を入れ、プロデューサー業も積極的に行っています。そのうちの1本となるのが「象は静かに座っている」。マスコミは、ワン・シャオシュアイのある発言に着目しました。それは「総尺が4時間、長回しの多い映画は、新人監督にとってリスクが高い。2時間ほどの尺に再編集してください」というもの。自身の作家性を貫きたいフー・ボー監督は、ワン・シャオシュアイと激しい論争を繰り広げました。「この争いが、最終的に“自殺”へとつながったのではないか?」と言われています。
だからといって「ワン・シャオシュアイに責任がある」とは言い切れないと思っています。作品をご覧になった方は、“自殺を選択した理由”というものを、少し感じ取ることができたのではないでしょうか。
一見“社会システムの批判”のように思えるストーリーですが、フー・ボー監督は物語が進むにつれて“絶望”を強調していきます。約4時間に及ぶ映画の旅は、特に後半部分から“社会の拒絶”へと突き進んでいくのです。そこに感じるのは、個人の強い意志――フー・ボー監督は、社会との訣別を意識したのではないでしょうか。非常に新鮮な才能を感じる「象は静かに座っている」ですが、その“裏側”では一体何が起こっていたのか。その真相は、フー・ボー監督の死によって、永遠に封じられてしまいました。
フー・ボー監督の経歴を少し紹介しましょう。10年、北京電影学院に入学すると、多くの映画青年と同じように、素晴らしい映画人になろうと奮闘しました。“文章を書くこと”が得意だったため、14年にはインターネットで小説も発表。その後、若手監督にフォーカスを当てる映画祭「FIRST国際映画祭」が主催したタル・ベーラ監督の映画教室にも参加しています。その際に製作した短編映画「井戸の中の人(仮題)」は、高評価を得ています。「象は静かに座っている」を分析してみると、タル・ベーラ作品の影響やオマージュシーンなどが見受けられるんです。
ここで登場した「FIRST国際映画祭」は、今後注目しておくべき映画祭です。同映画祭の始まりは、06年――中国の若手映像作家を育成する目的で、北京・中国伝媒大学での短編映画祭という形式で始動しました。北京の映画ファンの間では大きな話題となりましたが、同地は最も検閲が厳しい場所。09年、ラインナップした「光栄の憤怒(原題)」が“検閲上、問題がある”と指摘され、映画祭自体が1年間の開催禁止処分を受けたこともありました。
やがて11年、現在の拠点・中国北西部の青海省西寧市に開催地を移すことになりました。変更の主な理由は「北京から約1800キロ離れた西寧市ならば、検閲は緩和されている」「西寧市が、文化産業を非常に支持している」というものでした。その後、中国映画産業の急成長に伴い、“映画へのエネルギー”を高めた若者たちが、毎年のように映画業界へ参入。彼らにとって、若手映画人を支援し続けてきた「FIRST国際映画祭」は、第一の目標となりました。
フー・ボー監督を生前から支援し続けた同映画祭は、彼の死後「象は静かに座っている」という傑作を世に知らしめるべく、18年にオープニング作品として上映しました。検閲が厳しい中国映画界にとっては、ある意味“希望の星”といえる場所になっているんです。知名度が上昇したことで、審査員もビッグネームが集まるように。ウォン・カーウァイ、ロウ・イエのほか、東京フィルメックスのプログラムディレクターの市山尚三氏、タル・ベーラ、ツァイ・ミンリャンといった国際的な映画人が、「FIRST国際映画祭」に足跡を残していきました。
11月23日~12月1日に開催される「第20回東京フィルメックス」では、「FIRST国際映画祭」で最優秀作品賞を受賞した「春江水暖」(グー・シャオガン監督)が上映されます。第72回カンヌ国際映画祭でも披露され「ホウ・シャオシェン+ジャ・ジャンクー」とも言われる、とてつもなく素晴らしい作品なんです。お時間がある方は、絶対にお見逃しなく! 中国の新しい才能を体感してみてください。
関連ニュース
映画.com注目特集をチェック
時代は変わった。映画は“タテ”で観る時代。
年に数100本映画を鑑賞する人が、半信半疑で“タテ”で映画を観てみた結果…【意外な傑作、続々】
提供:TikTok Japan
年末年始は“地球滅亡”
【完全無料で大満足の映画体験】ここは、映画を愛する者たちの“安住の地”――
提供:BS12
【推しの子】 The Final Act
【忖度なし本音レビュー】原作ガチファン&原作未見が観たら…想像以上の“観るべき良作”だった――!
提供:東映
オススメ“新傑作”
【物語が超・面白い】大犯罪者が田舎へ左遷→一般人と犯罪、暴力、やりたい放題…ヤバい爽快!!
提供:Paramount+
外道の歌
【地上波では絶対NGの“猛毒作”】強姦、児童虐待殺人、一家洗脳殺人…安心・安全に飽きたらここに来い
提供:DMM TV
全「ロード・オブ・ザ・リング」ファン必見の伝説的一作
【超重要作】あれもこれも出てくる! 大歓喜、大興奮、大満足、感動すら覚える極上体験!
提供:ワーナー・ブラザース映画
ライオン・キング ムファサ
【全世界史上最高ヒット“エンタメの王”】この“超実写”は何がすごい? 魂揺さぶる究極映画体験!
