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ラスト直前まで思った以上に救いがなく、観ていて苦しかった。
マルコスの抱えたトラブルはこじれてゆき、海斗の八つ当たり的暴走は収まらず、誠治は幸福の絶頂にあった息子をナディアとともに亡くす。
大切なことを描いた作品なのは分かるのだが、吉沢亮演じる学が亡くなったあたりで、きつすぎて心が一歩引いてしまった。スクリーン越しのことなのにたじろいでしまうような絶望。
物語に登場するブラジル人の多く住む団地には、一見おだやかな雰囲気があった。しかし、モデルとなった豊田市の保見団地では、特にブラジル人住民が増加した90年代に、周辺の日本人との軋轢が深刻な時期があったようだ。
私はそのような環境に住んだことがないので想像でしかないが、文化や慣習の違う者どうしがほぼ半々の割合で共存するというのは、双方にかなり苦労があるように思う。
本作では海斗が過去にブラジル人の事故で妻と子供を亡くしたエピソードを織り込み、差別をする側を愉快犯的な単純悪としないことで問題の複雑さを暗示している。
そして、やはり役所広司の醸し出す雰囲気が素晴らしい。昔やんちゃだったという言及が一言あったとはいえ、いかにも陶芸家らしい寡黙な壮年男性が、終盤で突然半グレを殴り倒して首を絞めても、キャラがブレたような印象が全くないのは彼の力量だと思う。序盤で家に転がり込んだマルコスを受け入れる時に見せた胆力も効いている。
ただ、誠治が最後に解決手段として暴力を使ったことはちょっと引っかかりもあった。刑事の駒田に根回しした上で行動に及んでいて、事後にお咎めがあった様子もない。綺麗事を言うつもりはないが、半グレの暴力が散々悪として描写された後なので余計気になった。
それと、誠治が軽トラでいきなり首相官邸に行く場面やテロ対策室関係者などの人物描写は、製作者側の思想が透けて見える気がしてちょっと萎えた。プラントでのテロ勃発直後に誠治宅を訪れた政府関係者、東京で面会したテロ対策室長、学の棺の側にいた担当者、おしなべて「役人のお役所仕事」を絵に描いたようなキャラクターで少々うんざりした。
国籍という属性で一括りにするのではなく一人の人間として相手を見ようよ、という映画なのに、公務員の描写は見事に類型的で一括りにされているので、そこだけ浮いているような印象だった。こういうちょっとした描写で作品が一気に薄っぺらくなるので非常に残念。
ラストにはようやくかすかな希望が見える。
「話す言葉も、育った環境も違うのにさ、俺たち家族になるんだよ」学が遺した言葉を、誠治が継ぐ。そうすることでマルコスは絶望から抜け出し、息子を失った誠治の心も少しずつ癒されてゆくのだろう。