イラン映画界の名匠アミール・ナデリ監督、新作「山」に欠かせなかった3人の日本人を明かす
2019年2月8日 10:00
[映画.com ニュース] 現代イラン映画界の名匠アミール・ナデリ監督が構想15年の末に完成させた「山(モンテ)」。念願だったイタリアでのオールロケを敢行し、宗教、自然、人間の全てと対峙する孤独な男の戦いを描いた珠玉のドラマには、ナデリ監督が敬愛する3人の男たちの存在が欠かせなかった。(取材・文・撮影/編集部)
物語の舞台となるのは、中世後期のイタリア。山麓にある小さな村の外れで家族とともに暮らすアゴスティーノ(アンドレア・サルトレッティ)は、壁のようにそびえる山の存在に苦しむ日々を送っていた。日光を遮られることで作物が育ず、村人の大半が去って行ったが、アゴスティーノたちは先祖の墓や亡き娘の墓があるこの地を離れられない。やがて神や自然、そして人間からも見棄てられたアゴスティーノは、たったひとりで忌まわしき山と対峙する。
ナデリ監督の映画人としての人生は、常に日本を代表する巨匠・黒澤明とともにあったと言い表しても過言ではない。「黒澤監督のカメラの動き、過去を語る上手さ、“不可能を可能にする”という要素、そういうものを含んだ映画を作ることを心がけていた」と話し、自作の「駆ける少年」では、ラスト12分の描写を「七人の侍」の戦いのシーンから影響を受けたことを明かす。「その後製作した『水、風、砂』は様々な事情があり、イランでは公開ができなかったんだ。その悔しさは残っていて、もっと大きなスケール、ロマンティックに映画を作りたいという思いがあった。黒澤監督の『乱』を見て、絶対こういう作品がやりたいと――今度自分が戦う相手は“山”になるだろうと、ずっと考えていたんだ」と振り返った。
企画当初は日本での撮影を予定していたという。当初、ナデリ監督の勇気を奮い立たせたのは、「CUT」の美術を担当した磯見俊裕氏だ。黒澤監督に次ぐ“第2の男”について「最初に本作の話をしたら、とても励ましてくれました。『日本でも可能だ』と。しかし、作品に相応しい“山”が見つからなかった……。槌で叩くと、叩き返してくるような“山”が欲しかったんだ」と日本での撮影を断念し、一路イタリアへ。中世という時代設定について「この映画は“人対自然”を描いたもの。この対立というのは、古い時代の話なんだ。もし日本で撮影をしていたら、江戸時代の初期にしたかった。磯見さんが一緒だったら、もしかしたらできていたかもしれないね」と尊敬の念をにじませる。
2016年の第17回東京フィルメックス特別招待作品として上映された際には、磯見氏が来場していた。「磯見さんの反応がずっと気になっていたんだ。彼からもらった勇気で、イタリアで我慢しながら撮っていたからね」と述懐するナデリ監督。同上映には、「CUT」の主演・西島秀俊も訪れていた。「どんな感想をもらった?」と問いかけると、「実は彼と一緒にこの映画を考えていたんだ」と西島こそ“第3の男”であることを打ち明けた。
ナデリ監督「彼は出演したかったはずです。『素晴らしい作品だった』という感想はいただけましたが、その目の奥には“自分がやりたかった”という気持ちを感じました。また、主演のサルトレッティも来日していて、2人で言葉を交わしていましたね。友達、もしくは兄弟のように親しくなった彼らの姿を見て考えていたのは、私がサルトレッティにやらせたことは、西島さんには絶対できなかっただろうということ。事務所の規則もあるし、内向的な日本人、全てをオーバーにさらけ出すイタリア人、(芝居の表現が)全くの正反対だったから。でも、また日本で撮る機会があれば、必ずご一緒したいと思っています」
衣装は4カ月間同じものを着用させ、洗うことを禁じたナデリ監督。2500メートル級の山を登り、撮影をしながら生活をするうちに「最後の方は、スタッフも含めて、アゴスティーノと同じような状況になっていた」と過酷を極めたようだ。“日本で作りたかったという愛情”“黒澤監督への尊敬”“黒澤流のカメラの奥行きと編集”が詰まった箱を携えて向かったイタリアの地。全ての素材を撮り終えたナデリ監督は、再び日本の地を踏むことになった。
ナデリ監督「編集の大半は日本で構築したもの。黒澤監督のような音作りをしたかったので、日本の空気を感じたかったんだ。大げさな文化を持つイタリアで撮影をしたものなので、内向的な文化を持つ日本で編集をしないと、全く違う映画になると思っていた。今改めて映画を見ると、イタリア映画というよりは、日本映画に近い感覚を覚える。レオナルド・ダ・ビンチ、ミケランジェロ、黒澤明監督、溝口健二監督が同じテーブルにいて、私が食事を出しているようなイメージだ」
「駆ける少年」「CUT」「山(モンテ)」を「ある意味三部作」と位置づけ、共通するものは「主人公が目標としているものに辿り着けるかどうかわからない」と説明。「この3作は、スタッフも役者も大変な状況下で撮影をしていったので、どんどん止められないという気分になっていくんだ。止めてしまったら“負け”を背負って人生を過ごしていかなければならない。映画を作っている時、私は敵になっていく人を数えるんですよ。最終的に敵が大勢になると、その映画は正しいという方向になる。要するに、マラソンだ。どんどんと疲れ果てていき、負けて出て行く者もいる。それでも残った者が、本当に映画を愛している存在だ。でも『山(モンテ)』では、負けて出て行く人は誰もいなかったね」
第31回東京国際映画祭では「演劇論と俳優ワークショップ」を開催し、後進の育成にも余念がない。クリエイターは「自分のロールモデルを探すべきだ」と断言する。「道を歩むのは我々だが、その道を教えてくれるのはモデルとなる人々だ。オリジナリティを持つという夢を抱いているのならば、ロールモデルの姿から探っていくべき。自分に自信がない人たちは、彼らをコピーしているだけになっている」と熱弁し、日本の若手作家へメッセージを送る。
ナデリ監督「今の日本の若手作家を見ていると“今の自分”“狭い範囲の自分”しか見ていない気がしています。私がいつも教えているのは『過去を見てください』ということ。残念ながら、今の若手作家の方々は過去を見ていない。でも、日本映画界には近い将来面白いことが起こるはずです。イラン映画界でもあったのですが、プロの映画の世界がダメになり、自主映画を作っていた若手が素晴らしいものを生み出し始めた。今は戸惑って、(現状を)見ていると思う。でも、(台頭する時は)いずれ来る。必ずだ!」
「山(モンテ)」は、2月9日から東京・アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開。
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