「両親を訴えたい」育児放棄、路上生活、児童婚…貧困・移民問題を少年の視点から描く「存在のない子供たち」
2019年7月19日 15:00
[映画.com ニュース]2018年第71回カンヌ国際映画祭のコンペ部門で、審査員賞とエキュメニカル審査員賞を受賞、第91回アカデミー賞と第76回ゴールデングローブ賞外国語映画賞にもノミネートされたレバノン映画「存在のない子供たち」が、7月20日公開する。貧民街で生まれた少年が“自分を生んだ罪”で両親を告訴する、というセンセーショナルな導入から始まり、子どもの視点から同国の貧困・移民問題を抉り出したドラマ。来日したナディーン・ラバキー監督に話を聞いた。
主人公はベイルートのスラム街で暮らす12歳のゼイン。貧しい両親が出生届を提出していないために、証明書を持たない子供だ。同じくIDのない妹は、初潮を迎えた後、形式的な結婚という形を取り、中年男性に売られてしまう。家出したゼインは、エチオピアからの不法移民労働者の女性ラヒルと知り合うが、ラヒルが逮捕され、彼女が残した赤ん坊の面倒を見ることになる。子どもだけでの生活が続く中、ゼインは妹が妊娠し死んだことを知る。
主人公のゼインを演じた、同名のゼイン・アル=ラフィーアは、シリア難民として家族でレバノンへ逃れたものの、貧しい生活を送り、学校になじめず10歳からアルバイトで家計を助けていた少年。ゼインを含めたキャストほとんどが、プロの俳優ではなく、難民や元不法移民、そしてベイルートの貧民街で暮らす人々だ。
「その理由は、演技をして欲しくなかったのです。これほどまでの苦難を描く中で、役者経験のない方に、飢餓感だとか、誰にも気づかれない透明人間のような人物を演じてください、というのはとてもリスペクトを欠くこと。脚本のあるフィクションのドラマですが、作り物にしてはいけない、そういった思いが強かったのです。彼らと一緒にこの作品を作り、自分たちの経験を通して、どんなことを口にするのか、どんなことを感じるのかを彼ら自身に表現して欲しかったのです。とはいえ、脚本には3年をかけました。長いリサーチの中で、実際に出会った人々や、体験を観察し、ディテールを大事に作りました。撮影は、脚本があるからと決め込まず、彼ら自身の経験を物語に寄せていきました。フィクションとリアリティ、彼らもどちらかわからないような経験をしているので、時にはキャラクターではあるけれど、自分のことを話しているような瞬間もあったのです」
学校には行かず路上で日銭を稼ぐ子ども、移民、難民の不法労働者、児童婚、人身売買など、目を覆いたくなるような貧困と不幸が次々に描かれる。これは誇張されていないレバノンの現実なのだろうか。
「かなり厳しい状況なのは間違いありません。レバノンは人口4~500万人の国ですが、これまでにシリアからの難民を150万人受け入れており、レバノン人だけでなく、シリア難民の両方に負担が掛かっています。同じ中東地域の近隣諸国が難民の60パーセントを受け入れており、レバノンでは7人にひとり、ヨルダンでは14人にひとりの割合。トルコでも350万人の難民を受け入れています。もともと政治経済が苦しい状況の上での受け入れなので、このようなことが起こるのです。キャンプで寒さで凍死する人、飢餓や伝染病で亡くなる人、映画と同様(戸籍のような)証明書を持たず、存在を知られずに死んで行く子供たちがたくさんいるわけです。また、サハルのように、生理が来たら結婚、という名の下に売り買いされる女児もたくさんいます。しかし、そのことについて誰も話をしようとはしないのです。この先、どのようにこの問題を解決できるかわかりませんが、状況はこの映画のように良くないのは確かです」
カンヌでの受賞をはじめ国際的な映画祭で注目を集め、世界の様々な国で劇場公開が決まった。この映画が世に出たことによって、出演者たちに良い変化がもたらされたという。
「例えば、ゼインは国連難民高等弁務官(UNHCR)の助けにより、今は家族でノルウェーで暮らし、これまでとは違う人生を送っています。学校で読み書きも学んでいるし、良いプログラムに参加できています。ケニアの女の子ヨナスは幼稚園に通うようになり、路上でガムを売っていたシドラは、今は学校に通い、この作品に参加した影響か、映画作家になりたいと言っています。私たちも基金を立ち上げ、彼らの生活を助けたいと思っているし、少しずつ彼らが独立して、生活できるように、そんな未来になるように力添えをしたいと思っています。道は長いですが」
「大人は判ってくれない」で鮮烈なデビューを果たしたジャン=ピエール・レオを彷彿させる、名演を見せたゼインの将来については、「時には、演技に興味があるような話もしますが、まだはっきりと役者になるとは決めていないようです。けれども、彼のいちばんのオブセッションは鳥。今は鳥と何らかの仕事をすることが夢のようです。才能がある子なので、演技の道も考えて欲しいですね」と語る。
ラバキー監督自身は、これからもレバノンで作品を作っていきたいと考えているそう。「有名な役者を使えたり、外国での撮影、英語での製作など海外からのオファーにもちろん心を動かされることはあります。でも、一番大事なのは、自分の中で合点がいくこと。有名な人と撮影をするのが私の夢ではありません。自国で起きていること、自分の文化の中で起きていること、これからもその変化を撮っていきたい。それが私の真実ですから。ただ、なにか自分が伝えるべき必要に駆られたものが、外国の企画だったとしたら、もちろん可能性はゼロではありません」
「存在のない子供たち」は7月20日から、シネスイッチ銀座、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館ほか全国公開。
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