「高知の映画人口を増やしたい」安藤桃子監督がミニシアターをオープン
2017年10月22日 13:30
[映画.com ニュース] 安藤サクラ主演の「0.5ミリ」などで知られる映画監督の安藤桃子氏がこのほど、高知市内にミニシアター「ウィークエンド キネマM」をオープンさせた。立ち上げから約2カ月半でのスピード開業。市内の中心商店街に映画館が復活するのは2006年以来となるという。「高知の映画人口を増やしたい」と語る安藤監督。その思いは?(取材・文・写真/平辻哲也)
同館は高知市の名所「はりまや橋」から徒歩5分とかからない商店街「おびさんロード」にある。鉄筋コンクリートにタイル張りのモダンな建物。正面には、大きなアーチが特徴的なオシャレな外観だ。オープン当日、目の前の道路は歩行者天国となり、ホットドッグ屋、沖縄の揚げドーナッツ「サーターアンダギー」の出店が建ち並び、食事をしながら、ビールを飲む人々の姿があった。大げさな表現ではなく、ヨーロッパの小粋な通りを見るようだった。
ビル1階にある映画館は席数57(車椅子席あり)。月~木曜は午前に1本、金~日曜は終日、3本上映する。全席自由席、入れ替え制。料金は一般(18歳以上)1本1300円、1日通し券2000円(ワンドリンク付)、会員1000円(特典付き)。DCP上映に加え、今どき珍しい35ミリフィルム上映設備もある。オープニング作品はベネチア国際映画祭銀獅子賞を受賞した溝口健二監督の「山椒大夫」(1954)、ろうあ者の寄宿学校を舞台に全編手話で展開される青春映画「ザ・トライブ」(14)、「人生はビギナーズ」のマイク・ミルズ監督が自身の母親をテーマに描いた「20センチュリー・ウーマン」(16)だ。安藤監督が企画、運営、作品選びなどすべてに関わった。
安藤監督は13年、「0.5ミリ」を高知で撮影したことがきっかけとなり、東京から移住。現在4年目で夫、子どもと暮らしている。映画館の話が急浮上したのは、このビルを買い取り、映画製作でも協力した地元の「和(かのう)建設」の社長からの提案がきっかけだった。
「『このビルが1年以上空きビルになってしまう。そうなると、おびさんロードも雰囲気がよくないし。桃子、何かやれや』と言われたんです。高知県民は三文字の『やれや』で動く。『じゃあ、映画館やりましょう』と言って、進んでいった。通常、映画館を作るんだったら、2年くらいかかると思うんですけども、長編映画をクランクインするくらいの時間だった」と振り返る。
父・奥田瑛二が07年に山口・下関で自身の映画館「シアター・ゼロ」をオープン、運営する姿を見てきたが、自身で手がけるのは初めて。「映画館をどうやって作るのか、運営するのか知らないけども、私は、映画を作ることは知っている。法廷映画、数学者の映画を作るとなっても、どちらも苦手分野。でも、現実にあるかのごとく作らなければいけない。映画館を作るということも、映画作りと寸分変わらないことだと気づいたし、実際、できた」
すぐさま、11人の完全ボランティアからなる「チームキネマM」を結成。「(仲間は)映画館の経験はないですが、それぞれ、プロフェッショナル。広報もいるし、一人の女子はグラフィックデザインもやれば、テレビのナレーションもやっている。今回、オリジナルグッズ、コラボ商品もいっぱい出していますけども、自分でディレクターをやりつつ、高知のデザイナーとタッグを組んでやっています。キネマMの文字も手書きで書いた。今まで東京を通してやっていた事も、今回は全部、高知で完結させたというのは大きいです」
約2カ月半という驚異的なスピードでオープンにこぎつけた。「高知は東京に比べると、緩やかですけども、物事は都内の5倍早く進む。主要な教育関係、企業、印刷関係のすべてがママチャリ30分圏内。自分の足で行けてしまう距離。東京にいると、ある取引先の会社は横浜にあったり、今日連絡して、今日打ち合わせ、というのはない。それが高知だと、『じゃ、今何やっているの?どこ?』『隣にいるよ』みたいなことがすごく多い。ハートで動いてくれる」
営業は来年いっぱいの期間限定だというが、一時的な映画館とは思えない立派な作りだ。和建設がすべて出資した。「外観もかっこいいでしょ。社長には『私はまず最初に風呂敷を広げます。あとで判断してください』と言いました。多分、相当思った以上に風呂敷を広げてしまったけども、全て持ってくれた。社長とも話していたのは、地方には町を応援したいと思っているような企業はたくさんある、ということ。社長は『これで数字的なことは分かった。桃子もクリエティブなことは分かったわけだから、これをどんどん共有して、いろんな町が盛り上がっていくモデルになっていかなければならない。高知はモデルを作れるから』と」
目標は、高知の映画人口を増やすこと。映画館経営は、それなりの価格設定をして、上映の回転数を増やすのが常道。それを選ばず、利益度外視の低価格、ウィークエンドでも3本しか上映しない意味もそこにある。「ひとつの挑戦です。後々、(プログラムを)詰めることもあるとは思う。映画を見た後に、(友達と)話したり、ご飯を食べたりということを“おびさんロード”でやってもらいたい。後々、映画とフードマップみたいのができたら、映画を中心に、1日をふんだんに楽しんでもらえる。(県外から来た人に)高知は楽しいらしいよと言ってもらえるようになれば」と期待を込める。
高知の中心商店街にあった映画館は、全国の例と同様、新設されたシネコンに押される形で、次々と消えていった。「シネコンに見に行くのは、そこで全部コンプリートできるから。映画を見て、食べて、1日を過ごすことができる。そのシステムを商店街が取り戻せばいい。個人商店、個人事業主はみんなインディペンデントだから、自由なんです。そことタッグを組んでいったら、とんでもないことをやることができる。高知の行政は町を本当に応援してくれる。通常、都内では難しいことも、盛り上げるために頑張ろうと。こうやって道を開放することもそうなんです。すべてが一体化していく」
今後は、映画館前の通りで、サイレント映画を上映し、奥田瑛二が活弁士を務めるイベントも企画している。「映画人だったら、映画館を持ちたいと思っている。“この映画館とストリートはやりたい放題だよ”ということを共有していき、その人のディレクションで作り上げる映画祭のようなことをやりたい。映画は3回しか回さないので、その間に時間もあるので、ストリートライブをやることもできる」と安藤監督。映画館を飛び出し、ストリートや町全体が一体となって、カルチャーの発信地にしたい、という考えだ。全国のミニシアターが減少する中、キネマMの挑戦に注目が集まる。
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