提供:ディズニー
映画を500円で観る裏ワザ
【知らないと損】「2000円は高い」というあなたに…“エグい安くなる神割り引き”、教えます
提供:KDDI
関連コンテンツをチェック
シネマ映画.comで今すぐ見る
内容のあまりの過激さに世界各国で上映の際に多くのシーンがカット、ないしは上映そのものが禁止されるなど物議をかもしたセルビア製ゴアスリラー。元ポルノ男優のミロシュは、怪しげな大作ポルノ映画への出演を依頼され、高額なギャラにひかれて話を引き受ける。ある豪邸につれていかれ、そこに現れたビクミルと名乗る謎の男から「大金持ちのクライアントの嗜好を満たす芸術的なポルノ映画が撮りたい」と諭されたミロシュは、具体的な内容の説明も聞かぬうちに契約書にサインしてしまうが……。日本では2012年にノーカット版で劇場公開。2022年には4Kデジタルリマスター化&無修正の「4Kリマスター完全版」で公開。※本作品はHD画質での配信となります。予め、ご了承くださいませ。
ギリシャ・クレタ島のリゾート地を舞台に、10代の少女たちの友情や恋愛やセックスが絡み合う夏休みをいきいきと描いた青春ドラマ。 タラ、スカイ、エムの親友3人組は卒業旅行の締めくくりとして、パーティが盛んなクレタ島のリゾート地マリアへやって来る。3人の中で自分だけがバージンのタラはこの地で初体験を果たすべく焦りを募らせるが、スカイとエムはお節介な混乱を招いてばかり。バーやナイトクラブが立ち並ぶ雑踏を、酒に酔ってひとりさまようタラ。やがて彼女はホテルの隣室の青年たちと出会い、思い出に残る夏の日々への期待を抱くが……。 主人公タラ役に、ドラマ「ヴァンパイア・アカデミー」のミア・マッケンナ=ブルース。「SCRAPPER スクラッパー」などの作品で撮影監督として活躍してきたモリー・マニング・ウォーカーが長編初監督・脚本を手がけ、2023年・第76回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリをはじめ世界各地の映画祭で高く評価された。
父親と2人で過ごした夏休みを、20年後、その時の父親と同じ年齢になった娘の視点からつづり、当時は知らなかった父親の新たな一面を見いだしていく姿を描いたヒューマンドラマ。 11歳の夏休み、思春期のソフィは、離れて暮らす31歳の父親カラムとともにトルコのひなびたリゾート地にやってきた。まぶしい太陽の下、カラムが入手したビデオカメラを互いに向け合い、2人は親密な時間を過ごす。20年後、当時のカラムと同じ年齢になったソフィは、その時に撮影した懐かしい映像を振り返り、大好きだった父との記憶をよみがえらてゆく。 テレビドラマ「ノーマル・ピープル」でブレイクしたポール・メスカルが愛情深くも繊細な父親カラムを演じ、第95回アカデミー主演男優賞にノミネート。ソフィ役はオーディションで選ばれた新人フランキー・コリオ。監督・脚本はこれが長編デビューとなる、スコットランド出身の新星シャーロット・ウェルズ。
奔放な美少女に翻弄される男の姿をつづった谷崎潤一郎の長編小説「痴人の愛」を、現代に舞台を置き換えて主人公ふたりの性別を逆転させるなど大胆なアレンジを加えて映画化。 教師のなおみは、捨て猫のように道端に座り込んでいた青年ゆずるを放っておくことができず、広い家に引っ越して一緒に暮らし始める。ゆずるとの間に体の関係はなく、なおみは彼の成長を見守るだけのはずだった。しかし、ゆずるの自由奔放な行動に振り回されるうちに、その蠱惑的な魅力の虜になっていき……。 2022年の映画「鍵」でも谷崎作品のヒロインを務めた桝田幸希が主人公なおみ、「ロストサマー」「ブルーイマジン」の林裕太がゆずるを演じ、「青春ジャック 止められるか、俺たちを2」の碧木愛莉、「きのう生まれたわけじゃない」の守屋文雄が共演。「家政夫のミタゾノ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭が監督・脚本を担当。
文豪・谷崎潤一郎が同性愛や不倫に溺れる男女の破滅的な情愛を赤裸々につづった長編小説「卍」を、現代に舞台を置き換えて登場人物の性別を逆にするなど大胆なアレンジを加えて映画化。 画家になる夢を諦めきれず、サラリーマンを辞めて美術学校に通う園田。家庭では弁護士の妻・弥生が生計を支えていた。そんな中、園田は学校で見かけた美しい青年・光を目で追うようになり、デッサンのモデルとして自宅に招く。園田と光は自然に体を重ね、その後も逢瀬を繰り返していく。弥生からの誘いを断って光との情事に溺れる園田だったが、光には香織という婚約者がいることが発覚し……。 「クロガラス0」の中﨑絵梨奈が弥生役を体当たりで演じ、「ヘタな二人の恋の話」の鈴木志遠、「モダンかアナーキー」の門間航が共演。監督・脚本は「家政夫のミタゾノ」「孤独のグルメ」などテレビドラマの演出を中心に手がけてきた宝来忠昭。
「苦役列車」「まなみ100%」の脚本や「れいこいるか」などの監督作で知られるいまおかしんじ監督が、突然体が入れ替わってしまった男女を主人公に、セックスもジェンダーも超えた恋の形をユーモラスにつづった奇想天外なラブストーリー。 39歳の小説家・辺見たかしと24歳の美容師・横澤サトミは、街で衝突して一緒に階段から転げ落ちたことをきっかけに、体が入れ替わってしまう。お互いになりきってそれぞれの生活を送り始める2人だったが、たかしの妻・由莉奈には別の男の影があり、レズビアンのサトミは同棲中の真紀から男の恋人ができたことを理由に別れを告げられる。たかしとサトミはお互いの人生を好転させるため、周囲の人々を巻き込みながら奮闘を続けるが……。 小説家たかしを小出恵介、たかしと体が入れ替わってしまう美容師サトミをグラビアアイドルの風吹ケイ、たかしの妻・由莉奈を新藤まなみ、たかしとサトミを見守るゲイのバー店主を田中幸太朗が演じた。