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日の出前と日の入り後、空が濃い“青”に染まるひと時を「ブルーアワー」と言うようだ。新宿辺りで呑み明かし、もやっとした酒の臭いを鼻腔に秘めて、店外に出た時に見かけたことがあったはず。体調はだるっとしているが、主人公・砂田の幼少期のように、何やらテンションがあがったのを覚えている。「こんな美しい時間帯に起きていて(自分は)偉い!」と思ったほど。そして、家に帰る、寝る、昼過ぎに起きる、後悔する、これの繰り返し(←人生における無駄な時間のひとつ)。
理解のある夫を持つCMディレクター・砂田が、病気の祖母を見舞うため、親友の清浦とともに大嫌いな地元の茨城に帰る、というのが本筋のストーリー。夏帆の毒っ気、シム・ウンギョンの茶目っ気が絡み合う“他愛のない会話”に笑む一方で、地元・茨城で待ち受ける洗礼には“ビビる”という表現が相応しいのかもしれない。実家と離れた場所で暮らしている人には、かなり刺さる表現だらけ(特に冷蔵庫の中身には、参った)。身内だからこそ「○○した方がいい(しない方がいい)」と安易に告げられない、哀切に満ちている。一度実家を出てしまえば、良い意味でも、悪い意味でも、時の流れは異なっていくのだ。
「ブルーアワー」は、どっちつかず・曖昧な時間でもある。本作のユニークな点は、それを象徴するような場面に彩られているところ。充実しているようで“半端者”砂田の寝起きが何度も何度も捉えられ、グルーチョ・マルクスもしくはウッディ・アレンかよと言いたくもなる捻くれワード、そして“立ち位置を問いかける”言葉。彼女の帰省には“目が覚める”ような出来事は存在しない。そこにあるのは、30歳の自分が直面する“今の田舎”。だからこそ、清浦は理想的な同行者だった。母の飯は「美味!」、スナックは「オモシロ!」、飼育している牛は「やべぇ!」、基本はテンション爆上げ&理論は持たず……砂田は、改めて“無敵の清浦”を見つけることができたのだ。
余談:スナック嬢役の伊藤沙莉が「モーニング娘。」のある楽曲を熱唱しているんですが、歌い終わりの表情に注目してほしいです。荷下ろしを終えたときのような、地引網を巻き取り終えたような、そんな「仕事を完遂してやった」という凛々しい“顔”は、流石としか言いようがありません。