ガリーボーイ : 映画評論・批評
2019年10月15日更新
2019年10月18日より新宿ピカデリーほかにてロードショー
多様性と普遍性を増す昨今のボリウッドを象徴するラッパー成功譚
たとえるなら、エミネムが主演した劇映画「8 Mile」のインド版ということになろうか。底辺層の若者が、ラッパーとして成功する夢を追い、家族や恋人との関係で悩み、ラップバトルの舞台に立つ。ラップに限定しなければ、仲間との出会いやライバルとの戦いを通じて成長していく青春サクセスストーリーのサブジャンルに収まるだろう。
主人公ムラドの物語は、ムンバイ出身のラッパーNaezyとDevineをモデルに創作された。主演のランビール・シンはDevineの指導も受け、劇中のラップ曲をすべて自分で歌い、身振り手振りのパフォーマンスも鮮やかだ。ヒンディー語がわからない観客にもライムの躍動感が響くし、藤井美佳による字幕(監修はいとうせいこう)の訳詞も巧みに韻を踏んで楽しませる。
監督のゾーヤー・アクタルと脚本のリーマー・カーグティーは共にインド出身の女性で、格差社会や因習に対する女性からの視点も見逃せない。ムンバイのスラム街ダラヴィに住むムラドの一家はイスラム教徒で、雇われ運転手の父が第2夫人を迎えたことで家族関係が揺らぐ。ムラドの恋人サフィナ(アーリアー・バット)は医者の父を持つ医学生で、親から見合い結婚を迫られる。階級社会や男尊女卑にとらわれず、障害に立ち向かい人生を切り拓くサフィナに、新しい時代の女性像が投影され、彼女のサイドストーリーで映画がより味わい深くなった。スラムの青年が成功を目指すという点では、ダニー・ボイル監督のイギリス映画「スラムドッグ$ミリオネア」といくつか共通項を持つ。ただし「スラムドッグ~」は原作者のインド外交官もボイル監督も共に男性で、物語もほぼデブ・パテルが演じた青年の視点で描かれた。「ガリーボーイ」はインド女性監督による「スラムドッグ~」への返歌でもある。
かつてのインド映画と言えば、伝統音楽で歌って踊るシーンが大量に盛り込まれた恋愛喜劇という印象。だが近年の話題作を振り返ると、女子レスリングのスポ根物「ダンガル きっと、つよくなる」や、死期を悟った老父と息子の関係を描くヒューマンドラマ「ガンジスに還る」、生理用品の普及に努めた男性の実話を映画化した「パッドマン 5億人の女性を救った男」などがあった。今月公開のインド映画を挙げても、本作のほかにクライムコメディ「盲目のメロディ インド式殺人狂騒曲」、SFアクションコメディ続編「ロボット2.0」といった具合。欧米を中心とする世界市場で成功してきた映画の要素を貪欲に取り込み、多様性と普遍性を同時に高めてきたのが昨今のボリウッドであり、「ガリーボーイ」はそのことを象徴する一本なのだ。
(高森郁哉)