オクジャ okja : 映画評論・批評
2017年6月27日更新
2017年6月28日より配信
活劇の醍醐味に満ち、国境もジャンルも自在に超える少女と巨大怪物の大冒険
ノア・バームバック監督作品「The Meyerowitz Stories」とともに、ネットフリックス作品として初めてカンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、“劇場公開VS.ネット配信”論争を呼んだポン・ジュノ監督の最新作である。意図せぬ形で注目を集めた本作は、ポン監督が「スノーピアサー」に続いて国際的なマーケットに向けて放った“グローバル映画”であり、「グエムル 漢江の怪物」以来の怪物映画でもある。といっても今回お目見えする怪物オクジャは、手当たり次第に人間を襲う恐ろしいバケモノではなく、私たちの食生活に欠かせないお馴染みの動物が品種改良によって巨大化したものだ。
オクジャの正体は本編が始まってすぐに判明するが、観る者が目を奪われるのはそのユーモラスな風貌のみならず、画面いっぱいに広がるこの世の理想郷のような情景だ。そこは韓国の人里離れた山奥。オクジャと育ての親である少女ミジャが森を悠々と散策し、水辺で戯れる微笑ましい姿が童話のヒトコマのようにスケッチされていく。さらにオクジャが断崖絶壁から転落しかけたミジャを救うスペクタクル・シーンでは、オクジャの優しさとミジャとの固い絆が手に汗握るスリルたっぷりに映像化される。ネット配信による映画鑑賞は一時停止もキャンセルもユーザーの思いのままだが、この冒頭10分余りのシークエンスを観て退屈や失望を覚える人はどこにもいないだろう。
そしてオクジャとミジャは欲深い多国籍企業や過激な動物愛護団体の思惑に翻弄され、無情にも引き裂かれるはめになるのだが、ここから映画は牧歌的なファンタジーから怒濤のチェイス・アクションにギアチェンジ。ティルダ・スウィントン、ジェイク・ギレンホールらの豪華怪優陣にも引けを取らない存在感を発揮するミジャ役のアン・ソヒョンが、さらわれたオクジャを追ってソウルの坂道、トンネル、地下街を猛然と疾走する。そんな命知らずで不屈の少女を輝かせる見せ場の数々は、驚くべき活劇の醍醐味に満ちあふれ、ダイナミックな空間演出や視覚効果においても本作のオリジナリティを鮮烈に印象づける。
また現代的な社会風刺をふんだんに盛り込み、オクジャとミジャが繰り広げるユートピアからディストピアへの冒険を壮大なスケールで描き上げた本作は、あらゆるジャンルの垣根を超え、多様な映画的記憶をも内包する。その破格の中身の濃さと面白さを体感すると、ある意味、カンヌで無冠に終わったことも大いにうなずける。なぜならカンヌには“観客賞”がないのである。
(高橋諭治)